第8話 共同作業 3

 次の日の放課後、恐らく最終日となる部室の片付けを始めた。


 梅雨も明け、汗ばむ陽気が続く初夏の候。部室のクーラーを付けたが、旧式故に最大出力でも外より幾分マシと言うレベルだった。


「あぅ、水着が張り付いちゃいますねぇ」


 夏凛はここに来る前に水泳部の助っ人をしていたらしく、スク水のまま合流している。初日は全然濡れていなかったためか気にならなかったが、今日は汗で張り付いてボディラインがより際立っている。


「ああ、終わったらさ。奥のシャワー使っていいらしいから浴びようぜ」


「ええ、労働のあとのシャワーは気持ち良さそうですね!」


 換気をして埃等の汚れを落として先達の残した遺産を片付けていく。


「あれ?この漫画やけにピンク色ですね。何が描かれているのでしょう?」


 あ、マズイ!ここは元野球部の部室、女に飢えた男達なら当然それがあってもおかしくない!


「待て、夏凛!」


「え?これって──ふぎゃっ!」


 本を奪い取ろうとした俺は勢い余って夏凛を押し倒してしまう。髪が張り付かないようにしていたバレッタが外れ、地面に扇状に広がっている。

 胸は重力によって若干潰れ、その面積を肩紐の部分にまで至らせている。


「……あ」


 夏凛と俺の視線が繋がり合う。──とその時、入り口の扉が大きく開く。


「あ、黒谷。今日中に終われるように手伝ってあげる──って、どしたの?2人も、反対向いて……喧嘩でもした?」


 現れた城ヶ崎さんのお陰で俺と夏凛は一瞬で反対方向を向いて正座していた。


 何故だろうか、さっき覆い被さって視線を交わしたとき、少しだけ心臓の鼓動が早くなった気がした。


「城ヶ崎さん、俺がここにいるってよくわかったね」


「アンタが頼まれてる時、近くを通りがかったから聞こえてたの」


「そっか、助かるよ。じゃあ───」




 俺は城ヶ崎さんに指示を出す。


「わかった。アタシはシャワー室をすればいいんだね?了解」


 ハーフレスメガネを外して茶髪を後ろでまとめた城ヶ崎さんは腕捲りをしてシャワー室の方に向かう。


「兄さん、向こうの方が残ってるはずでは?」


「あ、いや。ロッカー室を早めに終わらせてから合流した方がいいだろ?」


「そう……ですかね?」


 純粋無垢な妹にあんな卑猥なモノを見せるわけにはいかないからな。さっさと回収しよう。


 押し倒した拍子に吹き飛んだブツをゴミ袋に素早く入れて他にないか見渡す。


「よし、本の類いはもうないな。夏凛、やっぱり俺は城ヶ崎さんのところに行くよ。あとは頼むな!」


「はーい!」


 夏凛の元気な返事が聞こえてきた。そして俺は城ヶ崎さんと掃除を始めた。彼女は普段から掃除をしているのか俺達よりも数段手際がよく、俺が加わったことですぐに終わりが見えてくるほどだった。


「ん?何、ジロジロ見てんの?」


「城ヶ崎さんって家庭的なんだなって思ってさ」


「お、お世辞言われたって何も出ないわよ!」


 城ヶ崎さんが照れるとは非常に珍しい。いや、それだけじゃない。そもそも何故手伝いに来たのかも不明なんだ。言っちゃなんだけど、3年間ただ気が向いた時に話すだけの間柄だ。


 そんな関係なのに、夏凛を紹介してから教室でもやけに話しかけてくるようになった。うーん、今年で卒業だからもっと友達のような思い出を作ろう、そんな感じなのかな?


「キャッ!」


 考え事をしてると隣シャワー室から声が聞こえてきた。


「大丈夫か!?」


 シャアーーーーー


 駆け付けると、城ヶ崎さんが夏の制服のままシャワーを浴びてしまっていた。多分腕かなんかが蛇口に当たってしまったのだろう。

 俺は急いで抱き寄せてタオルケットを頭からかけてあげる。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 よく見ると、メガネを外した城ヶ崎さんはかなりの美形だった。気まずくなった俺は視線を下げるが、それは逆効果だった。


 肌に張り付いた夏の制服、緑のブラは透けており、隠すように交差させた腕によって谷間が強調されていた。


 か、夏凛より少し小さいくらいだが充分に"巨の領域"だ。──じゃねえ!妹の形を明確に理解してる俺は変態だろ!しかも同級生と比較するなんて最低だ!


 邪念を消し去るべく頭を振る。


「ちょ!どした!?」


「わりぃ、俺の中の暗黒面を振り払ってたんだ……」


「変なやつ……さて、充分見たでしょ?いい加減更衣室に戻ってくれない?乾かしたいから」


「あ、悪い!」


 ロッカーが立ち並ぶ更衣室に戻ると夏凛がジト目を向けてきた。


「彼女さんじゃないって言ってましたよね?」


「違うって!」


「なんで抱き合ってたんですか?」


「見てたのか!?」


 そう言えば、少しだけ悪寒がしたがまさか夏凛だったとは。


「こっち側はあんまり残ってなかったじゃないですか。終わって加勢に来てみれば……」


「そんなつもりじゃなかったんだよ。城ヶ崎さんがドジってシャワー浴びちゃってさ」


「もう知りません!」


 その後、何故か夏凛は怒り、ドライヤーで乾かし終わった城ヶ崎さんの説得によってなんとか機嫌が直し、3人でファミレスに行くまで口を聞いてくれないのだった。

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