元凶
「ほう、珍しい“能力者”だな」
不意に声が聞こえた。宗谷と瑞穂は急な声に驚き、身構えた。
「あ、あなた──」
桜花が、怯えたような声を出した。その声の先に立っていたのは、法衣を着た背の高い男。
桜花の見せた反応や外見的な特徴から、この男こそ、桜花や千早が話していたこの施設の幹部で、幼い子供たちを拐って監禁していた諸悪の根源に違いなかった。
「何を――しれっと“生き残って”、今更“のこのこと”出てきてるんですか」
瑞穂は吐き捨てるように言うと鋭い目線を男へと向けた。
「あなたですね。幼い子供たちを――“能力者”に覚醒するかもしれないっていう子供たちを監禁して、実験台にしていたのは。
なぜ、そんなことを」
「生き残るも何も、あんな出来損ないに私は殺せんよ」
男は意味深な笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「しかし見ただろう? “能力者”はすこし扱いを間違えれば非常に危険だ。芽の出る前から管理し、危険であれば刈り取らなければならない。そのためには研究や実験も必要だ。多少の犠牲も出よう」
「少なくとも今里桜花さんは、あなた達が余計なことをしなければ、こんな暴走をすることはなかったかもれない――私だって能力者の端くれ、もしかしたらあなた達の標的になって、連れ去られていたかもしれないと思うとゾッとします」
瑞穂は何かを思い浮かべたかのように一瞬、表情を曇らせ、そして首を振った。
「それに施設の中にあった沢山の屍体――あんなの、許されることじゃない」
「許す許さないを決めるのは君ではない」
男は小馬鹿にしたように口の端を歪めた。
「人間はいずれ死ぬのだから、早いか遅いかの違いしか無い。子供数人程度の命などより、“能力者”の管理のほうが重要だ。まあ、あまり長々と話している暇はない。こんな有様では、この施設はもう使い物にならないからな。そろそろ御暇させてもらおう」
「逃しませんよ」
瑞穂は手にした刃を男へと向け、その刃よりも鋭い口調で言い放った。
「私を殺すか? それもいいだろう。『能力者の存在と救い』、そして『能力者が我々の道から外れた時の危険性』――いずれも我々“人革宗“の教義や主張と一致する。能力者である君が私を殺したなら、我々の正当性を声高に主張することができるだろうよ」
「あなた――人革宗の信者でしたか」
人革宗――人類革新宗連――
『ヒトはまだ真なる力を解き放っていない、その数を減らし種として追い詰められたとき、ヒトは本能により真なる力に覚醒する、その力で道を外れない為の教え』として、この国で急速に勢力を拡大している新興宗教の名前だった。
「“能力者”の存在をちらつかせて、何の能力もない平凡な人たちからお金やらを巻き上げる、ただの悪徳な新興宗教かと思っていましたが、能力者の芽を持つ子供にこんなことをしていたとは――思っていたより遥かに悪質ですね」
「だが、間違ってはいまい?」
「大間違いですよ。こんな大勢の子供たちを拐って殺して――あなたには、罪を犯した者として、しっかり罰を受けてもらいます――」
「はて、それは可能だろうか? 私を捕まえることなどできるだろうか?」
そう言った途端、男の姿がその気配とともに拭い去ったように消えた。
「“やはりあの男も、能力者でしたか”。なるほど今里桜花さんが施設を襲った時、あの男が一人だけ無事だったわけがわかりました――姿が消える能力――? いや、消えていない。隠れているだけ――」
瑞穂は刃を構え直し、宗谷を横目で見た。
「宗谷さん、何か見えますか」
「えっ――? たぶん、扉のあたりが揺らめいているような――」
宗谷が言い切るよりも先に、瑞穂は刃を振るっていた。細く白い光が迸り、透明なカーテンが引き裂かれるかのように空間が揺らめき、その揺らめきの奥から法衣の男が姿をあらわした。
「“認識の能力者”――ですかね? さすが“能力者”の存在をちらつかせて小銭を稼いでいる宗教の幹部だけあって、能力は本物ですね。その能力で子供たちを拐ったり、こんな目立つ施設を隠し通したりしていたのでしょうか。
ですが、残念ながらこちらには“見えないものが視える眼”と“何でも断ち切る刃”があります。あなたを隠す、まやかしのベールなんて、サクッと断ち切らせてもらいます」
ふん、と法衣の男は宗谷と瑞穂を睨む。構わず瑞穂は続ける。
「もう、逃げられませんよ。次は一振りであなたの意識を断ち切って、気付いたときにはもう留置場です」
「確かに」
法衣の男は、それでも変わらぬ口調で言う。
「だが、私が言ったのは能力があるという意味だけではない。なぜ、私の能力を抜きにしても、何故今までこの施設がずっと存続できたと思う? 何人かの脱走者を出し、警察などへの告発者も出しながら、それらをすべて揉み消し続け、隠し続けることできたのは何故だと思う?」
瑞穂と宗谷は沈黙する。男は僅かに口許に笑みを浮かべた。
「人革宗は今や多くの信者を抱える一大勢力だ。数が多いということはこの民主主義国家ではとても都合がいいことでね。国、地方、街、いずれの首長や議員も選挙で選ばれる。そして選挙は数が多いほど都合がよく、それを束ねる各地の幹部――私と首長や議員はうまく繋がり、お互いの問題を処理してきた――まあ子供には、難しすぎるとは思うが」
「そうですか――政治家さんと繋がりがあるので、こんな酷い施設でももみ消すことができたと――?」
「そう。子供の言うことを揉み消したり、歪曲することなどわけがない。他の者が手際よく処理してくれるだろう」
「私は子供なので大人のそういう事情はわかりませんが――」
瑞穂は抑揚のない声で言いながら、その手にした刃を再び掲げてみせた。
「要は、そういうのもすべて“断ち切って”しまえばいいんですよね――?」
瑞穂は刃を振るった。
宗谷は聞いた。無数に束ねられた太い糸が根こそぎ断ち切られる音を。
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