後の領主、住宅建設を始める

 俺は仮設住宅の建設依頼でラネットさんに紹介されたクローブの大工工房を訪れる。

 メイミーがついてきて、まるでデートをしてるかのように嬉しそうに俺に腕を絡ませてくる。


「今日は久しぶりにごしゅじんさまと二人だけでお出かけなのです」


 デートじゃなくて仕事ですまん。

 仕事だけで終わらせるのはちょっとかわいそうだから後で町に唯一の宿屋兼料理屋でなにか食べるかな。

 大工工房では髭ぼうぼうのダイゴン工房長が忙しそうに工具をかき集めていた。


「仮設住宅の建設? 見て貰えばわかると思うがドラゴンに壊された家の修理だけで手一杯で他には手が回らねーよ」

「もうすぐ移民が来るのでなんとかなりませんか?」

「移民が来るって何人ぐらいなんだ?」

「町と村合わせて1000人弱ぐらいで……300軒ぐらいです」

「さ、300軒だと?」


 持っていた工具をバラバラと落とすダイゴン工房長。

 落とした大金槌が足を直撃し、ガチ泣きしながら床を転げまわってる。


「300軒の家なんて俺たちだけで建てるのは無理だろ」

「そこをなんとか! お願いします!」

「なんとかといわれてもなー。家を建てるのは無理だけど、急ぎなら仮設のテントで済ませるか家の移設なんて手もあるぞ」

「家の移設?ですか?」

「あまり聞いたことが無いと思うが家をそのまま持ってくるって手段もあるんだ」


 移設か。

 移設となると長距離の運搬が必須。

 町内の引っ越しじゃないんだから、ものすごい面倒なことにならないか?

 クローブへの整備されてないデコボコな街道を使って家を持ってくるとなると、家をそのまま運ぶわけにもいかず分解して運ぶことになるだろう。

 そうなると分解と組み立ての手間が発生して、新たに建築した方が間違いなく楽になると思う。


「移設となると新しく建築するよりもかえって手間になりませんか?」

「必ずしも大変だと言い切れないぞ。ただし楽に移設するのには厳しい条件が付くのであまり現実的じゃないな」

「条件ですか?」

「アイテムボックススキル持ちがいれば楽に移設できるんだ。ただし家を入れられるぐらいのかなり大きな容量のアイテムボックス持ちに限る。そんなアイテムボックス持ちを見つけられれば家を分解せずに丸ごと収納して持ってこられるぞ」


 その手があったのか。

 アイテムボックスを使えば移民の人たちが村を離れクローブに到着する間に家を移設できるな。

 なにしろこっちには大容量アイテムボックス持ちの俺と、超高速な移動手段のドラゴンの翼があるんだ。

 移民の人たちが数日掛けて馬車で移動している間にドラゴンなら何往復もできる。

 おまけに家は元の家のままなので狭いだとか粗末だとかの苦情も出ない。

 いいことくめじゃないか。


「現実的にはそんな巨大なアイテムボックス持ちは国に囲われて建設省で働いているだろうから出会えることもない絵空事だけどな」


 目の前にそのレアな大容量アイテムボックス持ちがいるんだぜ。

 アイテムボックスの大きさなら自信がある。

 ヒドラどころか貯水池の毒水を丸々収納できたぐらいだ。

 家の取り込みなんて余裕だぜ。

 メイミーも気が付いたようだ。


「ごしゅじんさまなら余裕ですね」

「おうよ」


 それを聞いたダイゴン工房長が疑いの眼差しで俺を見る。


「なんだい、このさえない兄ちゃんが巨大なアイテムボックス持ちなのか?」


 ちょっ!

 これでも、この領地の次期領主になるんだから『さえない兄ちゃん』呼ばわりはやめてくれ。


「貯水池の水を丸々取り込めることが出来るごしゅじんさまのことをバカにするのはゆるしません!」


 顔を真っ赤にしスティックで殴りかかろうとするメイミーを必死に止めた。

 ダイゴン工房長もメイミーに怒られて平謝りだ。


「すまんすまん。なんなら、そこの作業場の倉庫を収納してみな。それが出来たら家の移設なんて余裕だろうよ」


 ふふふ。

 よかろう。

 目の前で作業場の倉庫を取り込んで、座りしょんべんを漏らすぐらい驚かしてやろう。

 俺はアイテムボックスに倉庫を収納する。

 全力で力を込める。


「どりゃー!」


 ビリビリと壁を揺らす倉庫。


「おっ! 兄ちゃんいけるか?」


 でも、それだけ。

 壁が揺れるだけでアイテムボックスの中に倉庫が入らない。


「あれ、おかしいな?」


 あれだけ大口叩いたのに収納できないとはとんだ大ぼら吹きじゃないか。

 どうなってるんだよ?


「ごしゅじんさま、アイテムボックスの中に物を詰め過ぎなのが原因なんじゃないでしょうか?」


 確かにそうかもしれない。

 巨大な貯水池の大量の毒水を入れたままじゃ倉庫が入るスペースもないんだろうな。


 *


 早速ヒドラの毒水を捨てに行くことにした。

 たぶん海にでも捨てればいいと思うんだけど、勝手に捨てると怒られるので捨てていい場所の許可を取りにモニカの翼に乗り王都の役所に向かった。

 事前の根回し、これこそができる大人のマナーでありスキルだ。

 役所では担当を散々たらい回しにされた挙句、漁師から苦情が出るとのことで海上投棄を思いっきり断られた。

 神経質そうでオネエが少し入ってる担当のおっさんが目を吊り上げる。


「そんなものを海に捨てて、魚がプカプカ浮いてきたら誰が責任を取るんですか! 許可を与えた私に責任が降りかかって、出世街道を外れてしまう事態になったらあなたが責任取ってくれるんですか?」


 仕方ないなとモニカ。

 モニカはかなり無茶な代案を出し役人を煽る。


「ラーゼル、この役所の前の下水溝に流して帰ろうぜ。下水溝なら魚も棲んでいないし誰も文句を言わないはずだ」

「ちょっと、そこの女の子! なにとんでもないことを言ってるんですか! そんなことをしたら王都に出入り禁止にしますからね!」


 捨てるなと言われてもこっちも困る。

 俺は再び役人にお願いをする。


「でも、これを持ち続けるわけにもいかないので……なんとかなりませんか?」

「無理!」


 全く聞く耳持たない感じ。

 こりゃまともに頼んでも絶対に許可をくれないな。

 しかたない。

 俺は演技をすることにした。

 くさい演技だが気にしたら負けだ。


「も、漏れそう!」


 おしっこが漏れそうな感じで足をバタバタさせる。

 あまりに必死な演技を見て、役人が慌て始める。


「なにが漏れるんです?」

「毒水ですよ。魔力が切れてアイテムボックスの中身をこの辺りにぶち撒けそうです」

「わー、わー、わー! こんなとこで漏らさないで! 錬金術ギルドに行けば処理してくれるはずだから、漏れる前に相談してきなさい!」


 *


 たらい回しの末に錬金術ギルドにやって来た俺たち。

 錬金術ギルドではすでに役所から連絡が入っていたのか快く毒水の処理を受け付けてくれた。

 ギルドの受付嬢が笑顔で対応してくれた。


「ヒドラの毒ですか? 大歓迎ですよ」


 大歓迎なのか?

 毒水だぞ?

 なにかと間違えてない?


「ヒドラの毒はちゃんと処理をすれば、殺菌剤や殺虫剤、そして保存料や消毒薬にもなるんですよ」


 ほう、それはいいことを聞いた。

 受付嬢は部屋の奥からバケツを抱えてきた。


「じゃあ、ここに入れてください」


『ちょろろろ』


 用意したバケツに毒水を注ぎこむ。

 受付嬢はなにかの魔道具を使い、毒水を検査した。


「ほほー、これはかなり純度の高い毒ですね。また手に入れたら持ってきてください。高額で買い取りますよ」


 かなり薄まった状態で純度が高いって原液はどんだけ猛毒なんだよ。

 それにしても買い取り価格が高い。

 バケツ一杯で銀貨1枚1000ゴルダ。

 なかなかいい稼ぎだ。


「じゃあ、残りも買い取ってくれませんか?」

「まだあるんですか?」

「ええ、まだまだ大量に」

「じゃあ、バケツをもっと用意してこないとね」

「いや、バケツじゃ済まない量なんです」

「どのぐらいの量を持ってますか?」

「直径100メトルの貯水池満タンぐらい……」

「えっ?」

「ダメですか?」

「ダメじゃないけど、その量だと新たな工房がないと処理できないです。ただ工房を作るような土地はこの辺りにないですからね……」


 要するにあまりに量が多くて買い取り拒否された。

 この毒水をどうにかしないと住宅の移設が出来ないんだけど……。


「ラーゼル、土地なら屋敷の周りに余りまくってるんだから、そこにでも建てればいいんじゃないか?」


 おう、ナイスアイデア。


「土地ならうちの領地に腐るほどありますよ」

「本当ですか? それならば、ギルド長を呼んで錬金術ギルドの新工房と支部設営の話を詰めましょう!」


 ということで、錬金工房の誘致話がまとまったのであった。

 ちなみに毒水は『ミリモ』という娘を連れて旅をしている『ポータ』という冒険者がアイテムボックスの中に預かってくれることになった。

 冒険者に相談すると、快く毒水を預かってくれた。


「これぐらいだったら全然余裕ですね」

「お父さんはすごいのです」


 世の中の冒険者の中にはバルトさん並みのすごい人がいるんだな。

 俺は井の中の蛙であったことを思い知った。

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