第41話 夏凛と海へ 2

 俺の手にはサンオイル、ではなく日焼け止めの容器があり、足元にはうつ伏せで横たわる夏凛がいる。


 ただそれだけなら良いのだが、ビキニの紐をほどいて日焼け止めを塗ってほしいと頼まれた。


 ──一応小指を確認すると光ってはいない。


 つまり手が滑るというベタな演出はないわけだが、逆に素でこういうことを頼む夏凛が心配になってしまう。


 だって、この水色のビキニは去年着た物なんだろう? 彼氏はいないと言ってたから多分女子水泳部の仲間と遊んだのだろうけど……って、なんで俺が夏凛の彼氏遍歴とか気にしなきゃならないんだ!


 そんなこと、どうだっていいだろ! 今はただ、この真っ白な肌が焼かれないように要望通りに塗るだけのことだ。


「兄さん、どうかしましたか?」


「いや! 気にしないでくれ、今から……塗るからッ!」


 まずはファーストインプレッション──。


「……あン……気持ちいい……」


 夏凛さん、そこは"冷たくて"とか"ヒンヤリして"とか付けてくれないと。人目のつかないところでイケナイ事をするカップルみたいじゃないか……。


 とは言え夏凛に卑猥な行為の話しとか絶対にしたくない俺はそのまま続行する。だって、夏凛の口からそれらの単語が聞こえたら、穢れたみたいでいい気分がしないからだ。


「私達ってあまり会話がないですよね?」


 唐突に夏凛がそんな話を振ってきた。


「会話がない? 前に比べたら断然話してると思うけど……」


「学校が休みになったら、話題もなくなって食事中も会話が途切れてるじゃないですか」


「そりゃあ、俺もそう思ってたけどさ……」


 同じ気持ちだったのが嬉しかったのか夏凛が起き上がろうとする。


「ですよね!? だから私は──」


「待ってくれ! 今起き上がったらダメだろ!」


「え? ──ッ! ご、ごめんなさい、変なもの見せて……」


「いや、振り向いてないから何も見えなかったし。でもまぁ、夏凛の言いたいことはわかったよ」


 普通の兄妹にはあって俺達には無いもの……それは兄妹として過ごした時間だ。


「今日お誘いしたのは兄さんの事をもっと知りたかったからです。その為に女子水泳部の部長に色々とレクチャーを受けたのです」


 ……このベタなイベントは、あの時にいたプールの時ちょっとボーイッシュなあの女の仕業かッ!!


「おかしいと思ったんだよな……何でも自分でやろうとする夏凛が、俺に頼むなんて」


「──私、何か変ですか?」


「いや、これって気になる異性に頼むんじゃ……」


 俺の言葉に、夏凛は背中越しでもわかるほどに赤くなった。


「……に、兄さんだって男の子じゃないですか、間違ってはないんです。別に恋人になるわけじゃないですから、良いじゃないですか」


「うーん、間違ってない──のか?」


「そ・う・で・す! ほら、手が止まってますよ、ちゃんと側面も塗ってくださいね」


 俺は言われたように背中と腰を塗ったあと、いよいよ脇腹に着手した。腹の横から徐々に上へと向かっていく。


「兄さんの手、温かく感じてきました……」


「──あ、ああ」


 そして脇の下に到達した時、骨の感触がなくなった。とても柔らかく、温もりに満ち溢れていて、俺を惹き付ける感触。


 ゴクリ……、これはまさか──横乳!?


「ひゃうっ! あ、あの! もういいですから!?」


「わ、わりぃ」


 いそいそと水着を着た夏凛は俺に背を向けた。もしかして、怒らせてしまっただろうか……?

 そんな事を思っていると、夏凛は立ち上がって深呼吸をしたあと、俺に手を差し伸べた。


「ちょっと驚いちゃいました。こんだけおっぱいが大きかったら横にはみ出てもおかしくない、それを失念してました」


「てっきり怒ったのかと思った」


「私から言い出したことですので、そんな顔しないで下さい。ほーら、気を取り直して遊びましょうよ!」


 夏凛に手を引かれて立ち上がり、海の方へと歩き出す。


 ここはちょっとした入り江になってるので洞窟のような穴もあるし、砂浜に行っても他人から見えることもない。

 そして俺が買い出しに行ってる間に夏凛がビーチパラソルやレジャーシートを設置していたのだが、それらは無事に残されている。


 荷物から浮き輪を取り出して2人して空気を入れる。


「よし、膨らませ終わったぞ!」


「え! 兄さん早すぎですよ、私なんかまだまだこれだけしか膨らんでません」


 夏凛は必死にフーフーと息を注入してるが全く入っていない、浮き輪はそんなに大きな物でないし、ましてや特殊な注入口をしているわけでもない。


 俺が見る限り口の端しから空気が漏れているのが問題だと感じた。必死に頑張ってるけど不器用過ぎて進まない、なんというか……器用な夏凛に意外な一面があって少しだけ可愛いと思ってしまった。


「兄さん、笑ってないで手伝って下さいよぉ」


「わかったわかった、ほら貸してみろ。俺が一瞬で膨らませるから」


 夏凛から浮き輪を取り上げて息を吹き込む。


「に、兄さん!? 私はアドバイスが欲しかっただけで、そんな直接的な──」


 何やら夏凛が顔を真っ赤にして取り乱している。俺にはよくわからないが、夏凛がオロオロしてる間に一瞬にして浮き輪を膨らませきった。


 ──うん、達成感パネェな!


「ほら、夏凛の浮き輪」


「あ、はい!」


 浮き輪を受け取った夏凛は唇に指を添えて浮き輪をジーっと見詰めたあと、かぶりを振った。


「あんまり深くないところで遊ぼうな?」


「そ、そうですねー! 離岸流とか怖いですから足が着くくらいのところにしましょうか!」


 こうして俺は夏凛とのんびりビーチライフを送ることになった。

 陽キャのようにビーチフラッグとかスイカ割りとか、そんなワイワイキャピキャピなことしなくて良いんだ。


 ただ単純にこうして妹とのんびり過ごせれば、それで良い……。

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