第62話 もしかして、告白!?

 珍しく担当教科の先生が休んだので、自習となった。まぁ、学生にとって自習なんてものは私語をしろと言ってるようなもので、クラスの7割は席を移動して"会話"に勤しんでいる。


 かくいう、俺の前の席の人恵さんもクルリと反転して俺の方を向いていた。


「これ見て見て、じゃじゃ~ん!」


 恵さんが見せてきたのはピンク色のフイッチだった。長方形で軽くて持ちやすい、そして全世界に販売されたそれは、3年経った今でも売り上げを伸ばしている大ヒット商品だ。


「……え、ちょっと待って、昨日の今日だよね!?」


「まぁ、バイト始めたからさ、お金には多少余裕があるの。もちろん、ソフトもちゃんと買ってるよ」


 手渡されたそれを軽く起動確認してみると、正常に動いてる。Wi-Fi設定もちゃんとされてるし、モン狩りも2時間くらいやったデータが残ってる。


「意外だ、てっきりあの場のノリで楽しんでくれたものとばかり……」


「いやいや、ただレベル上げるだけのゲームより全然面白かったよ? まぁ、それ以外にも……理由はあるんだけどね……」


 どうしたんだろ。最後の方は声が小さかったな。もしかして、言いにくい理由でもあるんだろうか。


「理由……あ、もしかして夏凛と一緒に遊びたいとか? でもなぁ、夏凛がゲームするとか聞いたことないなぁ……」


「──はぁっ!? 違うし!」


 それ以外に言い淀む理由なんてあったか? ふむ、他に考えられることか……そういえば田中や加藤とも楽しく遊んでたよな。──そういうことか!


「じゃあ、男友達が欲しかった……とか?」


「……」


 沈黙。いや、顔が少しだけ怒ってる気がする。これはあれだ……確実に地雷を踏み抜いたかもしれない。


「すまん」


「ん、良いよ。じゃあ、もうわかるよね」


 2年まではあまり会話をしなかった。何故か席が毎回隣同士で、クラスも毎回同じだった。

 それでも日に数度の会話が俺にとって支えとなっていた。


 いるのが当たり前になっていた。だから3年になって急に近付いた距離感にどうすればいいか分からなかった。


 そうだ、夏凛でも加藤や田中でもなく、俺しかいないじゃないか。


「俺も恵さんと遊べるなら嬉しい、かな」


「うん、正解!」


 ビシッ! そんな音が聞こえてきそうなほどの勢いで、人差し指を突きつけてきた。


 恵さんは満面の笑みは少しだけ眩しかった。


 ☆☆☆


 昼休み。恵さんは友人に連れていかれた。どうやら今日は食堂組なようだ。

 ちなみにあの一件以来、恵さんがお弁当の時は俺と夏凛と非常階段で食べたりしてる。


 一応恵さんにも他の友人関係があるから、誘われたらその友人と食べることにしてるみたいだ。


 まぁ、連れていかれる時は飼い主から引き離される子犬のような視線を向けてくるのだが、陰キャ寄りの俺が「ちょっと待てよ!」みたいに出張ることはできないので諦めて欲しい。


 さて、そろそろ夏凛が来る頃か。


「兄さーーーーーーん!」


 ちなみに、もう先輩呼びは止めている。上級生がいる中、気負うことなく入ってきた。


 男女関係無く暖かな目で夏凛を見ている。いや、見守っているといった方がいいかもしれない。


「今日は恵先輩いないんですね」


「ああ、友達に呼ばれていったよ」


「今日に至っては好都合です」


「?」


 今朝のような遠慮気味な雰囲気が無くなっている。それは良いことだが、逆に信念めいた何かを宿してる気がする。


 夏凛は俺の前に立つと、軽く深呼吸して言った。


「兄さん、付き合って下さい!!!!!」


 ……は? 急な妹の告白に周囲の空気は凍りついた。


 夏凛自身は小首を傾げて固まる意味がわかってない。


 だが、無情にも教室の時間は動き出してしまう。


「夏凛、付き合うって……あの付き合うだよな?」


「え、何かマズイことでも言いましたか?」


「マズイというか……なぁ」


 この半年起きたイベントで、夏凛を意識することが何度もあった。そりゃあ、これほどの美少女に告白されたら兄といえどもグラついてしまうさ。


 てかさ俺、どうすれば良いんだろ……。


「放課後、買い物に付き合って欲しかったんですが……都合が悪かった、ですか?」


 再び沈黙が訪れる。そして緊迫した空気はすぐに緩んだ。


「黒谷君の妹さんってなんか可愛いね」


 何人かの女子は夏凛の天然に可愛さを見出だし。


「お前、顔赤くしてんなよ!」


 ──バシッ!


 何人かの男子は妙なエールと共に背中を叩いて食堂に向かった。


「え? え? 私、何か言いましたか!?」


 夏凛は暖かな視線に困惑している。俺も先ほど本気で返事を考えたのが恥ずかしくなった。


「夏凛、とりあえず非常階段行こうか」


「むぅ~、釈然としませんが、わかりました」


 ☆☆☆


 ~非常階段にて~


「ええええええええええっ! 私、告白したって思われたんですか!?」


 夏凛の大きな声が踊り場に響いた。


「いや、いきなり付き合ってとか言われたらそう思うだろ」


「わ、私が兄さんに告白……」


「誤解は解けたと思うからそこまで気にしなくても良いよ」


「は、はい……でも、なんか。想像すると胸が熱くなってきました」


「まぁ、俺もさ……少しドキドキしたよ。夏凛みたいな可愛い子に告白されたって思ったからさ」


「~~~~ッ!!」


 夏凛は両手で顔を覆ってブンブンと頭を振り始めた。俺もちょっとクサイ台詞を言ったと反省していた。


「そういえば、返事なんだけど。今日は用事もないからさ、付き合うよ」


「えへへ、ありがとうございます」


「じゃあ、食べよっか?」


「はい!」


 昨日の一件から続く俺達兄妹のわだかまりは、ようやく消えたのかもしれない。ほんの少しの気恥ずかしさは残ってしまったけどな。

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