第53話 前提崩壊の夢枕(運命vs縁結び)

 ~保健室~


 3人の生徒が夢世界に突入した頃、白里 泪はある懸念に頭を抱えていた。


「やっぱ止めた方がいいかなぁ……。でも一応セーフティはあるし──」


 通常の状態で夢枕を使用した場合はこんなにも悩むことはなかった。だが、白里には普通の人には見えないものが視えている。


 魔力やら神力やら霊力、時代によって色々呼称は異なるそれを視ることができる力、そしてそれをある程度操ることができる力を持っていた。


「でもなぁ、黒谷君と城ヶ崎さんの強い運命力に反発するように何かが拮抗してるし……もう少しだけ様子を見て、危険そうだったら中止にしよう、そうしよう!」


 城ヶ崎さんは穏やかな表情で眠っている、こっちは問題無さそう。黒谷君と夏凛ちゃんは何だか苦しそう。ううん、どちらかというと夏凛ちゃんが赤くなってるような……。


 白里が見守る中、黒谷兄妹は共に顔を赤くして苦しそうな顔をしていた。そして夏凛の方がガバッ! と起き上がった。


「あれ? 私……」


「あー、セーフティで弾かれちゃったかぁ」


「──もしかして、夢が終わった感じですか?」


 すぐに状況を理解した夏凛に白里は驚きつつもセーフティについて解説をした。


「うん、終わったよ。精神的負荷が限界になる前に自動的に弾かれるようになってるの」


「そうなんですか──ハッ! わ、私……なんて夢を!」


「どんな夢見たの?」


「えーっと、結構コテコテの学園恋愛ドラマが反映されちゃいまして……」


「へぇー、夏凛ちゃんがヒロイン役として、お相手はドラマ通りのあの俳優さんだったり?」


 白里が尋ねると、夏凛の頬は急激に紅潮して頭を抱えて唸り始めた。


「~~~~~ッ!!!!」


「夏凛ちゃん、そんなにあの俳優さんが好きなの?」


「ち、違います! 相手が何故か──」


「ん? 何故か?」


 そこまで言いかけたあと、夏凛は一瞬だけ隣のベッドへ視線を向けてすぐにベッドへ潜ってしまった。


 うーん、夏凛ちゃんわかりやすいなぁ。ってことはやっぱり縁結びが妙なパスを繋いでるんだね。 


 本来は個人しか立ち入れない夢世界。身近な人間が夢に出てこないように調整していたに関わらず、個人専用という前提が崩壊してしまっていた。


「白里先生!」


「は、はい!?」


「兄さん達を起こすべきです!」


「夏凛ちゃん、顔が赤いよ? もう少し落ち着くまでベッドで寝てても──」


「嫌な予感がするんですっ! 白里先生が起こさないなら、私が起こします!」


 セーフティから弾かれる程の何かが起きた夏凛、本来ならフラフラでキツいはずなのに上靴を履いて隣の兄の元へ向かい始めた。


 ☆☆☆


 ドアを突き進むと眩い光に覆われて固く目を瞑ってしまった。

 そして視界が回復すると、またしても見慣れない場所に立っていた。


 辺りを見回して状況を確認してみる。


 我が家とは違うけど、ごく普通の家……。俺はその玄関でキョロキョロしている感じだ。丁度鏡が掛けてあったのでついでに自身の姿も確認した。


「服はスーツか? その割に顔は元のままだな。てか今回は体がきちんと動くんだな……」


 腕も足も動くし、声もきちんと出る。前回のような強制的なキスイベントが起きてもこれならなんとか回避できる。


 俺が安心していると、廊下の奥にあるドアが開いた。


「ねえ黒斗、準備できたかしら?」


 現れたのはエプロン姿の恵さんだった。


「恵さん、か? やっぱここは恵さんがメインで出てくるのか……」


「1人でブツブツ何言ってるの? それにいきなりさん付けで呼ぶなんて、結婚前に呼び捨てにするように約束したじゃない」


「け、結婚!?」


 俺が驚いてると、恵さんは無言で近付いておでこや首筋に手を当ててきた。


「熱は無いみたいね。それともまだ寝惚けてるのかしら?」


「ちょっと、どういうことだよ!」


 やたら距離の近い恵さんを引き離して理由を尋ねる。


「あなたこそ、どうしたの? さっきまで楽しく話してたのにまるで高校の時みたいな反応してるし……体調悪いなら今日は会社に行くの止めた方がいいわよ?」


「……」


 会話のやり取りから何となく今の状況が読めてきた。ここは夢世界、直近で観たドラマや映画が反映される。つまり今は俺と恵さんが夫婦関係にあり、そしてそれを見送ると言う定番のシーンと言うことがわかる。


 そんなシーンでいきなり俺が首を振ったり腕を回したりしたら、妻が不思議に思うのも当たり前だ。


 なので夢からの脱出方法がわかるまでは役になりきる事にした。


「ご、ごめん。寝惚けてたみたいだ、体調は悪くないからもう行くよ」


「そう? それなら良いんだけど……じゃあ行ってらっしゃい!」


「ああ、行ってくる」


 ──ガチャン。


 ドアを閉めてため息を吐く。正直な話、こんなドラマとか映画を観た覚えがない。白里先生の作ったとされるあの夢枕、バグだらけ過ぎだろ。


 にしても恵さんと夫婦生活かぁ…………ちょっと良いかもしれない。彼女いない歴=年齢の俺からしたらかなりグッとくる夢だ。


 夢……そう、ここは夢! さっきは相手が妹だったし、初めての夢世界だったから面食らったけど、今回は同級生でしかも相手はあの恵さん。


 少し気が強いけどふわっとした茶髪が特徴的な美少女。しかも胸が大きくて細身という最高のスタイルの持ち主。


「会社に行かないといけないのは面倒だけど、帰った後が楽しみになってきたぞ!」


 こうして俺は、夢を楽しむことにした。夢ならば何をしてもいい、むしろ夏凛のドアで手を出さなかったことが惜しくも感じてきた。


 夢故に会社は超早送りで進んでいった。本人すら何をしてるかわからないほどに。


 体感15分ほどの仕事が終わり、帰宅。家のドアを開けると恵さんが笑顔で出迎えてくれた。


「お帰りなさい、黒斗。お風呂沸いてるから先に入って来てね」


 カバンを渡し、さっさと風呂に入った。多分新婚、それなら夕飯のあとは男なら誰もが羨むアレがあるかもしれない。


 そんな期待を胸に風呂から上がったあとテーブルに着いた。


「黒斗? 聞いてる?」


「あ、ああ……ごめん、夢中で聞いてなかった」


「もう、朝から変だよ? 今だって息を荒くして変な顔で上の空だし」


「だからごめんって! ほら、この煮付けとかめっちゃ美味いよな」


「あー、話しそらしたー!」


 そんなこんなでよくある妻の愚痴に付き合った。料理教室でいきなり人が倒れてそのまま亡くなったとか、午前中は事情聴取で買い物が遅れたとか、事件の度に恵さんがいることに刑事が呆れたとか、どこかで聞いたような話しばかりだった。


 夕食後、適当にテレビを観たあと就寝となる。ダブルベッドで恵さんと横になっている。ちょっと手を動かせば普段は触れることができない箇所に手が届く。


 激しく脈打つ心臓の音が聞こえたりしないか心配になりながら、まずは手を握ってみた。


「んぅ~、黒斗?」


「な、なぁ……俺達、夫婦だよな?」


「何よ今更~」


「じゃあさ──」


 恵さんの方を向いて胸に手を伸ばしかけた時、世界全体に大きな声が響いた。


『兄さんダメーーーーーーーーーっ!!!!!』




 ────ガバッ!


「はぁはぁ、あれ? ここは──」


 気が付くと保健室にいた。隣のベッドでは俺と同じように恵さんが目を擦りながら体を起こしていた。


「夏凛?」


「兄さんっ!」


 唐突に夏凛に抱き付かれた俺は、困惑するばかりで今の状況が中々理解できなかった。


「黒谷君、悪いけど不具合が見付かったから中止させてもらったの」


「不具合ですか?」


「そう、自分が自分じゃなくなりそうな感じしなかった?」


 白里先生に言われ、夢を覚えてるうちに思い返してみる。


「タガが外れ掛けていたように感じました。なんというか、夢だからどんな犯罪をしてもいい、みたいな」


「他にもあるけど、それが一番の原因だね。この枕は一時的に肉体から枕へ精神を移す物なんだよね。時間が長くなればなる程に理性が崩壊していくの。だからこの夢枕は失敗作、廃棄することにします」


「白里先生……。」


 枕を回収した白里先生は少し悲しげな表情を浮かべている。


「あたしは全然普通だったんだけど……」


「うん、人によって負荷の掛かり方とか違うから。もしかして、良い夢の最中だった?」


「え!? 違う違う、フツーの刑事ドラマですよ! まぁ、ちょっとだけ良いことあったけどさ……」


 恵さん、滅茶苦茶残念そうにしてる。後でどんな内容だったか聞いてみよっと。


 そして少しの雑談のあと、夏凛と恵さんは帰されて俺だけが残されてしまった。


「黒谷君」


「は、はい」


「縁結びを夏凛ちゃんに使いましたね」


「……はい」


「お兄ちゃんと雪奈お姉ちゃんが誰に縁結びを使ったか、それを聞いても頑なに答えてくれませんでした。まさか君が妹に使ってるなんて……」


「待ってください、わざとじゃないんです!」


「……わかりました。事情を聞きます」


 白里先生はムスっとした表情で椅子に座った。洗いざらい話すしかない空気なので、少しタメ息を吐いて俺達の境遇から拓真さん達との出会いまでを話すことにした。

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