第42話 宿題と同級生とキス
夏凛と海に行ってから、兄妹としての距離が縮まったような気がする。
というのも、食事中は俺がやってるゲームの事とか聞いてきたり、どんな本を読んでるのか聞いたりするからだ。
そのおかげか最近は食事の時間が少しだけ楽しみになっている。
そして、今日を以て夏休みは残り1週間となった。今年は楽しい夏休みだったから滅茶苦茶寂しい気持ちだ。
誰もが一度は思う言葉を口にしてみる。
「時間が止まらねえかな~」
「ふふ、兄さん夏休みが終わるの嫌なんですね?」
リビングで呟いた独り言は夏凛の耳に届いたらしく、ソファにもたれる俺の顔を覗き込んできた。
「あれ? 今日は部活だっけ?」
「ええ、そうなんです。急遽テニス部の助っ人を頼まれたので、仮マネージャーとして行くことになってるんです」
「そっか、昼ご飯どうする?」
「ごめんなさい、今日はそのまま女子テニス部の人達と食べに行く予定なんです……」
「気にすんなって、家族ルールも無理な時は破っても良いって話だったろ?」
「そうでしたね、言い出しっぺが破るのは忍びないですが、今日は仕方ありませんね」
「そうそう、あんましガッチガチにしても息苦しいだけだしさ。行ってきなよ」
今までは家に居たくなくて助っ人部をしていたという夏凛だが、今では純粋に困ってる人を助けたいという理念から続けているとのこと。
ソファから立ち上がり、夏凛を玄関まで送ることにした。
「では、帰りは夕方になると思います」
「わかった。男飯で悪いけど、夕食は俺が用意しておくよ」
「夕食まで頼んでしまって、本当に申し訳ないです。──では兄さん、行ってきます」
こうして、夏凛を見送った俺は惰眠を貪るべく自室へ向かった。宿題は夏休み序盤で終わらせてるし、今は面白い番組も無いので寝るには絶好の機会というわけだ。
ベッドに仰向けに寝っ転がって目を閉じる。そこまで眠たいわけではないので、意識が沈むまでには少し時間がかかる。
──ピンポーン。
インターホンの音で目が覚めてしまった。多分5分も寝てないと思う。
1階に降りてモニターを見ると、そこにいたのは城ヶ崎 恵──俺の同級生兼友人だった。
見られてると知らない恵さんは、髪を人差し指で弄りながらキョロキョロしている。
白のブラウスにチェックのスカート、随分気合いの入った服装だ。何か特別な用事でもあるのだろうか……。
「どちら様で?」
『あ、黒谷? あたしあたし!』
「アタシアタシ詐欺ですか? うちには"私"しかいないのでお引き取り願います」
『もう、そう言うのいいから開けてよ。ちょっと頼み事があってきたの』
こう言う掛け合いも教室以外では初めてなので新鮮味がある。
──ガチャ。
「あ、黒谷。朝からごめんね、ちょっと今ピンチだから助けて欲しいの」
「いや、大体わかる。今年で3回目だからな……どうせ宿題見せてってことだろ?」
こんな感じの恵さんだが、成績はいつも中の上をキープしている。この手のキャラは基本的におバカさんなはずなんだが、それは現実の人間には当てはまらないらしい……俺は常に平均なので羨ましい限りだ。
家に招き入れて一緒に階段を上がる。
「ここが俺の部屋だ。そこに座って待っててくれ」
「……ふ~ん、へぇ~」
恵さんはおずおずと部屋に入って周囲を見渡している。何かの審査を受けているようで俺自身も落ち着かないな……。
「俺の部屋、何か変か?」
「ううん、予想と違って少し驚いただけ」
「予想?」
「そそ、あたしの予想だとティッシュがいっぱい散らかってたり、ゲームが足の踏み場もないほど散乱してるイメージだったから。──うん、よく片付いてるね、エライエライ」
実をいうと、朝限定で夏凛が滞在するからかなり気を付けている。夏凛と疎遠だった頃は恵さんの予想程じゃないが、そこそこ散らかっていたりしたのだ。
「……言っとくが、色々家捜ししても何も出てこないぞ?」
「ちょ、そんなことしないって! こっちはものを頼みに来てるんだしさぁ」
「ふむ、ならいいんだ。とりあえず何か飲み物でも持ってくるわ」
「うん、いってらっしゃい~」
1階で麦茶を汲みながらふと思った。
俺の部屋に妹以外の女子が来るの、初めてなんじゃね? そう考えると少しだけむず痒い気持ちになった。
──コトン。
麦茶と俺の宿題をテーブルに置いて、俺はベッドに寝っ転がった。
「今年で最後になるけど、ありがとね」
「いいって、普段俺みたいなぼっちに話し掛けてくれてるからな、十分メリットはあるよ」
「そんな卑屈にならなくてもいいじゃん」
「卑屈じゃないさ、事実を言ってるだけだ。知ってるだろ? この三年間、体育の授業でソロペア率ダントツ1位な俺だぜ?」
──カタン。
恵さんはシャーペンを置いたあと、ベッドにいる俺を見下ろしてきた。その顔はとても寂しげで、そして辛そうな表情でもあった。
「そんなこと言わないで……あたしは黒谷の良いところいっぱい知ってるから……」
その言葉を聞いてハッと我に返った。本当は俺が悪い、親のこともあってか無意識に他人と壁を作っているからだ。
3年間友達でいてくれた恵さんの事を、未だに"さん付け" で呼んでるのがその証拠だ。
今みたいに、たまに毒吐く俺にいつも"そんな事はないよ"そう言ってくれる恵さんに、なんで毎回そんな表情させてるんだろ──俺。
「わりぃ、定期鬱に入ったわ。でも大丈夫、もう大丈夫だから」
「そっか、でもさ──黒谷のメリットが釣り合わない気がするよね」
「いやいや、友達は見返りを求めないって言うだろ? 別に良いよ」
「このままじゃ、あたしの気が済まないの。うーん、あっ! 良いこと思い付いた、ちょっと起きてみてよ」
言われた通りに起き上がった。すると恵さんは唐突に近付いてきて顔を寄せてきた。
──チュッ!
「ふふ、口にすると思った?」
「お、おい……びっくりしただろ……」
口では無かったが、それでも顔から火が出るほど恥ずかしくなった。かなり火照ってるかもしれない、それは恵さんも同じで、照れくさいのか顔を赤くして髪を人差し指で弄り始めていた。
「まぁ役得でしょ? あたしみたいな美少女からほっぺにキスされるなんて」
「自分で言うなよ……」
恵さんは"えへへ"と言ってクルリと後ろを向いて座り、俺の宿題を写す作業に戻った。
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