後の領主、再び冒険者を始める
サテラの街に再び戻って来た俺たち。
サテラか……。
なにもかもが懐かしい。
離れていた期間はそれほど長くないはずなのに久しぶりに故郷に戻って来た気がするのはなんでなんだろう?
まあ、そんなことを口にするとモニカにジジイ扱いされるので言わないけど。
*
冒険者ギルドに入ると依頼を受けようとする冒険者たちが俺を見て騒ぎ始めた。
ドラゴンを追い払った英雄の帰還だもんな。
騒ぎたくなる気もわかるよ。
うんうん。
「おい! 『初心者ラーゼル』が戻って来たぞ!」
ちょい待て!
なんだよ、その二つ名は!
『初心者育成請負人 ラーゼル』ならわかるが、なんでそこまで短くする。
まるで俺が万年初心者みたいじゃないか。
ざわめきはそれだけじゃない。
「なんだと! 初心者が生きてやがった!」
「今日の夕方で賭けの〆なのになんでいまさら戻って来やがる!」
俺の生死で賭けをしてたのかよ!
とんでもない奴らだ。
「よし! 胴元が『初心者』が帰って来たのに気付く前に街の外に埋めるぞ!」
よからぬ相談をしている奴らまでいるし!
そんな奴らをすごい勢いで弾き飛ばしながらやって来た女の子がいた。
受付嬢のコットンさんだ。
「戻って来てくれたんですか!」
「ああ、戻って来たぞ」
と、俺に話しかけてきたと思ったら、思いっきりスルーしてラネットさんのところに。
勘違いでコットンさんに返事をしてしまった。
めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか!
「せ、先輩ー!」
うっくうっくと泣きながらラネットさんに抱き着く。
「ラネット先輩、やっと戻ってきてくれたんですね!」
コットンさんは
「結婚報告で休暇を取って実家に帰っただけのはずなのに、休暇期間が終わっても戻ってこないし! 聞いたら休暇の延長申請まで出してるってギルド長が言ってるし! その延長申請の期間が過ぎても戻ってこないから聞いてみたら休業届を出してるし! 私寂しくて心細くて……」
なにも言わずに『よしよし』と頭を撫でるラネットさん。
すぐに泣くのを止めた。
コットンさんが落ち着いたのを見計らってラネットさんが優しく声を掛ける。
「元気が無いけど、どうしたの?」
「冒険者の人たちが私を避けているんです……」
冒険者に避けられている?
コットンさんは人気の受付嬢だったはずなのに、どうしたんだ?
「先輩、また私と一緒に仕事をしてくれませんか?」
「わかった。ギルド長と話して復帰できるか相談してくる」
ラネットさんは俺だけに聞こえる声で話す。
「ごめん。なにか事情がありそうなので、しばらくコットンの様子を見ておくね」
「よろしくお願いします」
「ラーゼルさんは冒険者がなんでコットンを避けているのか聞き込みをしてくれませんか?」
「わかりました」
ということで、俺は冒険者に聞き込みを始める。
「じゃあ、メイミーとモニカとビアンカは俺と一緒に……あれ? モニカとビアンカは?」
「あそこです」
メイミーが指さした先には毎度の光景が。
「さあ、男なら私とパスタの早食い勝負だ! 参加費5万ゴルダ、勝てたら10倍の50万ゴルダやるぞ!」
毎度の大食い勝負をやっていた。
モニカは冒険者ギルドをタダ飯を食えてお金を貰える施設と思ってそう。
冒険者たちは賞金50万ゴルダと聞いてモニカの話を食い入るように聞く。
サテラの街まではモニカの悪行は届いてないようだ。
「こんな小さな女の子なら余裕で勝てるだろう!」
「楽勝だな!」
「これは50万ゴルダを実質給付してくれるのと変わらない!」
「給付金でなにを買おうかな?」
なんて声が聞こえてきて冒険者は俺の生死で失った掛け金を取り戻そうとめちゃくちゃ乗り気だ。
ビアンカは必死にモニカを止めていた。
「モーちゃん、止めようよ。また大変なことになるよ……」
ビアンカの言う大変なこととは冒険者にドン引きされて『大食い女王』との二つが付くことだったが、冒険者たちは大変なことの意味を『負けて借金を背負う』と勘違い。
次々に冒険者が参戦した。
それはもう、ランランの灯に吸い寄せられて燃え死ぬ蛾のように。
「掛け金の5万ゴルダだ」
「おい待てよ! 俺の方が先だ!」
「いやいや俺様が先だ!」
それを聞いたモニカ、余裕をもって対応だ。
「面倒だから全員一緒に掛かってこい。私が20皿食う前に、お前らが一人でも私よりも先に10皿食べたらお前ら全員の勝ちだ」
「おおお!」
「なんという太っ腹!」
「これは参加しない理由はない!」
さらに増える参加者。
かわいそうに被害者が30人ほど集まった。
机に並べられた大盛りパスタの皿の山。
かなり壮観だ。
あまりの多さに『こんな量食えるわけがないだろ』と青ざめている参加者もいる。
大盛り上がりのギルド酒場。
酒場の店長が合図をする。
「ようい! 初め!」
中に一人、マッチョな大男がいた。
その名は『グラトニー』。
底なしの食欲を誇るフードを被った
グラトニーは勝ち誇る。
「サテラ一番の大食いのこの俺に勝とうとは10年早いわ! ほれ1皿、もぐもぐ2皿、もぐもぐ3皿完食だ! この速度にお嬢ちゃんはついてこれるか?」
「食ったぞ!」
「まだ一皿か! 遅いな!」
そこで店長がモニカの手を上げる。
「優勝! モニカ!」
あまりの速さに驚きあごが外れるグラトニー。
見ると本当に20皿完食していた。
「じょ、冗談だろ?」
「いや、俺がしっかり見ていたから不正はない」と店長。
「嘘だろ? もう一回勝負だ!」
「いいだろう、納得するまで掛かってこい!」
あれだけ食ったんだからもう食えないだろうと計算する冒険者たち。
続々と参加者が続くがモニカは全員を力づくでねじ伏せた。
この後、グラトニーは10回モニカに挑戦して10回連続で負ける事となった。
「世の中にはこんな化け物がいたのか。もう早食いも大食いはコリゴリだ」
そう言い残し、グラトニーはフードファイターを引退した。
化け物というかドラゴンなんですけどね。
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