第48話 縁結びの使い道

 夏休みが終わって2週間、学校に通うという当たり前の日常にようやく慣れてくる。


 不思議なことに俺の日常は1学期の日常とは異なっている。それの最たる例が前の席の御人だ。授業が終わるとクルリと反転し、俺の席に肘をつき、手に顔を乗せてむふふふ~っと笑顔を向けてくる美人さん。


 まぁ、恵さんのことなんだが。


「新しい席も一緒だね」


「ここまで来て違ったら驚きだけどな」


「なんだっけ? あんたの妹とあんたが繋がってる──」


「”縁結びの紐”な」


「それそれ! それに似てるよね~」


「似てるって、縁結びだぞ? 俺と結ばれたいの?」


 ガタンっ!と恵さんが立ち上がって顔を真っ赤にし始めた。まずい、陰キャの俺と結ばれたいか、なんて馬鹿にしてると思われたかもしれない。


「そそそそんなわけ──」


 あれ? 怒らせたかと思ったけど、今度は力なく座って俯いている。


「ま、まぁ、縁結びなんて碌なもんじゃないぞ? 頻繁にどちらかがどちらかを押し倒したりするし、そのたびにめっちゃ気まずくなるし」


「は? あたしが聞いてたのと違うんだけど!?」


「え? 1学期に話した気がするけど……」


「聞いたよ。だけど脱衣所のカギが開いてたりよく顔を合わせたりする程度って聞いてたんだけど、あんたあの子を押し倒してるの!?」


 そういえば、恵さんに相談したのは縁結びが発動してから最初の頃だったか。思えばあれからあまり相談してなかった気がする……。


「恵さん、声が大きいって。確かに、押し倒すこともあるけど、押し倒されることもあるんだ。言っとくけど、故意じゃないからな?」


「ふ~ん、それで、あの子はビンタしたりするの?」


「しないよ、ちょっと苦笑いしながら不思議そうにしてるだけ」


 恵さんがジトーっとした視線を向けてくる。顔に出やすい俺の表情から嘘を見抜こうとしているようだ。


「……あの子には縁結びのこと言ったの?」


「うぅ、なんというか……言う機会がなくてそのままになってる」


「まぁ、今更言っても遅いね。下手すれば前以上に疎遠になるかも」


 あ、あの時よりも疎遠になる!? 想像してみると、とても胸が痛くなる。またあの冷たい家に逆戻りか……暖かさを知ったからこそ、それだけは絶対に避けたい。


「もしかしたら出ていくかもよ?」


 グサッと言葉の槍で突き刺されて俺はダウンする。


「もう……やめてくれ~」


「あ、ごめん! 攻撃するつもりじゃなかったの、ちょっとムキなっちゃって……」


 何故恵さんがムキになるのかわからないが、攻撃が止んだのなら助かる……。


「うぅ、そうだよな……実の兄から呪いの道具を使われて強制的にエロイベントを起こされるなんて、妹からしたら恐怖だよな……」


「だからごめんって、そんなに落ち込まないで。てかあたしの聞いた話じゃ黒谷妹が使ったって話じゃなかった?」


「ああ、使ったのは夏凛だけど不用意に置いてたのは俺なんだ……」


「ふ~ん、じゃあ別に妹に使うつもりじゃなかったってわけね。でさ、妹に使わなかったら誰に使ってた?」


 思わぬ質問に少し唖然としたが、今一度真剣に考えてみる。俺だって男だ、当然女子とお付き合いをしたいに決まってる。だけど誰でもいいわけじゃあない、それなりに相手のことを知っておきたいし、容姿だって当然重要だ。


 脳内で検索をかけてみる……3年に該当する人間は3人しかいねえじゃないかっ!?


 1人は3年のアイドル的存在、白里 雪乃さん。2年の夏凛の担任である白里 泪先生の娘さんだ。黒髪ロングで胸が高校生レベルを逸脱しているが春人という恋人有力候補幼馴染がいるので除外、明らかに恋人となるであろう人がいるのにあれを使うのは気が引ける。一応先生経由でよく話す間柄だ。


 2人目は園田 雪那さん、3年でうちの学校の生徒会長。同じく黒髪ロング巨乳だがこちらはポニーテールになっていて性格も非常にクール。うちの担任ゴリラに言われて彼女の手伝いをたまにすることがある。だがこの人も除外、まず拓真さんの娘さんだということと、そもそも彼女は普通の男を好きになりそうにない気がする。


 ……あれ? 黒髪ロングで胸が大きい女子ばかりな気がするのは気のせいだろうか。よく考えれば夏凛とか黒髪ロングで全てが最高水準な──いや、やめとこう。兄としての遺伝子が警鐘を鳴らしてるので、それを考えるのは非常に危険な気がした。


 3人目。はい、目の前のこの人です。てかあの時、妹に使ってなければ確実に恵さんに使ってたと思う。本人には言えないけどな……。


「ちょ、そんなに見詰められたら……困るでしょ?」


「わ、悪い!」


「もしかして、あたしだったり、する?」


 まずい、悟られる! 俺はノートを自身の顔に押し付けてくぐもった声で答えた。


「そんなわけないじゃないか、俺は一生孤高に生きる魔法使いだぜ?」


「……う、うん。そうだよね、知ってる。だけど、その、ありがと」


 何故感謝されてしまったのかわからないが、あまりにも気恥ずかしいので次の授業が始まるまでそのノートを顔から外すことはなかった。

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