後の領主、嫁がエサやりをする
「このお姉さんはヒドラなんだろ? お前が食べようとしたのにお姉さんになって戻ってくるとは……。どうなってるんだよ?」
「こんなことになるハズじゃなかったんだ」
モニカは今日の昼間にあったヒドラとのことを話し始めた。
*
モニカとビアンカはいつものようにマンイーターの巣に戻ってきた。
セージの町に出掛ける前に柵の中に放り込んでいたオークたちが全部消えていたのでマンイーターが食べてしまったようだ。
「これはお腹を空かせてるな。早くエサをあげないと」
久しぶりに戻ってきたモニカを見て、マンイーターが喜んでいるのかブルブルと地面を揺らしている。
「おー、さびしかったのかー。
「モーちゃん、これ、さびしいんじゃなくてその手に持ってるものに怯えてるんだと思うよ」
「これか? そんなわけないと思うぞ」
ヒドラだった。
モニカはヒドラを地面に放り投げる。
「気絶している振りなのはわかっているんだからな。起きろー!」
そしてヒドラに水をぶっ掛けた。
冷たさで意識を取り戻し飛び起きるヒドラ。
あたりを見て言葉を失った。
『えっ? さっきまで池のほとりに居たのに、ここはどこっす?』
「ここはマンイーターの巣」
『えっえー! なんでこんなとこに居るんす?』
「私が連れてきた。お前をマンイーターのエサにするためにな」
『な、なんで私がエサになるんす?』
「そりゃ経験値たっぷりでおいしそうだからに決まっている。さあマンイーターの口の中に入っておいしく食べられて来い。なるべく暴れて経験値を沢山落とすんだぞ」
それを聞いて青ざめるヒドラ。
その顔色はヒドラの毒よりも深く青い。
『嫌っす! 入りたくないっす! エサになりたくないです! 食べられたくないっす! 生まれたばっかりなのに死にたくないっす! お嫁さんになって子どもを産んで幸せな家庭を持ちたいっす!』
こんな喋り方なのに
「あれだけ村の人に迷惑を掛けたんだからエサとなって償うんだ」
こじ開けたマンイーターの口の中にヒドラを放り込もうとするモニカ。
とんでもない力で首根っこを掴まれて逃げるに逃げられない。
『イヤ! イヤ! イヤっす!』
『ズゴゴゴゴ!』
ヒドラもマンイーターも必死に抵抗した。
力ではどうにもならないと悟ったヒドラは泣き落としを始める。
『私、命令されたままにやっただけっす……。生まれたばかりで池と森しか見てないのに死にたくないっす。見逃してくださいっす!』
ボロボロと涙を流すヒドラ。
演技じゃなくマジ泣きだ。
それを見たモニカは……。
「ゆるす!」
「えー? ヒドラを許しちゃうの?」
ビアンカはモニカのぶっ飛んだ言葉に呆れた。
「だって、生まれたばかりなのに、外の世界を見ないで死んじゃうのはかわいそうだろ」
モニカは生まれてすぐに竜の巣に篭もらないといけなかった自分の過去をヒドラの現在に映していた。
ヒドラも必死にビアンカを説得する。
『そうなんす。私はかわいそうな奴なんす』
でもビアンカは泣き落としには応じず冷静に判断する。
ヒドラなんて逃がしたら絶対にラーゼルに怒られるのがわかっていたからだ。
「開拓地になるこの森にヒドラを逃がしたら絶対に大騒ぎになるよ。毒を吐いて畑に作物が育たたなくなったら領地の人たちみんなが迷惑するから」
「それなら大丈夫だ。こいつは逃がさない」
『えっ? どういうことなんす?』
「ゆるす」と言われたのに「逃がさない」と
「こいつは私のシモベにする」
ヒドラを殺さずそして野放しにもしない、いいとこ取りの名案を考えついたとモニカは胸を張り得意げだ。
実際にはドラゴンがヒドラを飼うという名案でもなんでもない妙案なんだけど。
「ヒドラをシモベにするの?」
『私、シモベになるんすか?』
「嫌ならペットでもいいぞ。その場合は屋敷の中には立ち入り禁止で屋敷の外の犬小屋で飼うことになるけど」
『シモベでお願いするっす』
ということでヒドラをシモベにすることになった。
したんだけど……。
ビアンカは再び猛反対だ。
「モーちゃん、こんな大蛇が仲間なのは怖いよ。絶対にラーゼルさんもギルドの職員も冒険者も、こんな大蛇を連れてるモーちゃんを見たらみんなドン引きだよ!」
たしかにそうかもしれない。
モニカはうなずく。
「それも一理あるな……おいヒドラ、人間に化けろ」
『人間に化けろっすか? そんな難しいことは出来ないっす』
「出来ないならエサだな」
『や、やります! やらせて頂くっす!』
色々頑張ったが小さな蛇にしかなれなかった。
小さいといっても体長3メトルぐらいあって十分デカイんだけど。
「こんな大蛇はマズイよ!」
「確かにな……もう少しなんとかしろ」
『そう言われても……一か月ぐらい訓練すれば人間に化けられるようになると思うっす』
「出来るんだったら今すぐ必死に訓練しろ。夜までに人化出来なかったらエサだからな」
「了解っす!」
ヒドラは死ぬ気で人化の訓練をする。
そして日が沈む直前にどうにか人化をマスターした。
やればできるじゃないかと、モニカも納得だ。
「これでどうっす?」
「まあいいかな? 合格だ」
「やったー!」
それに
ビアンカだ。
ビアンカは必死に抗議する。
「ちょっと待ってよ! なんで私にそっくりなのよ! しかも頭一つ分大きくてお姉さんぽいし。これじゃ唯でさえ薄い私の存在感がさらに薄くなるよ!」
「人間の見本がビアンカしかいなかったのでどうしても似ちゃったっす。あと元々大蛇なのでこれ以上小さくなれなかったっす」
「却下! モーちゃんエサにして!」
「ええー! 頑張ったのにそりゃないっすよ」
*
エサにするのはかわいそうということでサテラの街で綺麗な女の人を見つけ、その女の人を参考に化けることとなった。
モニカは光り輝く雷魔法の電飾で彩られたお店を見つける。
中には綺麗な女の人が何人もいて通りを行きかう人を手招きする。
「ここの店には綺麗な女の人がいっぱい居そうだな」
「そうだね。ちょっとエッチな格好をしている女の人が多いのが気になるんだけど、大丈夫?」
「大丈夫だ。エッチな女の人を嫌いな男はいないはず。うまく化けられればラーゼルも気に入ってお嫁さんにしてくれるかもしれないぞ」
「お嫁さんになれるっすか? えへへ、ちょっと楽しみっす」
「ラーゼルの嫁になれたらエサにしないと約束してやろう」
「頑張るっす」
ということで店の中に入るモニカたち。
見た目がちっちゃいモニカがやって来たので子どもが迷い込んできたと慌てて店員が立ちはだかる。
「エッチな女の人を見せてくれ」
「あら、お嬢ちゃん。ここは『夜のパピヨン』という大人の男の人しか入れない店なのよ。よいこはこんな店に来ちゃだめよ」
「お嬢ちゃんじゃない。これでも結婚してるんだぞ」
ちらりと受付の奥に置いてある『審判の宝珠』を見る。
これは真実なら青、嘘なら赤に変わる魔道具だ。
審判の宝珠は青く光っている。
どう見ても子どもにしか見えないのに結婚しているらしい。
外国にはドワーフという背の低い種族がいるが、それなのかもしれないと納得するお姉さん。
ドワーフどころかドラゴンなのは内緒だ。
「これは失礼致しました。でも、ちゃんとお金を持っています? エッチなお姉さんは結構高いのよ」
モニカは自信満々に答える。
「大丈夫だ。お金は旦那が払う」
ビアンカはその考えを必死に押しとどめる。
「ダメだよ、モーちゃん。ラーゼルさんはベランさんの借金を背負って今は貧乏なんだからね。お金なんて払ってくれないよ」
ビアンカの話を聞いた店員は笑顔になる。
この女の子がラーゼルの関係者だと気が付いたからだ。
「もしや、大金持ちのラーゼル様のお知り合いで?」
「大金持ちかどうかは知らないが、さっきから旦那といっているのがラーゼルだ」
再び審判の宝珠に目をやる店員。
宝珠の色は青。
真実だった。
「こ、これは失礼しました。早速奥の部屋に!」
ラーゼルはメイミーをあり得ない金額で買ったことで、夜のパピヨンの顧客リストの最上位ランクの上客として記録されていたのだった。
再上位ランクの上客の嫁ということで、その対応も凄い。
連れてこられた女の人はどれも綺麗な人ばかりで30人ほど。
普段の接客では4人か5人がいいところなので歓迎っぷりが半端じゃないのがわかると思う。
誰もがラーゼルに買われることを望んでいた。
揉み手をした店員がモニカに話しかける。
「どの
「うーん、どうしよ? これだけ綺麗なお姉さんがいると、どれがいいのかわからないな」
「おすすめはこの子です。とっても綺麗でしょ?」
「確かに綺麗だな」
とってもおっぱいの大きいエッチいお姉さんだ。
「大抵の殿方はこのスタイルを見たら大喜びです」
「じゃあこの子を見せてくれ」
モニカのいう見せてくれは本当に見るだけで買うつもりは一切ない。
第一、この店が女の子のサビアを買う店なんて知りもしなかったのである。
店員は他の女の子たちを退出させる。
選ばれなかった女の子たちは大金持ちの嫁になるチャンスを失って肩を落としていた。
「では、お楽しみを」
店員も部屋を後にする。
そして綺麗なお姉さん一人が残った。
お姉さんは落ち着かず部屋を見回す。
「旦那の新しい嫁にしないといけないんだ。身体をしっかりと見せてくれ」
「あの、ご主人様はどこに?」
「旦那は屋敷かな?」
「お屋敷って本当にお金持ちなんですね」
「まだ領民は少ないけど領主なんだ」
「ご主人様は領主なのですか?」
「そうだぞ」
これは人生最大の逆転チャンスと見たお姉さん。
『なんとしても買われ嫁になる!』そう決意するが、目の前の娘は意味不明なことを言い出した。
「どうだ? 化けられるか?」
「化ける?」
なにを言っているの理解出来ず思わず聞き返してしまったお姉さん。
「こっちの話だ」
普通なら領民の娘を好き放題に抱けるのが領主。
領主が本人自らではなく使いを立ててサビアを買いに来るなんて明らかにおかしい。
しかもその使いは嫁だ。
表には出せない事情を隠しているんじゃないかとお姉さんは心配になる。
「頑張れば化けられそうっす」
「出来なかったらエサだからな」
「エサ?」
「エサ」という、とんでもなく危険な単語を聞いて青ざめるお姉さん。
顔から血の気が失せて、足もガクブルだ。
「エ、エサっていったいなんなんです?」
「マンイーターのエサだよ。人食いマンイーターって言われてたかな?」
「ヒッ!」
サビアを買う者の中にはひどい扱いをする者もいる。
盗みなどの犯罪を犯した犯罪サビアに暴力を与えたり、切り殺したり、モンスターや猛獣のエサにするものもいると聞く。
当然、犯罪サビアや性的サビアに酷い行為をするのは禁止ではあったが、サビアへの犯罪行為は貴族の屋敷という閉鎖空間では証拠を捏造し放題で罪なき者も多くの命を失っている。
それを知っていたお姉さんは絶望し、気を失って床に倒れこんだ。
「モーちゃんが余計なことをいうからお姉さん気絶しちゃったよ?」
「気絶して動かない方が色々と調べられて好都合だ」
モニカとヒドラはお姉さんの隅々まで調べ始めた。
そして30分ほどで人化が完成した。
「こんな感じでどうっす?」
「すごーい!」
「完璧だな」
そこには床で気絶しているお姉さんとそっくりなヒドラが立っていた。
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