第7話 共同作業 2

 何かが身体を揺らしている。うっすら目を開けると膨らんだブラウスが見えたので押してみた。


ムギュッ!


「あ……もう、寝惚けてるんですか?」


ギリギリギリ


「いったあああっ!」


 頬に痛みが走って俺は飛び起きた。今の状況を認識するべく周囲を見渡す。すると、いつもと違った光景に驚いた。

 窓から差し込む朝日がスポットライトのように黒髪の女性を照らしていた。上は夏用のブラウス、下はチェックのスカート、特にブラウスは一級品の盛り上がりを見せている。


 そう、彼女の名は黒谷 夏凛、───実の妹だ。


 夏凛が少し頬を膨らませて腕を組み、ギシという音を立ててベッドの脇に腰をかけた。


「か、夏凛?もしかして俺のホッペをつねったか?」


「兄さんが悪戯するからです!せっかく起こしに来たのに……」


 夏凛が起こしに来るなんて珍しい、というか今まで一度も無かったことだ。こんなギャルゲーのようなイベントなんて俺には無縁と思っていた。


「家族ルールその2を守るために起こしに来たんですよ。私は1階で待ってますから、着替えて来てください」


 そう言って夏凛は部屋を出ていった。


 あれ?そう言えば俺悪戯したっけ?う~ん……あ!まさか俺、またやっちまったのか!?

 アノとき、まだ意識が完全に覚醒したわけではなかったが、それでも安眠を妨害する存在を押し退けるために、夏凛の胸に触ったんだ。もちろん胸とわかっていたわけではないが、にしてもあの感触、前よりも硬い気が……そうかブラをしているからか!って何考えてるんだ俺!


 振り払うように3回頬を叩いたあと、着替えて夏凛の元へ向かった。





 納豆ご飯に目玉焼き、そしてお味噌汁がテーブルの上に並んでいた。俺達は向かい合わせに座って「いただきます」と一言いって食べ始めた。

 普通に美味しい、いや、誰かが一緒に食べてくれるってだけでいつもより美味しく感じるし、あの底冷えするかのような感覚も感じない。


 食事を終え、夏凛は朝早くから用事があると言って先に出た。俺もいつも通りの時間に学校に行った。


 登校中、やはり一人なので考える時間は多い。特に最近は夏凛についてばかり考えてる気がする。

 身内贔屓かもしれないけど、夏凛は美少女だ。もしかしたら彼氏でもいるかもしれない、そんなことを考えた瞬間、少しだけ胸に痛みが走った気がした。


 俺はそれを振り払うかのように途中から走って学校へ向かった。


☆☆☆


キーンコーンカーンコーン


 惰眠を貪っていた俺は昼休みのチャイムと共に目が覚めた。ここからはいつものルーチンを開始する。うちの高校は食堂でパンが売られているんだが、競争率が高い、そこで俺は教室横の非常階段を降りて食堂にいつも向かっているのだ。そうすることで大幅なショートカットに繋がり、なんとか完売前にパンを買うことができる。


 あんパン、カツサンド、そして牛乳というまずまずな戦果をあげた俺はそれらを席の上に並べてどれから食べようか迷っていた。


 そんな時、城ヶ崎さんが後ろを向いて話しかけてきた。


「黒谷先輩ってアンタの事で間違いないよね?」


「城ヶ崎さん、このクラスに黒谷は俺しかいないだろ?」


「入り口で黒谷先輩を探してる可愛い子がいるんだけど、あれって2年生よね?」


「え?俺にそんな知り合いいないのは知ってるだろ?」


「孤独を愛しつつ寂しさに弱いって矛盾よね~」


「いや、孤独じゃないよね?城ヶ崎さんがいるから」


「なっ!……い、いいから!行ってあげなよ!罰ゲームだとしても、待たせるのは悪いわよ!」


 1年の頃に一人だった俺は城ヶ崎さんに話しかけられた事でなんとか孤独死しなくて済んだ。それからは呪われたように同じクラス、隣の席、という腐れ縁になった。今更な事を言ってなぜ顔を赤くしてるんだろう?しかも罰ゲームって告白されるわけじゃないんだから。


「あ、黒谷先輩!」


 件の人物がこちらに手を振っている。編み込みの入ったロングストレートな黒髪、そして整った顔立ち、手を振るごとに双丘が揺れるほどスタイルは抜群……つまりだった。


 次第にクラスメイトが俺に注目し始めた。中には「嘘、あいつって黒谷って名前だったのか?」やら「なんでアイツが……」とか言う声が聞こえる上に、舌打ちも混ざってる気がする。


 急激なヘイトの高まりを感じて俺は彼女の手を取り、非常階段に逃げ込んで踊り場で壁ドンを決める。

 知らない人が見れば俺が口説いてるように見えたことだろう。


 ───だが彼女は妹だ!


「なんで教室に来たんだよぉ?注目されちゃったじゃん」


「家族ルールその2を行使しに来たのです」


 どや顔をする妹、うん可愛いな。


「え?昼もだったの?」


「朝昼晩、おはようからおやすみまでルールは適用されます!」


 本日2度目のどや顔である。うん、愛でたくなる。


「だけど何故先輩?」


「この学校、黒谷って人が結構いるじゃないですか?カモフラージュです」


 いや、なんの?逆効果だよそれ。


「俺のクラスには一人しかいないんだよなぁ」


「え?あ、ごめんなさい。教室いったら、その、彼女さんみたいな人と話してたから、なんかモヤモヤして気付いたら黒谷先輩いませんか?って言ってました」


「彼女じゃないよ。城ヶ崎さん、俺の唯一の話し相手だよ。いいか?夏凛だって俺が彼氏だって誤解されたらマズイだろ?その、彼氏にも悪いしさ」


「私に彼氏なんて出来たことありませんよ?」


 キョトンとした顔で否定する夏凛、そしてなんとなくその言葉に良かったと安心する俺。妹に彼氏ができて少し悲しい思いをするって漫画にあったけど、こういうことなんだな。


「じゃあ今度からここで待ち合わせな。そしたら色々誤解されなくてすむだろ?」


「そうですね!じゃあ早速食べましょうか!」


 太陽のような笑顔を見せてくる夏凛に癒されながら、俺達は階段で昼食を取った。


☆☆☆


 そして放課後、2時間ほど部室の片付けをしたあと、時間がないのでファミレスで夕食を取ることになった。


「この調子なら明日で終わりそうですね」


「そうだな、あとは奥のシャワー室とトイレかな」


「兄さん、その……今日はごめんなさい」


「気にしなくて良いよ。夏凛みたいな子に先輩って言われるの、結構いい気分だったしな」


「ふふ、たまに呼んであげましょうか?」


「俺たち似てないんだから勘違いされるだろ?もうあんな注目されるのは勘弁だ」


 そんな雑談をしながら夕食を食べていると、見知った人物がドリンクバーにいるのに気が付いた。そして相手も気がついたみたいでコーラ片手に俺たちの席まで来た。


「あら、昼間の彼女じゃない」


「違うっていっただろ?」


「ってことは、妹さん!?アンタの妄想の妹イマジナリーシスターかと思ってた!」


「失礼だな!」


 夏凛は少し微笑んで丁寧にお辞儀をする。


「黒谷夏凛です」


「あ、こりゃどうも。城ヶ崎 恵です。よろしくね、夏凛ちゃん」


「こちらこそよろしくです。城ヶ崎先輩」


 二人は握手を交わす。


「じゃ、アタシは家族と来てるから、じゃあね」


 城ヶ崎さんが去っていくと、夏凛は俺の隣に移動してきた。


「仲が良いように見えるんですけど?本当に彼女じゃないんですか?」


「だから違うんだって、ただの同級生だよ」


 俺、黒谷 黒斗はこのあと何回か同じやり取りの尋問を受けることになった。

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