第55話 夢の余韻

 夢枕で夢に行ってから1週間、俺達は夢の内容をほとんど思い出すことができなくなっていた。


 白里先生に聞いても"夢とはそう言うモノ"としか言ってくれない。残念な気持ちはあるけれど、忘れた方が良かったとも思ってる。


 夏凛や恵さんに手を出しかけたことはボンヤリと覚えてる。後から聞いた話によると、3人の夢はリンクしていたらしい。


 まだ覚えてた頃は3人とも俺と顔を合わせるなり脱兎の如く逃げるからかなり辛かった。


『兄さん、先日はごめんなさい。私から家族ルールを破ってしまって……』


『黒谷、ごめんね。もうあんまり覚えてないけど、夢に出てきた黒谷がちょっと積極的で焦ったのかも……』


 この言葉を聞いた時はそれはもう、涙が出そうなほど嬉しかった。肉体の枷がなくなると暴走しやすくなるらしいけど、もうそんなファンタジーはこりごりだ。


 次からは拓真さん一家の案件には関わらないようにしないと!




 そしていつも通りの朝を迎えた。


 目覚まし時計の音は聞こえない、どうやら予定より早く目が覚めたようだ。


 時計を見ようと視線を動かすと、隣には夏凛がいた……。


「え、夏凛!?」


 毛布に入ってはいない。だが、制服姿の夏凛が俺の隣で添い寝している事実により、眠気が一気に吹き飛んでしまった。


「ふにゃ──ん、んん? あ、兄さん……おはようございます」


「な、なんで隣で寝てんの?」


「ご飯の準備が出来て兄さんを起こそうとしたら…………唇が気になって……」


 俺を起こそうとした、までは聞こえたがその先が聞こえにくかったので聞き直したら、夏凛が急に慌て始めた。


「あはははは! 気にしないで下さい、ちょっと気持ち良さそうに寝てたから、私もご一緒させてもらったのです!」


 何か誤魔化してるようだけど、俺は他に言わないといけないことがあった。それは夏凛の服装だ。


 男の俺が言うのもアレかもしれないが、ブラウスの上から3番目までのボタンが外れている。当然、夏凛ほど大きかったらYの字の谷間が少しだけ見えてしまうわけで……兄として、指摘するべきか迷ってしまう。


 よし! 俺も制服を直してもらうこともあるからな。今度は俺の番だ!


 意を決して夏凛に話し掛けた。


「夏凛……ちょっといいか?」


「はい、なんでしょう?」


 疑問の表情を浮かべる夏凛。純粋無垢な彼女に気圧されながら、そして咽を鳴らしながら指摘した。


 ──ゴクリ。


「ぼ、ボタンが外れてるぞ夏凛。仕方ないから俺がボタンを留めてやろう」


「──え!?」


 夏凛の胸元に手を近付けて両サイドを引き寄せる。指先は残暑の暑さとは違う温もりで少しだけ心地いい。


「──ンンッ!」


 変な声が聞こえたけど、集中だ!


 そして全てを留め終えた時、夏凛の様子がおかしい事に気が付いた。何故か茹でダコみたいになってる上に、涙目だ。


「もぅ……女の子のお胸を凝視しながらボタンを留めるのは、不純です! ほ、他の女の子にはしないで下さいね!」


「わ、わりぃ! そうだよな、兄妹と言っても男と女だもんな……ちょっと寝惚けてたわ」


「でもちょっとだけ嬉しかったです。ありがとうございます。──あ、他の女の子には絶対駄目ですからね!」


 夏凛はそう言ってドアのところに駆けていく。そういえばご飯が出来てるんだったな、さっさと着替えて向かうとするか。


 取り戻した日常に若干の違和感を覚えながら準備を始めるのだった。


☆☆☆


 一方、城ヶ崎 恵は黒谷家の近くで手鏡相手にニヤニヤしていた。


「ちょっと気合い入れて来たけど、変じゃないよね?」


 ここ最近あの変な夢のお陰で黒谷を傷付けてしまったから、嫌われてないか不安に駈られたあたしは登校のタイミングで家に来てしまった。


 夢の中の黒谷はちょっと強気だった気がする。そんなの黒谷じゃないって、あたしは距離を置いてしまった。ホンの少しの期間だったけど、あの時の顔はとても悲しそうだった。


 あたしはバカだ。現実の黒谷まであんな感じじゃないのに……。本人は気にしてない素振りを見せてたけど、やっぱり気になって仕方ないよ。


 考え込んでると、夏凛が楽しそうな顔で飛び出てきた。


「よし、お助け部の夏凛は予想通り先に出たわね!」


 覗き見るあたしに対して言ってるのか、遠くから声が聞こえた。


「ねぇねぇ、あのお姉さんさっきから何してるの?」


「指差しちゃ駄目! 見なかったフリして行くわよ!」


 角から黒谷家を監視しているから変な目で見られるのは仕方ない。そんなのは気にしない、あたしにとっての問題は家が反対方向なのにここにいることだ。


 病んでると思われて引かれないかな……。


 あ、黒谷出て来た!


 あたしは黒谷に会うことを考えて全力で疾走した。近付く彼の背中を見ると涙が込み上げてきた。


 そして彼の背中に飛び付いた。


「うわっ!! え、なに! 強盗!?」


 彼が何か言ってるけど感情が溢れて耳に入らない。


「うわぁぁぁぁん、黒谷ー、ごめんなさいぃぃぃ!」


「め、恵さん!? なんでここに!」


 城ヶ崎 恵はこの10分後に泣き止み、黒谷 黒斗から詳しい話を聞くことになるのだった。

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