第63話 甘酸っぱさと残る甘さ

 放課後、俺は夏凛と共に駅前の繁華街に来ていた。夏凛は買い物と言っていたが、さっきからアパレル系の店を素通りしている。

 買うのは外行き用の服じゃない、となれば──下着だったり!?


 いやいやいや、今日の俺はどうかしてる! 昼間の一件からどうにも夏凛の一挙手一投足までがラブコメ展開に見えてしまうのだ。


 非常階段の踊り場でご飯食べてるときも、下の段に座る俺は夏凛のスカートの中が見えそうになったり、その時「これはもしや、わざとでは?」なんて思っちまうんだ!


 ここは頭を切り替えて、今日の目的を聞くとしよう。


「聞くの忘れてたんだけど、一体何を買いに来てるんだ?」


「実は兄さんを騙してたんです。本当は人気のタピオカを飲みに来たんですよ。それも私の奢りですよ!」


「タピオカって、もしかして”ハッピーダン”の!?」


「はい! 無料券を2枚頂いたんで、兄さんと行きたいって思ったんです。今朝の気まずい空気を引きずりたくないんです。──わかりますよね?」


 ブラとパンツの二刀流という、嫌われる要素満載の姿を晒したにもかかわらず……仲直りのために俺を誘うなんて。ヤバイ、涙腺崩壊しそう!


「兄さん! 泣きそうな顔してどうしたんですか!? もしかして……甘いもの苦手でしたか?」


「うぅ……違うんだよぉ! 夏凛が優しくて、目から汗が……」


「あぅ、そこまで感動されるなんて思ってませんでした。もう少しで着きますから、頑張って行きましょう!」


 俺は夏凛に手を引かれて繁華街にあるハッピーダンに入った。ほんの少しだけ周囲から冷たい視線を受けたが、夏凛の手が温かくて気にならなかった。


「はい、チョコバナナクレープに抹茶タピオカです」


 夏凛が俺の注文したクレープとタピオカを持ってきた。


「ああ、なんか奢ってもらってごめんな」


「ううん、気にしないで下さい。じゃあ、私は自分の分を取りに行きますね」


 夏凛はそう言って自身の注文した物を取りに行った。


 ☆☆☆


 俺はチョコバナナクレープと抹茶タピオカ、夏凛は苺&生クリームクレープとミルクティータピオカをそれぞれ席について頬張っていた。


「あ、兄さんのクレープちょっと下さいな──はむっ!」


 一瞬の出来事だった。俺の持つクレープの一部を夏凛が食べてしまった。


「お、おい……夏凛」


「ん~~~っ! 甘いですね。え? どうかしましたか?」


「いや、間接──」


 そこまで言って夏凛も気付いてしまった。


 ──ガンッ! ガンッ!


 2度テーブルに頭を打ち付けて涙目でこちらを向いた。


「それ以上、言わないで~~~~っ!!」


「お、俺も気にしないから! ……ね?」


「うぅ~~~、ごめんね、兄さん」


 夏凛の涙目、なんかちょっと可愛いと思ってしまった。


 さて、ここでもう1つ問題が。俺、残ったこれを食べられるのかってことだ。アイス系である以上、早く食べないといけないし。


「よ、よ~~し、食べるぞ~」


 夏凛がじーっとガン見する中、俺は覚悟を決めてそれを食べた。


「な、なんか恥ずかしいですね」


「ああ、ごめんな。初間接──」


「良いですからっ! 私達は兄妹だから良いんです! それに、私の方がもっとすごいことしちゃってますから……(キスマークとか)」


「そ、そうだよな。兄妹なんだから、気にしちゃいけないよな」


 夏凛の方がすごいことしてるって……なんのことだろ!?


「兄さん、口を開けてください」


 考え事をしていた俺は馬鹿正直に口を開けてしまった。更なる混乱が待ち受けているとも知らずに──。


「こうなったら、兄さんにもしてもらいます! はい、あ~ん!」


「え? ちょっと待っ────ングッ!?」


 口の中に苺の甘酸っぱい味が広がっていく。そして夏凛は俺の食べたそれをそのまま躊躇なく食べてしまった……。


「こ、これでおあいこですからっ!」


 夏凛はそう言ってそっぽを向いたまま一気にクレープを食べた。俺も遅れて食べ終わると、何故かお互いに笑い合ってしまうのだった。


 ☆☆☆


 その後、夕飯の買い物を終えた俺達は秋の虫の奏でる音を聴きながら、口数少な目に帰宅の途についていた。


「今日の私達はテンションがおかしかったですね」


「そうだな。正確には昨日から尾を引いてるけどな」


 なんとなく避けていた話題に夏凛が触れてきた。


「兄さん、教えてくれますか? 昨日のあれはどんな理由だったのかを……」


「大層な理由なんてないさ、考えなしで行ったその場凌ぎの行動が、ただ深みに嵌まっていっただけのことなんだ。そうだな、最初から説明すると────」


 昨日、家に上げた友人の目に触れないように夏凛の下着を隠したこと、そしてそれを返そうとして失敗したこと、包み隠さず夏凛に説明した。


「兄さん! ごめんなさい! やっぱり兄さんはそんなことする人ではなかった! それなのに、それなのに私はッ!」


 ──ガバッ!


 夏凛が俺の胸に飛び込んできた。本当にこの子はよく泣く妹だ。俺なんかのことを考えてくれる優しい妹だ……。


 頭に手を乗せて優しく撫でる。


「俺さ、そんなに傷付いてないよ? ちょっと気まずかっただけじゃん」


「……でも、変態って」


「俺にとってはご褒美な言葉だよ。それに俺がきちんと説明してれば、夏凛がここまで悩むことなかったんだ。お互いにいきなり距離を詰めたからさ、こういうことってこれからもあると思うんだ。だから、少しずつ擦り合わせていこうよ、ね?」


「──そう、ですね! 兄妹ですもんね!」


 傷1つない絆なんて存在しない。誤解や失敗を重ねてそれは築き上げていくものなんだ。少なくとも俺達はそうでありたいと思っている。


 ドサッ!


「こんなところでけるなんて……兄さん、そこは……あ、あンッ!」


 ──多分。

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