第9話 夏凛ちゃんの戸惑い

 私、黒谷 夏凛が学校非公式の”助っ人部”をやっているのは、元々家に帰りたくないがために始めたものでした。学校にいる間は充実し、誰かの助けになることがとても嬉しいものでした。


 最近は水泳部に取られがちですが、他にも色々な部活で様々な経験をさせてもらってます。そんな私はある嵐の日から兄と関わることが多くなり、家の中でも充実した日々を送り始めました。


 ただ1つ、難点を挙げるとすれば……兄との距離感です。そこで、私はあることを思い出しました。隣の席のクラスメイトが最近両親の再婚によって義理の兄ができたと言うのです。かなり状況は違いますが、今の私にとってアドバイスとなるはずです。


「あの……」


「え!黒谷さん?」


 なぜ話しかけただけで驚かれるのか不思議ですが、新しくできた兄の事を聞いてみることにしました。


「お兄さんが最近できたと聞きました。妹として何か気を付けてることや、兄に対する考え方などを教えてくれませんか?」


「お兄ちゃんのこと?う~ん、まずは洗面所の鍵は絶対かけ忘れないことを徹底してるね」


「新しく家族になれば不注意で見られたりしますものね」


「そうそう、お兄ちゃんとはいえこの間まで他人だったんだよ?年頃の男子なんだよ?見られて触られたりしたら穢れてお嫁にもいけないよっ!」


 全部該当してる私は穢れてるのでしょうか……1つ屋根の下で暮らせば見られた揉まれたはありうると思うのですが。


「でもね。家族として新しいお義父さんやお兄ちゃんとテーブルを囲むとね。暖かく感じたんだ。私のお母さん、離婚してからずっとシングルだったから、私いつも一人で食べてたんだ。……あ、黒谷さんって上か下はいるの?」


「えーっと、兄さんがいます」


 実兄がいますが語れるほどの歴史もなく、語れるとすれば先程の見た、揉まれたくらいでしょうか……。


「黒谷さんのお兄さん、か……黒谷さんって深窓の令嬢って感じだからきっとすごいお兄さんなんだろうなぁ~」


 兄の姿を思い出す。朝、兄を起こすときに部屋に訪れた事があり、あの時の寝顔は可愛かった。思わず起こすのも躊躇われたほどに……。


「私の兄さんは、う~ん、寝顔が少し可愛い感じですね」


「そうなんだ!今度会わせてよ!」


「あはははは……今度、ね」


 この時、私は何故か嫌だと思って曖昧に返事をしてしまった。だけど、それ以降会話の中でそれを感じることもなくなり、会話が終わる頃には「黒谷さんって思ってたより話しやすいね」と少しだけ嬉しいことを言われたりして、そのことについて考えることはなくなっていた。


 そして放課後、運悪く剛田先生に捕まってしまった。


「黒谷、ちょっといいか?」


「はい、なんでしょうか?」


「実はな───」


 先生は明日から出張らしく、今は使われてない部室を掃除してほしいと頼まれた。少しだけ水泳部の助っ人があるのでと言ったら、途中で切り上げて掃除の方へ向かえと言われた。かなり強引な先生です。さすがの私も少し頭にきましたが、何とか抑えて了承しました。最後に、とびっきり格好いい先輩を相方に付ける、と気味の悪い笑顔で言ってましたが正直私にはどうでもよかった。


 3年にいる学園のアイドルと言われる方ほどじゃないが、2ヶ月に1回の頻度で告白されるのです。だから俗に言う”イケメン”と言われる人と接触する機会は可能な限り避けたかったのです。


 落とせるかもしれない、というクジのような感覚で告白されても私には響かない。両親は神の前で生涯愛すると誓ったはずです。そんな両親ですら互いに好きな人ができて子供を捨ててしまった。


 ましてや、話したこともない、絆もない人と上手くいくはずがないのです。だから私は告白イベントが嫌いだった。



 放課後、憂鬱な気分で水泳部の助っ人をキリのいいところで終わらせ、パーカーを羽織って掃除へ向かう。遅刻すればそれだけ印象が悪く、少しでもイベントを減らせるはずだと思ってた。


 息を切らせながら辿り着いてみると、そこにいたのは───私の兄だった。


 遅れた私を叱りもせずに作業を始めようって声をかけてくれた。あ、意外に優しいんだなって思った。ちなみに、兄さんの話によれば兄さんも”美少女”がくる予定と聞かされていたようで、あの先生の意地の悪さに気が付いてしまった。


 双方が期待して部室に向かってみれば、相手は兄妹だった。それで私たちが悔しがる……先生の考えはそんな感じだろう。最も、私はそれで助かる結果になりましたが。


 その後、私達はテキパキと掃除をこなす。量が非常に多く、気付いたら7時だったのでその日は解散となった。



 帰り道、クラスメイトの言葉を思い出す。


『でもね。家族として新しいお義父さんやお兄ちゃんとテーブルを囲むとね。暖かく感じたんだ』


 私は意を決して兄さんに提案した。


「兄さん、その……もしよかったらご飯、食べに行きませんか?」


 まるで少年のような無邪気な笑顔に少しだけ鼓動が強くなった気がして嬉しくなった。ずっと彼の笑顔を見ていたいと感じた私は食事そのものを家族ルールとして提案し、兄さんは受け入れてくれた。これからは家でもこんな気持ちでいられる……。


 そんな暖かな気持ちも二日目の夕食ファミレスで壊れる事になった。


 兄さんがドリンクバーに視線を向けていたので気になって見てみると、そこには茶髪でセミロングなゆるフワ系な女性が立っていた。彼女もこちらに気付いたようで手にコーラを持ってこちらのテーブルに来た。


 兄さんの紹介で彼女が城ヶ崎 恵という名前で同級生だと言うことがわかった。


 城ヶ崎先輩は兄さんと同じコーラを飲んでいる。ふざけあいながらも、その視線は兄さんをずっと見守っているかのような視線。彼女の一挙手一投足が気になって仕方ない……私はどうかしたのだろうか?


 彼女が兄さんの隣から去ったあと、私はその匂いを掻き消すかのように兄さんの隣に席を移し、関係性を聞いてしまった。一連の流れが反射的で、理性の外の行動だったことに内心驚いてしまう。


 食事を終えた頃には心も冷静さを取り戻し、兄さんの同級生へ変な感情を向けた事に対して嫌悪感を抱いてしまった。


 私はその日の夜、邪念を振り払うように筋トレに励む事となった。

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