第58話 オタク仲間のお宅訪問

 家の鍵を開けて友人達を迎え入れる。


「お邪魔しまーす!」

「しゃーす!」


「おい田中、そこはきちんと言えよな」


「いや、両親はいねえ──そうだな。わりぃ、お邪魔します」


 田中も加藤も一応は家の事情を知っている。だからこそ、気を使って素直になったのだろう。


 俺の中の両親の記憶なんて、明確なのは出ていったあの日に母は玄関を出て右に、父は玄関を出て左に、それぞれ生きる道が分かたれたかのようなあの時くらいなものだ。


 それ以外はもうあまり覚えてはいない。だけど、今の俺たちなら大丈夫だ。



 取り敢えずリビングで待機してもらうことにした。なにせ急だったもので、俺の部屋を片付ける時間なんて無かったんだから。


 買い置きのお菓子をいくつかテーブルに置いて待つように言っておく。


「おう、別に気にしなくて良いぞ。基本オンラインで遊ぶから場所とか関係ないし」


 田中、じゃあなんで家に来たいなんて言ったんだよ、そう愚痴りたくなったのをなんとか押さえた。


 2階に上がって自室を見渡す。エロ系は電子化してるから見られる可能性はない。バレてもお互い筒抜けだからダメージはないがな。


 さて、一通り見て回ったが、夏凛が何度も訪れる影響で万全の体勢だった。


 1階に降りて2人と合流する前にトイレに行くことにした。


「あ! なんでこんな時に!?」


 見つけてしまった。ピンク色の下着を。ブラとパンツのセット、それが洗濯カゴに入ったままだった。


 いや、そもそも夏凛はいつも手早く洗濯するし、俺も割りと早めに洗濯するから滅多にこの状況にはならない。

 親しき仲にも礼儀あり、俺達は男として、夏凛も女として、そう言ったものは見られにくいようにしていた。


 だが、夏凛の下着セットがカゴにあるのは歴然たる事実だ。恐らくうっかりしていたのだろう。何とかしなくては……。


「おーい、黒谷。フイッチの充電器貸してくんね? 昨日寝落ちしてから充電足りねぇんだよな」


 ……俺は背後から声をかけてきた田中に驚いてしまった。 その結果、最悪の行動を取ってしまったのだ。手に持っていたものを、ポッケに入れてしまった。


 右ポケットにはピンクのブラが、左ポケットにはピンクのパンツが……これは兄としても男としても終わりだ。


 夏凛が帰ってくる前になんとかしなくては。


「お、トイレここなのか」


「あ、ああ……今トイレに行こうと思ってたんだ」


「うわ、被っちまったか! お前先に入れよ、家主だろ?」


 ここで田中を先に行かせるのはおかしいので俺が先に入るこことした。


 縁結びのあざも発光してないことから、これは本当に偶然起きた出来事なのだろう。トイレから出て入れ替わりに田中がトイレに入る、今のうちに洗濯カゴの1番奥に戻そう。


 そう思っていたら足音が聞こえてきたので、また左右のポッケにそれを隠した。


「黒谷、何してんだよ。早く来いよ」


 リビングにいた加藤から強引に連れ戻される。


 ──ピカァッ!


 何故このタイミングで光始めるんだよ! 『良いイベント提供、ありがとうな活用するぜ!』みたいな光かたするなよ。


 少しして、リビングから俺の部屋に移動した。


「お、レア素材ゲット! 俺ついてるなぁ……」


 田中がそんなことをいっている。


「おい黒谷、回復頼む!」


 加藤から回復要請を受けてゲーム内のキャラを使って回復させた。今やってるのはフイッチで新しく発売された"モン狩り"なんだが……正直あまり集中できない。


 痣が光った以上は何かしらイベントが起きる。だから警戒しなくちゃならない。それが集中力を阻害していた。


 ──ガチャガチャッ!


「お、おい……黒谷。1階からなんか音がしないか?」


 言われてみると聞こえたような気がする。田中が不安そうな声なのは夏凛の帰宅を警戒してるのだろう。遅くなると言っていたからそんな事はないと思うが、部屋から出る正当な理由ができたもんな、これはチャンスだ。


「ああ、確かに。ちょっと見てくる」


 田中の言葉を受けて1階に降りた。よし、これに乗じて洗濯カゴに戻しに行こう、そんな考えは階段の上から聞こえてきた声によって打ち砕かれた。


「俺もちょっと1階に行くよ。ワイヤレスイヤホンを忘れたからさ」


「……わかった。早く取ってこいよ」


 忘れ物をした加藤と共に1階に降りることとなった。


 ──ガチャガチャ。


 うむ、確かにドアノブが動いてるな。インターホンで確認してみよう。


 インターホンから外を確認すると、そこには見知った人間が立っていた。暗めの落ち着いた茶髪、胸元のリボンは緩んでいてボタンは1番上だけ外されている。


 少しパツンパツンなブラウスにゴクリと喉を鳴らしてしまうが、冷静さを取り戻すべく頬を軽く叩いた。


 そいつが今度はインターホンのボタンを押そうとしていた。なので俺はこちらから声をかけてみることにした。


「恵さん、どうかしたの?」


『ひゃうっ!! え、見てたの!?』


「インターホン押すより先にドアノブガチャガチャされたら警戒するだろ」


『学校から帰る時、夏凛が水泳部手伝ってたのを見えたし、黒谷が1人でいるなら別に良いかな~なんて』


「良くない、次からちゃんとインターホン押してくれ」


『うん……ごめんね。あ、そうだ! 今日は遊びに来たんだけど、上げてくれない?』


 友達の友達は友達とは言えない、そんな言葉を聞いたことがある。さて、この状況で田中たちと恵さんを合流させて良いのだろうか?


「う、城ヶ崎氏が何故家に!?」


 いつの間にか背後に立っていた加藤がインターホンを覗いて驚いている。


「"氏"ってなんだよ。学校では"さん"付けだったろ」


「そんな事はいい、黒谷……上げるつもりなのか?」


「いやお前ら女子苦手だろ? 俺は先客優先したいから仕方ないけど帰ってもらおうかと思ってる」


「いや、いい。上げてくれ、城ヶ崎氏を断った理由が俺達だって知られたら女子達から更に白い目で見られる……」


「恵さんはそんなことしないと思うんだが……」


「夏凛氏が言い寄られた時のことを覚えてるか? あの時の陽キャはあれ以来女子から白い目で見られてるんだ……それが俺達に向けられると思うと耐えられない!」


 肩を掴み、揺さぶってくる。言わんとしてることはわからないではないが、仕方ない。一応確認取ってみるか、恵さん自身が帰るかもしれないからな。


「あー、その、田中と加藤知ってるだろ? 今うちに来てるんだ、それでもいいか?」


『え、あの2人来てるの? うーん、どうしようかな……。ちなみにどんな遊びしてんの?』


「モン狩りって知ってるか?」


『持ってないけど、CM観たことはある。黒谷もそれにハマってるの?』


「シリーズ全部買ってるから取り敢えずやってる感じだな……ハマってるうちに入るかわからんが」


 それを聞いた恵さんは顎に手を当てて何か考え込んでいる。少しして、パッと顔を上げた恵さんは「じゃあそれでもいいや、取り敢えず上げてよ」と返事をした。


 さて、人数も増えたし場所はリビングにするか。


 ドアを開けて恵さんを迎え入れたあと、遊びの場をリビングに移した。

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