後の領主、借金を返す

 あれだけの量の毒水を当たり前のようにアイテムボックスにしまったポータさん。


「では、俺たちは用事がありますのでこれで失礼します。ギルドの支部が出来たあたりでクローブへ伺いますね」


 なにか急ぎの用事があるみたいで、ポータさんは娘を連れてギルドを後にした。

 ギルドから紹介された人なので毒水を持ち逃げするってことはないだろう。

 というか、ヒドラの毒水を持ち逃げしてどうする?っていうのもあるので心配してない。

 受付嬢がギルドカードを渡してくる。


「ヒドラの毒の代金決済をしますね。1立方メトルあたり20万ゴルダで1万立方メトルなので合計20億ゴルダとなります」

「20億?」


 俺が金額を不服と思ったのか受付嬢は頭を下げる。


「申し訳ございません。ヒドラ毒の価値はもう少しあると思うんですが、これ以上の金額となるとギルドの運営に支障が出るのでこの額で受領印をお願いします」


 いやいやいや、逆だって。

 あまりにも多い額で驚いてるんだけど?


「ちょっと多過ぎて受け取れないですね」

「ヒドラ自体非常にレアなモンスターである上に毒の採取は非常に危険を伴う作業です。兵器として使えば国一つを滅ぼせるだけの猛毒ですからこの金額は妥当だと思います」


 物騒なことを言いだす受付嬢のお姉さん。

 俺が遠慮して受け取らないでいると、メイミーが受け取るように促してきた。


「ごしゅじんさま。大領主になるのには多額の資金が必要です。もしギルドに感謝の気持ちを示すのならば支部の設営の時に返すことにして、ここは素直に好意を受け取りましょう」


 確かにメイミーのいうことも一理ある。

 今の俺たちはいくらお金があっても足りない状況だ。

 森の開拓に道路工事、住居や商業地の建設、そして精霊塔の建設も必要だ。

 ここはメイミーに勧められたしありがたく報酬を受け取ろう。


「ありがとうございます。その額でお願いします」

「ではサインをお願いします」


 20億入りの錬金術ギルドのチャージカードを貰った。

 普通のギルドカードと何ら変わりないのに持つ手が震えるのはなんでなんだろうな?


「チャージは錬金術ギルドでも冒険者ギルドでも引き出せますからご安心ください」

「早速なのですが5000万ほど現金で頂けませんか?」

「わかりました」


 すぐに金貨袋が用意された。

 ずっしりとした金貨袋を受け取るとモニカがすごく嬉しそうにしている。


「これで豪勢に食事をするんだよな?」

「ちげーよ!」


 こいつは食うことしか頭の中に無いのかよ?


 *


 ということでクレソンのフィルさんの所に向かう。

 庶民にお金も貸している商会の経営主だ。

 もちろん訪れた目的はベランさんが娘の治療費で作った借金の返済だ。

 フィルさんはお金を受け取る。


「融資の完済、ありがとうございます」

「こちらこそ返済を待っていただいて助かりました」

「これでベランさんへの恩返しも出来てホッとしています」


 金庫に金貨をしまったフィルさん。

 笑顔のまま俺に商売人としての鋭い目を向ける。


「このお金を返したってことは、資金繰りが順調なんですよね?」

「ええ、まあ」


 降って湧いたお金だとは言えない。


「魔の森の開発の方も順調なんですね」

「なぜにそれを知っているんです?」

「風の噂で耳にしたんですが、大人数の移民がクローブに向かっていると聞きました」

「さすが詳しいですね」

「やはり否定はしないんですね」

「ええ」


 かなりの情報網を把握しているこの人の前で隠し事をしてもすぐにバレるので嘘をつく意味がない。


「こんな商売をしていると、こちらから情報に網を投げなくとも常に噂話が聞こえてくるようになるんです。まあこのぐらいの大きな情報ならば動かずとも手に入れられないとこの商売は厳しいですね」

「ちなみにどこで聞きました?」

「本来は情報元は教えられないのですが、これから共に商売をしようとする相手に隠し事をするわけにもいかないのでお教えしましょう。サテラの馬車組合ですね、このことはご内密にお願いします。馬車の荷台の緩衝器が高騰しているので調べてみたら荷馬車の修理発注がいくつも出てまして、一儲けさせてもらいました」


 さすが情報の網の張り方が上手いし、情報を得てからの行動も早い。

 フィルさんの仕事は金貸し以外にこんな感じで必要になったものを手に入れて利益を上乗せして売る『商社』という仕事をしているようだ。

 

「よかったら、その移民計画にうちも一枚噛ませてもらえないかと思いましてね……へへっ」


 少しおどけた感じで話してくるフィルさん。

 大抵の人はこのおどけた演技に飲まれてすぐに友だちのような感覚となり心を開いてしまう。

 俺の知らない裏の顔があるかもしれないので即答は避けた。


「俺の一存じゃ決められないのでみんなと相談してからになりますが、俺としては大歓迎です」

「おおー! ミリス聞いたか? これはうちの貧乏商会にも風が向いてきたぞ!」


 唯一の部下の女性社員のミリスも大喜びだ。


「社長! やっとこのボロ事務所から抜け出せますね!」

「ボロは余計だ! あははは!」


 二人とも大喜びだった。


 *


 次はセージの町だ。

 町長をしているマイオールと会うためだ。

 モニカの翼に乗りながら、メイミーが聞いてくる。


「ごしゅじんさま、家を収納して移設するんですよね?」

「建っている家をそのままアイテムボックスに収納して、クローブで取り出して移設工事を済ますんです」

「取り込みは問題ないと思うんですけど、取り出しは大丈夫ですか?」

「なにか問題でもありますか?」

「取り出すときに一時的に家が宙に浮いた状態になるので、壁が崩れたり柱が折れると思うんですよ。柱が折れなくても床が抜けるかもしれません」


 マジか?

 それはマズい。


「でも」


 メイミーは解決策を用意しているようだ。

 

「地面も一緒に取り込んでみたらどうでしょうか? これなら床が抜けないと思いますし、もしかすると畑の移設も出来るかもしれません」

「おー!」


 さすが、先を読んで行動するメイミー。

 素晴らしい。


 *


 セージの町に着いた。

 マイオールが歓迎してくれる。


「ラーゼルさん、いらっしゃい」


 俺はさっそく本題を切りだす。


「移住の話はまとまりましたか?」

「全員一致で移住することとなりました」

「それはよかったです。いつぐらいに来れます?」

「そうですね、いま育ててる麦が収穫出来たら移住できると思います」

「秋ですか」

「ええ」


 秋だとだいぶ先だな。

 その頃まで残っている毒が広がらなければいいんだけど。

 少し心配だ。

 俺はメイミーと移動中に考えていたことを試すことにした。

 

「畑と家で試してみたいことがあるのですがいいですか?」


 俺はマイオールに連れられてセージの畑に来た。

 青々とした麦の育っているいい畑だ。

 俺が畑をアイテムボックスに取り込もうとしていると不思議そうな顔をする。


「なにをされるつもりなんですか?」

「麦を取り込めないかと思ってね」

「やめてください! 育ってる麦をアイテムボックスに取り込んだりしたら根が切れて再び植えられずに枯れてしまいますよ」

「まあ、それは見ていて欲しい」


 俺は麦畑を取り込む。

 麦だけじゃなくメイミーのアイデア通り土も一緒に取り込むイメージだ。

 麦の穂が揺れまくる。

 そして地面に亀裂が走る。

 ただの亀裂ではない。

 まっすぐな線が麦畑の一つの面を囲むように正方形に走った。


「うおお! ラーゼルさん、畑が真四角に切り取られてますよ!」

「これを取り込めるかどうかが問題なんです」


 俺は気合を入れる。


「どおりゃー!」


 すると真四角な畑はわずかに宙に浮きあがり、そして俺の手の中に納まった。

 成功だ。


「ごしゅじんさま、すごーい!」

「ラーゼルにしては凄いな」


 セージの料理屋で食べていたはずのモニカがいつの間にかやって来た。

 たぶん、店の物を食いつくす勢いで食いまくっていたので他のお客さんの食材が無くなるので追い出されたんだろう。

 満腹じゃないのが表情からなんとなくわかる。


「これからが本番だ!」


 俺は気合を入れて慎重に畑を取り出す。

 そして元にあった場所へ戻す。

 そして置く。

 そっといたつもりなんだけど『ずん!』と結構な地響き。

 麦は大丈夫か?


「大丈夫です! 麦の根は折れてないし、地割れもないです」

「おおー! これなら畑も移設できますね」


 マイオールは信じられないものを見たという目で大喜びだ。

 引き続き、農具小屋の取り込み。

 もちろん地面ごとだ。

 畑と違い少し厚めに地面を切りだしての取り込み取り出し。

 そして結果は……大成功だ。

 小屋の中の地面に置かれたものが転がらずに元の位置のままにあった。


「おし! 移設完了だ!」

「すごいです! ラーゼルさん!」

「ラーゼル、お前なかなかだな」

「ごしゅじんさまは優秀なので当然なのです」


 普段はあまり褒めないモニカに褒められた。

 これで畑の移設も目途がついて今すぐにでも移住できることになった。


「では、明日にでも移住します!」


 住民のアルティヌス領への移住が始まった。


 実はこの住居取り込みは、かなり難易度の高い技であった。

 王国付きの収納師であっても取り込めるのは分厚いコンクリートの基礎の上に建てられた家か、鉄筋で作られた取り込み対応の自立式の『野戦病棟』や『野戦指令所』だけであったのだ。

 理論的には可能といわれていたが誰一人と成功したことのない机上の空論だったのである。

 俺が既に国のトップレベルの収納師となっていたのに気が付くのはかなり後のことであった。

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