第57話 男友達は訪問したい。
登校中、恵さんがモジモジしながら言った。
「さっきのことなんだけどさ、忘れてくれない?」
「さっきのこと?」
「いや、ほら……あたしが泣いちゃったこととか、さ」
俺的には恵さんの意外な一面を知ることができて良かったんだがな。しかも今日はちょっと唇とか艶やかで、それでいて薄目のナチュラルメイク。
なんというか、読モと言われても信じてしまうレベルだ。
でもまぁ、本人がこう言ってるのだから口だけでも安心させてあげるか。
「まぁ忘れるのは良いけどさ、今日の恵さん結構気合い入ってるね」
「そ、そうかな!? 多少は時間かけたけど、わかっちゃう?」
恵さんは茶髪を少し弄ったあとクルリと一回転する。おお、心なしか良い香りがした。
「かなり似合ってるよ。でもさ、結構校則ギリギリだけど大丈夫?」
「あ、うん。今日は風紀員がいない日だから大丈夫。似合ってるって言われると思わなかった。でも嬉しかったよ、ありがとうね!」
恵さんはそう言って俺に手を差し出した。
「ほら、時間ギリギリだから走っていこ?」
別に手を繋ぐ必要は無い気はするけど、そんな言葉をかけると水を差すような気がしたので手を握った。
柔らかくて暖かい、女性的な手の感触に少しドギマギしながら走った。
☆☆☆
「黒谷、なんで汗かいてんの?」
同級生であり、数少ない友人であり、オタク仲間の田中が話しかけてきた。
「……ハァハァ……ちょっと……いっとき、喋れねえ……ハァハァ……」
季節は衣替え間近だというのに、俺は真夏に全力疾走したかのような汗をかいていた。
「ああ~窓から見てたぜ。城ヶ崎さんと走って来てたよな。残暑やべえのに、よくやるわ」
と、同じく数少ない友人の加藤が話に乗ってきた。
ちなみに恵さんは他の女子と会話しながら1時限目の準備をしている。
汗どころか息も乱れていない。俺が運動不足過ぎるのか、それとも恵さんが実はとんでもない身体能力を有しているのか、わからないが……恐らくは前者だろう。そうであって欲しい!
「あ、そうそう。今日お前の家、寄っていい?」
田中と加藤は事前に話し合ってたのか俺の机を囲ったあと、そう切り出してきた。
いつもなら挨拶+一言二言話したら放課後まで会話しないのに、今日は俺の家に寄りたいなどと言ってきた。
「いや、いつもどっちかの家に行ってるだろ。それでいいんじゃね?」
2人は顔を見合わせて言った。
「1度くらい行かせろ! 一応お前のこと友達と思ってるからよ! 3年間で1度も行かないのはおかしいだろ」
「そうだぞ、頑なに拒むから逆に何があるのか知りたくなるのは仕方ないだろ?」
2人してそう畳み掛けてくる。普段なら喋る=陽キャに目をつけられる、なので必要以上は話さないくせに。
それに俺が拒んでたのは縁結び使用前の、あの冷たい空気を友人に味あわせたくなかったからなんだ。
……あれ? でもそれなら今は夏凛とも良好な関係だし、断る理由もない……よな?
しばし考えて、脳内でゴーという結論を出した。
「……わかったよ。夏凛に聞いてOKが出たら来てもいいぜ」
2人は頷き、合意となった。
先生が来る前にパパっとRINEを送っておく。
"夏凛、今日友達家に呼んでもいいよな?"
──ピコン!
20秒もかからないうちに既読と返信がきた。恐ろしく早い反応速度だ、今の女子高生はこれがデフォルトなのか!?
"はい、私の部屋とかに入らないのなら構いませんよ! あ、それと今日は部活遅くなりそうなので出前でもいいですか?"
"ああ、俺も友達連れてくるから買い出し行けないからな、ピザにしようぜ!"
俺が親指を立てると2人はガッツポーズをしていた。俺の家に来るのがそんなに嬉しいのだろうか? いや、もしかしたら幽霊屋敷に行く感覚かもしれないな。
ここは普通であることをしっかり強調していくべきだろう。
ちなみにこの2人は夏凛が苦手だ。何故なら女子と話すのが難しいからだ。普通の女子と会話するのでさえ緊張するのに、2年ナンバーワンの夏凛と話すのは無理ゲーに近い難易度だろう。
その点でいうなら恵さん、夏凛の先輩、白里先生、園田雪奈さん、園田雪那さん、白里雪乃さん……これだけの面々と会話ができる俺は彼らより3歩以上先を行ってるはずだ。
つまり、魔法使いになる確率も格段に低いのだ!
心の中で小さな優位性を称賛しつつ、放課後まで過ごした。
黒谷はこの後、色々なハプニングに見舞われるとは予想もつかなかった……。
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