第43話 叔父訪問と温泉旅行

 今日は叔父である源蔵が俺達の様子を見に来る日だ。


「……迎えに行ってきます」


「夏凛、その──」


 バタンッ!


 最近の夏凛はこの調子なのだ。恵さんが来た次の日の朝くらいから、夏凛の機嫌が恐ろしく悪い。

 きっと俺が地雷を踏んでしまったのかもしれない、理由すら教えてくれないから余程のことをしてしまったんだろう……。


 だからそっとしておこうとしたら、朝はきちんと挨拶はするし、食事も一緒。世間話をしない以外はそこそこ話してくれる。


 ──女の子って大変だ。




 それにこの間、恵さんから頬にキスされたのが割りと気になっている。本人は"友達だから、親愛だから"そう言っていたが、俺にとっては女性からの初めてのキスだから気が付けば頬を触ってぼーっとしてしまう。


 宿題の報酬と言っていたが、定期鬱に入った俺を慰める目的だと俺は思っている。実際、マイナスに傾いていた気持ちが一気に引き上げられてしまった。多分、俺が知らないだけで女友達ってこういう感じなんだろうな……。


 ☆☆☆


「久しぶりだな、黒斗に夏凛! 夏凛はますます綺麗になったな、胸も大きくなったか?」


「叔父さん、セクハラは止めてください」


 夏凛のマジトーンに源蔵はたじたじだ。


「黒斗は、背が伸びたか?」


「いや、1ヶ月振りだろ? そんなに変わらないよ、無理して話題作ろうとしたのが見え見えだよ」


 源蔵は更にたじたじになる。


「なぁ、空気悪くねえか? 夏凛とか駅に迎えに来たときから機嫌悪いし」


「……別に悪くないです。さっさとご飯食べて、明日には帰ってください」


 ずっと頬をかいていた源蔵だったが、テーブルに何かを叩き付けた。


「──ってことで、休暇はみっちり取ってある! 残りの夏休み、俺に捧げてくれないか?」


 叩き付けられた物はチラシで、しかも"温泉旅館"と書かれてある。


「いや、さすがにこの空気では──」


「黒斗、だからこそだ! どうせお前が何かしたんだろ? これを機会に兄妹関係修復しろ!」


 夏凛の様子を窺うとそっぽを向かれ、叔父は肩をバシバシ叩く。これ以上は精神持たないな……ちょっと頑張るとするか。


 そうして、俺達は温泉旅館に行くことになった。


 ☆☆☆


「何かあったら叔父さんを呼ぶんだぞ? じゃあ、後でエントランスに集合だ、解散!」


 源蔵は荷物を置くために自身の部屋に戻った。ちなみに俺は夏凛と同じ部屋で、気まずい中なんとか過ごさなくてはならない。


「私、トイレで着替えてきますね」


「ああ、いってらっしゃい……」


 この旅行のコンセプトは"浴衣で温泉街を散策"と言うことなので、夏凛は浴衣に着替えるべくトイレに向かう。


「ちゃんと話さないとな……」


 手早く着替えて夏凛を待つ。


 ──ガチャ。


 トイレのドアから夏凛が顔だけ出して手招きする。久し振りに夏凛が自発的に接触しようとするので、俺は嬉しくなって神速で夏凛の元へ向かった。


「……あの、荷物持ってきてくれませんか?」


「あ、ああ! すぐに持ってくるよ!」


 夏凛に荷物を渡そうとすると、手首を掴まれてトイレに引き込まれてしまった。

 そして正面から抱き締められ、俺の胸元に顔を埋めて夏凛は辛そうに言った。


「兄さんにいつか彼女さんができるのはわかってます。でも、もうちょっと後でもいいじゃないですか、せっかく兄妹になれたのに……」


 俺は唐突のこと過ぎて頭が追い付かない。──彼女? 一体なんの話をしてるのだろうか……俺には彼女なんていないのに。


「えーっと、急すぎて何がなんだかわからないんだが……」


「兄さんはそうやって誤魔化して、いつの間にかブラコンになっちゃった私を遠ざけようとします……」


 取り敢えず、夏凛の肩を掴んで引き離し、顔を正面から向き合うようにする。


「夏凛、落ち着いて聞いて。まず、彼女がどうとか言ってたけど、俺には彼女はいない。これは絶対に嘘じゃないからな?」


「う、嘘です! だって……朝、兄さんの部屋に行ったら茶色い髪の毛がいくつも落ちてましたし、少しだけベッドから女性の匂いがしました。私が部活に行ってる間に連れ込んでたに決まってます!」


 ──ぬうっ! マズイな……ある意味当たりで、ある意味外れだ。


「友達を部屋に上げてただけ、なんだが」


「……もしかして、城ヶ崎先輩ですか?」


「そうだけど、別にいかがわしいことは一切してないぞ? 毎年宿題を写させてたけど、今年だけ家に来ることになったんだ」


「本当に、なにもしてないんですね?」


 夏凛がジーっと俺を見詰めてくる。


「……ちょっと俺が落ち込む事があったから、慰める意味でほっぺにキスされました、はい。ただ、それはあくまで友達として、だから!」


「──わかりました。信じます……それで、どこにされたんですか? 私に見せてください」


「確か、ここだったような──」


 俺が夏凛に頬を寄せると、夏凛がいきなり距離を詰めてきた。


 ──チュッ!


「なっ! か、夏凛!?」


「んふ、私の方がニアピンですね」


 恵さんへの対抗心からか、唇に限りなく近い位置にキスされてしまった。いや、もしかしたら0.1mmくらいは触れていたかもしれない。


 夏凛は俺の胸元をじんわりと押してトイレから追い出した。


「荷物、ありがとうございます。着替えの途中でしたので、もう少し待っててくださいね」


 そこまで言われてようやく気付いた。夏凛は浴衣を着てはいたが少しだけはだけており、綺麗なI字の谷間が見えてしまっていた。


 そして扉が閉まる。実の妹から頬にキスをされ、その上際どい谷間を見せられた俺は、この間の出来事を見事に上書きされてしまったのだった……。

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