第47話 始業式

 夏休みが終わり、今日から始業式だ。授業が始まる前に、そしてクラスの視線を集めないように買ったお土産を友人達に配りに行く。


「これ、温泉行ってきたお土産」


「おお! 珍しく家に来ないと思ったら、リア充してたのかよ」


 いつもは最終週くらいは何かしなくてはと思ってネトゲ仲間の家で遊んだりしていた。今年は夏凛や叔父さんと旅館に泊まったのでそれで満足した。


「そんなんじゃないって、家族と行っただけだよ」


「そっかそっか、彼女じゃなくて良かった良かった。お土産、サンキューな!」


 俺と同じカースト下位による絶対的な信頼と安心感ってか? こうなったら意地でも彼女作って見返してやる! 

 あんまりワイワイしてると注目を集めかねないので、そそくさと自分の席に戻る。


 着席した俺の前にはいつも通り城ヶ崎 恵さんが座っている。今思えば、頬にキスされてから直接会うのは初めてだ……なんかちょっと気まずい。


 そんな彼女はいつも通り後ろを向いて朝の挨拶をしてくる。


「黒谷、おはよ」


「お、おう。おはよう」


「ん? あたしの顔になんかついてる?」


「いや、俺がちょっと考え事してただけだから気にしないで」


「目線合わないから何かついてるのかと思ったよ」


 ヤバイな、無意識のうちに口に視線がいってたか。実際は土産をどう渡そうか少し考えてたんだが……。


「……なぁ、ちょっと次の休み時間いいか?」


「え、ちょっと何々? 怖いんだけど」


 改まった言い方に訝しげな表情を浮かべる恵さん、俺からのサプライズを知らないから当たり前か。


 いや、そもそも夏凛を除いたら女子にプレゼントとか初めてだ。ここは次の休み時間に然り気無くさりげなく渡すしかないのだ。


「じゃあ、避難階段のところで待ってる」


 恵さんは承諾し、次の授業の準備を始めるべく前に向き直る。


 マズった! 然り気無くとか思いながら余計に畏まったところに呼び出しちまった。こうなったら、なるようにしかならないよな?


 授業中は脳内シミュレーションをずっとしていた。呼び出し、軽いノリで、サッと渡す、よしこれならいける!


 キンコーン、カーンコーン……。


「あれ? 城ヶ崎さん、次って移動教室だっけ?」


「あ、ううん。ちょっと用事があってさ」


 同級生から声をかけられた恵さんはちょっと言いにくそうに答えていた。恵さんが出たのを確認した俺は遅れて教室を出る。


 避難階段の踊場で恵さんは待っていた。少し茶色い髪を人差し指でくるくると弄ってる。


「あ、黒谷!」


 俺に気付いた恵さんは嬉しそうに小さく手を振っている。


 よし! サクッと行くぞ、サクッと!


「これ、受け取って欲しい!」


 ピンクの紙で包装された細長い箱を前に突き出す。恵さんは口元に手を当てて驚いていた。


「え!? こ、これ……何?」


「RINEで旅行に行くって言ってただろ? その時のお土産だよ」


 恵さんはプレゼントを胸に抱いて黙りこくっている。


「……」


「え、マズかった?」


 恵さんは大きく首をブンブンと振って否定している。良かった……ひとまずは迷惑じゃなかったようだ。こんな俺に3年間も話しかけてくれた大切な友達だから感謝の気持ちを受け取って欲しかった。


「あの! 開けてもいい?」


「期待マシマシな顔してるけど、そんなにすんげぇ物じゃないからな」


 恵さんは包装紙を綺麗に取り除き、縦長の細い箱からピンクのシャーペンを取り出した。


「あ、これ知ってるー! 御当地キャラがプリントされたシャーペンだ。へぇー、中の消しゴムも色が違うんだね~、あれ? なんか書いてる──え!?」


 うんうん、喜んでくれたみたいで何よりだ。


 だが、恵さんは中の円柱形の消しゴムを取り出したあと硬直して動かなくなってしまった。


「ど、どうかした!? 虫でも入ってたとか?」


「ううん……消しゴムに、ね。"あなたの事が大好きです"って書かれてるの……」


 なんだと!? これじゃあ俺が然り気なーく、告ったみたいじゃないか!!

 いや確かに見なかったよ? でもシャーペン買う時に中身の消しゴムに何が書かれてるか、なんて見るか? てか中身白じゃないの初めて見たよ!?


「わ、わりぃっ! もし嫌だったら返してくれて良いから──」


「ううん、嫌じゃないよ。多分、中身見てなかったんだよね? 勘違いはしてないから安心して! でもね、折角買ってくれたんだし……それにとても嬉しいから……」


「そ、そう? そうだったら良いんだけど……」


「じゃあ、もう始まるから戻ろ?」


 取り敢えず時間が無いので教室に戻ろうとすると恵さんから呼び止められた。


「黒谷! その──ありがとうね!」


 恵さんは踊場のところから照れくさそうに感謝を口にした。俺も慣れないことをしたせいなのか、少しむず痒い気持ちになりながらも答えた。


「良いって、俺からの感謝の気持ちもあるからさ」


 互いに少し笑い合った後、俺達は時間をズラしてそれぞれ教室に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る