流星の夢

 宗谷は、アニメのDVDをデッキへ入れ、再生ボタンを押した。やや旧式なテレビ画面にアニメの映像が映しだされ、数年前に流行った歌手の唄う、テンポ良い主題歌が流れ出す。


 千早は宗谷の横で正座し、アニメを食い入るように見つめていた。意外にも彼女はテレビ好きで、特にアニメの類を好んでいた。もっとも、生前からそうだったわけではないようで、そもそも、千早はテレビ自体を観たことが殆ど無いらしかった。目新しさも手伝ったのだろう。初めてテレビを、その時に放送していたアニメを見せたとき、千早はひどく興奮し喜んでいた。それ以来、彼女は暇さえあればアニメをせがむようになっていたのだった。


 宗谷としては、テレビゲームやパソコンのようなものの方が、千早は喜ぶと思うのだが、霊である彼女は物に触れることができないため、必然的に会話をしたり、テレビを観たりといったといった、何かに触れなくても楽しめることで過ごすことになる。


 もっとも、夕方を過ぎると千早の好きなアニメの類はあまり放送しないので、宗谷は、千早が好みそうなアニメのDVDを幾つか、レンタルショップから借りてきていた


 宗谷は初めこそ、この歳になってアニメなんてと辟易していたが、いざ見始めてみると案外楽しめる内容のものも少なく無く、数週間経った今では、夕食後、千早と一緒にアニメを観賞するのが日課になっていた。


 今、観ているアニメは、他人の夢に入り込むことのできる男が、その超能力を駆使してテロリストと戦うという筋だった。あらすじだけ見ればありがちな話だが、構成が考えられているからか、そこそこ楽しめた。千早にいたっては、すっかり熱中してしまっている。


 三話ほど見終わったところで、宗谷は壁に掛かった時計を見た。八時半を少し過ぎていた。


「今日は、これくらいにしとこうか」


 宗谷がデッキからDVDを取りだしていると、千早はふと思い出したように呟いた。


「宗谷さんは、いつから、あたしのような残留思念を見られるようになったんですか?」


「え――?」

 宗谷はDVDのケースを持つ手を止め、千早の方へと振り向いた。


「さっきのアニメを観ていて思い出したんですよ。そう言えば宗谷さんも、普通の人には無い、特殊な力を持っているな、って」


「いや、それはいいんだけど、今、残留思念って言ったよね」


 宗谷は眉を潜めた。彼女の言う残留思念が何を指し示すのか、咄嗟には解らなかった。


「言いましたよ。あたしのことです」


「君が? そもそも残留思念って、一体――」


「最初に言いませんでしたっけ。というか、今まで、あたしを何だと思っていたんです?」


 千早が呆れたように肩を竦めた。


「幽霊のようなものだと思っていたけど」


「まあ、似たようなものですけどね」


 千早と一緒に住むことになったあの日、確かに彼女は、最初に自分のことを説明していた。自分は、死んだ人間の意識そのもので、強い想いや未練を核とした意識だけの存在。つまり、残留思念であると。その時は冷静さを欠いていた為、宗谷はそこまで細かく覚えていなかった。


「でも、どうして千早ちゃんは、そんなことを、自分が残留思念だってことを知ってるの?」


「長い間、この状態でいると、だんだん自分が何なのか、どうなっているのかが解ってくるんですよ。ああ、そうか。あたしは、死んだ羽衣千早の意識なんだ。残留思念なんだ、って」


 千早は苦笑した。

「考える時間だけは無限にありましたからね。意識と思考は別物なので」


「そう、なんだ」

 ケースをしまいテレビを消すと、千早の方へ向き直った。


「それより宗谷さんのこと教えてくださいよ。いつから残留思念が見えるようになったのか」


「君と、最初に出会った日だよ」


「あたし以外の残留思念を見ることもできるんですよね」


「そうだよ。ただ、君以外のヒトは、すぐに消えてしまうけど」


 千早は側に寄り、物珍しげに宗谷の顔を見つめながら、感心したように言った。


「凄い、ですよね。死んだ人のことが見えるなんて。今更こんなこと言うのも、変ですけど」


「僕は逆に、人間は死んでからも意識だけの存在として残る、ってことの方に驚いたよ。まあ、すべての人がそうなるとは限らないし、殆どの人が、すぐに消えてしまうんだろうけど」


「あの、宗谷さん。もしかして――」


 急に改まった様子で、千早は問いかけてきた。


「自分の能力に気付く前に、もしくは気付いた直後に、変な夢を見ませんでしたか?」


 宗谷は息を呑んだ。彼女の言う変な夢に、思い当たるところがあったからだった。宗谷の表情が動いたことに気付いたのか、千早は一言一句、ゆっくりと丁寧に続けた。


「例えば、暗闇の中で流れ星が落ちてくるような、そしてその流れ星の一つに、ぶつかってしまうような――」


 言いながら、あり得ないとでも思ったのか、千早は小さく笑った。


「まさか、そんな偶然、あるわけないですよね」


「いや、見たよ」

 短く、宗谷は応えた

「君の言うとおり、闇の中で流星に貫かれる夢を見た」


「そんな――でもやっぱり、そうなんだ」


 千早は驚いた様子で、何かに納得したかのように呟いた。口許に手をやり、まじまじと宗谷を見つめる。彼はその視線を真正面から見据えて。


「どうして、僕が見た夢のことまで知っているの?」


「実は、あたしの知り合いにもいたんです。宗谷さんと同じように、普通の人とは違う、特殊な能力を持った人が」


 千早の言葉に、宗谷は当惑した。あまりに突然のことで、咄嗟に声が出なかった。


「それは――」

 やっと、掠れた声が出た。宗谷は何度か唾を飲み込み

「本当に?」


「ええ」

 千早は強くかぶりを振り、早口で話し始めた。

「あたしの生前の友達、親友だった人でした。その人は、離れた場所にあるものを、触れることなく壊すことのできる能力を持っていたんです。もっとも、彼は能力を使うことを嫌がっていましたし、自分からは話すこともなかったので、正確にどんな能力だったのかはわかりません。あたしも、彼が能力を使うのを、一度しか見たことがないんです。でも、彼は夢の話だけは何度かしてくれました。変な夢に魘されることが多くなったって」


「それが、流れ星に――流星に貫かれる夢、だったんだね?」


「そうです。だから、もしかして宗谷さんもそうかな、って思って。ほんの思いつきですよ。適当に言っただけなのに、まさか本当に宗谷さんも、そんな夢を見たことがあるなんて――」


 千早の呟きを聞きながら、宗谷は考えを巡らせていた。自分以外にも存在していたのだ。普通の人間には無い、特殊な能力に突如として目覚めてしまった人間が。


 能力者。不意に宗谷の脳裏を、その言葉が過ぎった。悪寒が背筋を走る。鳥肌が立った。何なのだろう、この感覚は。宗谷は悪寒を堪えるように奥歯を噛み締め、考えを続けた。


 能力に目覚めた者は、流星の夢という共通点を持っている。ということは、自分や千早の友人の持つ能力は、その効果こそ違うものの、同じ原因によって発生したのではないのだろうか。


 だとすれば、自分や千早の友人以外にも、能力を持つ人間がいてもおかしくはない。


 宗谷は思い出していた。自分の能力を誰かに話そうとしたときに、異様なまでの躊躇いを感じたことを。結局、宗谷は誰にも能力のことを話さなかった。いや、話せなかったのだ。同じように千早の友人も、自分から能力のことを話すことは無かったらしい。千早によれば、むしろ避けているかのようだったと。もしかすると、能力を持つ人間は、自分の能力のことを他者に話したり伝えたりすることが、本能的にできないようになっているのではないだろうか。


 千早が友人の能力を知っているのは、直接に目撃しているからであり、宗谷が千早に能力のことを話せたのは、彼女が普通の人間ではない、実体を持たない残留思念だからかもしれない。


 誰も能力のことを言わないから、誰にも伝えられないから公になっていない、広く知られていないだけで、能力を持つ人間、能力者というのは、意外に少なくないのかもしれない。


「それで」

 宗谷は乾ききった唇を湿らせ。

「その子は今、どうしているの?」


「わかりません。あたしは、もう死んでしまいましたから。あれから――その子の能力のおかげで“あそこ”から逃れて以来、ずっと会えていませんから」


 ぼそりと呟くように云うと、千早は眼を伏せた。


「あそこ、から逃れてきた──?」

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