第61話 ギスギスなんてさせない!
──次の日の朝。
何だろう、いい匂いがする。いや、体もなんか揺れてる?
「兄さん──て」
あれ? 夏凛っぽい声が聞こえてきたような。ん? 夏凛? ──あ!!
意識が覚醒した。昨日の出来事が一気に脳内をかけめぐる。何をやっても失敗ばかりで、どんどん自分の首を絞めていったあの出来事を……。
──ゆさゆさ。
「兄さん、起きて」
実際はもう起きてる、取り敢えず薄目で周囲を確認する。艶やかな黒髪、可愛らしく非常に整った顔立ち、冬服の胸元から覗く谷間、うん……夏凛以外は特に変わったことないな。
てか、昨日の今日でいつも通りなのが不思議だ。いつもならギスギス期間開始してるはずなのに。
夏凛は自身の顎に手を当てて何か考え込んだあと、棒読みに近い発音で言った。
「私の下着で遊ぶ変態さーん、いい加減起きてくださーい」
──がばっ!
「いや! 違うんだ! 聞いてくれ、夏凛!!」
「やっぱり起きてましたね。途中から寝息が変わったから怪しいと思ってたんです。さあさあ、ご飯の用意も出来てますので、早く着替えて下さいね」
夏凛はそう言って1階に下りていった。
夏凛……怒って、ないのかな? 少しだけ棘があるけど、至っていつも通りだ。
「……もしかして、俺が気にし過ぎてるだけか? 昨日も"兄妹なんだから"って言ってたもんな」
ギスギスもないし、これ以上の追及もないなら俺も普段通りの黒斗に戻るか。
俺はいつものようにササッと着替えて夏凛の待つ1階へと向かった。
☆☆☆
今朝は普段通りに接することができた。そう思いたい。
昨日、兄さんが私のブラとパンツを手に持って何かをしていた。嫌悪感とかそんなんじゃなくて、本当にただ驚いた。
「……兄さんが、私を女として見てる?」
勿論、いつも起きてる突然のスリップとかで触れられることがあるけど、それはあくまで事故。
今回のような自発的な事案は1度としてなかった。
「黒谷さん、どうしたの?」
声をかけられて我に返った。
今は休み時間、クラスメイトである"進藤さん"に相談をしていたんでした。ちなみに、進藤さんは両親の再婚で義理の兄が出来たばかりなのです。
「ごめん、ぼーっとしてました……」
「ふふ、黒谷さんもぼーっとしたりするんだね」
「私はみんなが思ってるような優等生ではありませんよ。それでですが、進藤さんは下着を義兄さんに見られたりしましたか?」
「そりゃあ、あるよぉ~。気を利かせて勝手に洗おうとしたりするし。でもさぁ~、男子って洗い方知らないでしょ? だから"お兄ちゃん、余計なことしないでよ!"って怒っちゃったわよ」
彼女の話を聞いて自分がいかに浅慮だったか、思い知りました。兄さんはもしかしたら私の代わりに洗濯をしようとしたのかもしれない。
今朝だって勝手に決め付けて、兄さんを変態扱いしてしまった。
「黒谷さん! 泣きそうな顔してどうしたの!?」
「私も、私も兄さんが洗おうとしてたのを変態呼ばわりしちゃったんです……うぅ……私は酷い妹です」
進藤さんが私の背中をポンポンと叩いて慰めてくれた。
「そう言うってことは、ちゃんと話を聞かなかったんだね。信頼していたからこそ、驚いちゃったんだよね?」
彼女の言葉が身にしみる。大方合ってますが、実を言うと変態は私の方なんです。兄と一緒に添い寝した時に鎖骨や匂いに惹かれてキスマークを付けちゃったり、恵先輩に対抗してキスをしちゃったり……今までの距離感を埋めるためにあまりに急ぎすぎた行動ばかり。
起こすためとはいえ、変態はあまりに酷すぎる!
「あ、そうだ! 今日、助っ人部を休める?」
「うぅ……大丈夫ですけど……」
「じゃあさ、これあげるからお兄さんと行ってきなよ」
進藤さんから手渡されたそれは、タピオカの無料クーポン券だった。メインのクレープと一緒にタピオカを買ったらタピオカだけ無料になると言うものだ。
別に喧嘩したわけじゃないけど、兄さんの様子だって少し変だった。仲直り、いや──ギスギスを突き抜けてもっと仲良くなる口実になるかもしれない!
「進藤さん……頂いても良いのですか?」
「うんうん、構わないよ。あ、ちなみに条件があるけどね」
「条件、ですか?」
「うん、家庭科部の味見役にお兄さんを連れてきてくれると嬉しいなぁ~、なんて」
お安いご用、と言いたいですが……何故? という疑問が沸いてきた。
「進藤さん、兄さんに来て欲しいの? なんで?」
「ああ~黒谷さんがまた暗くなっちゃったぁ。ち、違うんだよ! 男性の意見も聞いておきたいって意味だから!」
「あ、ごめんなさい。折角の善意なのにそれを疑うなんて……」
「ううん、黒谷さんって普段は凛としてて名前通りだけど、お兄さんのことになると変わっちゃうんだね」
そう言われて否定できない私は頬が熱くなるのを感じてしまった。
「あ、今度は赤くなってる!」
「もう、進藤さん!」
私と進藤さんは「あははははは!」と互いに笑いあった。進藤さん、ありがとうございます。お陰で放課後がとても楽しみになりました。
こうして私は、昼休みに兄さんを誘いに行くのであった。
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