第10話 お誘い

 数日前に部室の掃除を終えた俺は帰ってきたゴリラに報告する。


 「おう、頑張ったな」それだけだった。特別なにか優遇されると確約されてたわけでもないし、期待はしてなかったがもう少し労いの言葉は無いものかと思ってしまった。


 妹の夏凛とはあれ以来、朝昼晩と一緒に食事をしている。残念ながら今の段階ではただその場にいるだけで、中々会話も盛り上がらない。いざ会話をするとなると何を話すべきかわからないのだ。


 昼食を取ったあとはその場で別れてあとは自由行動、なんとも侘しいものだ。いやいや、顔を会わさなかったあの時に比べたらかなりの進歩じゃないか、俺って思ったより欲深い生き物なんだな、はぁ~。


 トントン


 誰かが肩を叩いてきた。なので振り返ってみると、白里しらさと るい先生が立っていた。完全に日本人の名前なのに、その容姿は明らかに外国の人だ。髪は銀髪で青い瞳、顔は童顔、スタイルもS級と学校で一番人気の高い先生だ。いつの頃だったか、先生の出身国を当てるブームが流行ったが、誰も正解することはなかった。


 生徒が聞いても「月から来たんだぁ~」といつもはぐらかすという。結局、ハーフと言うことで結論付けられ、ブームは終わってしまった。そんなミステリアスな先生が大きく澄んだ瞳で覗き込んできた。


「ねえ~、無視ですかぁ?」


「なんの話しでしたっけ?」


「ため息ついてどうしたの~?って声かけたんだけど」


「白里先生って兄妹がいたりしますか?」


「うん、いるよ!お兄ちゃんが一人だけどね。それがどうしたの?」


 兄妹について聞いただけなのにやけにテンションが高い気がする。


「ちょっと妹との接し方がわからなくて……」


「君!妹がいるの!?そっかそっかぁ~。じゃあ人生の先輩からのアドバイスね。まずは手段じゃなく、相手に興味を持ってみよ?」


「興味?」


「そそ!探るんじゃなくて、普通に聞けばいいと思うの。そこを起点に会話を広げるとより一層仲良くなれると思うよ」


「そうですか、勉強になりました」


 実際に兄のいる白里先生の言葉なら、うん。なんかいける気がする!俺は一礼し、先生はヒラヒラと手を振る。そして立ち去ろうとしたとき、また呼び止められた。


「あ!君君!名前は?」


「黒谷 黒斗です」


「もしかして、黒谷 夏凛ちゃんが妹だったり?」


「そうですが?」


「私、実は担任なの!奇遇だね!」


「マジっすか。さっきのは……」


「うん、内緒にしとくよ!じゃあね」


 結局白里先生が立ち去る形になり、俺は今回の教訓から安易に兄妹関係の事を先生に言うべきではないと猛省するのだった。



☆☆☆


キーンコーンカーンコーン……


 放課後になり、さて帰ろうかというときに前の机の主が振り返る。


「ねえ黒谷、アタシら腐れ縁じゃん?」


「そうだな。一年の時から同じクラス、隣の席を常にキープしてたからな。最早呪いとさえ思えてきたほどだ」


「でさ、ここまで腐れ縁なのに一度も遊びに行ったことなかったじゃん?」


「確かに、互いにボッチにならないための話し相手だったもんな」


「別にアタシは作ろうと思えばじゃんじゃん友達作れたし。そ、そんなことよりも……その、今日の放課後、買い物に付き合ってくれないかな~なんて……」


 城ヶ崎さんがもじもじとした態度をしている。そっか、このまま卒業してはいさよならってのもあれだよな。友達っぽいこと、してみるか!


「わかったよ。買い物に付き合うよ」


「マジで!?やったあ!」


 ただの買い物なのに城ヶ崎さんは飛び上がらんばかりに喜んでいる。心なしか、それを見た俺の心も嬉しい気持ちになった。


「じゃあ校門前で待ってるね!」


 城ヶ崎さんはそう言って駆けていった。なぜ一緒にいかないのか不思議でたまらないが、彼女なりの意味があるのだと考えて俺は数分後に教室を出た。


「あれ?兄さん?」


 体操服姿の夏凛がととっと近くに寄ってきた。


「ああ、夏凛か。今から部活か?」


「私、部活には参加してませんよ?」


 運動のためかポニーテールにした夏凛が少しムクれている。彼女には悪いが少しだけ癒された気がした。


「だって、色々やってるみたいだし……」


「ああ~そうでしたね。え~っと、認めたくはないんですがね。私、助っ人部って言われてるそうなんです。色々人助けしてたらそう呼ばれるようになっちゃって……」


「おおう、なんか大変だな。……ん?だからこの間部室の掃除に来たのか」


「そうですよ。そして今から陸上部の臨時マネージャーする予定なのです」


「そっか、お疲れだな」


「兄さんはこれから帰るんですか?」


「俺はちょっと遊びに誘われてな」


「兄さんはズルいな!……ふふ、冗談です。好きでやってることですからね。さて、私は行きます。あまり遅くならないうちに帰ってきてくださいね」


「わかってる。19時には帰るよ。じゃあな」


 ポニーテールを揺らしながら夏凛は走り去っていった。我ながら上手く会話できた気がする。きっとあの先生のおかげだろう。


 そう思いながら城ヶ崎さんの待つ校門へと向かうのだった。

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