後の英雄、ドラゴンに認められる

 ドラゴンは泥沼から引き揚げられた。

 全身ドロドロだ。

 人化しメイミーたちに泥を洗い流してもらっているが、肩をガックリと落として元気がない。

 モニカは心配そうに声を掛ける。


「母上、どうしました?」

「まさか生まれたばかりの子どもに負けるとは……」

「子どもといってもドラゴンは卵の中で意識を持っています。人間でいえば20歳の大人と変わりありません」

「でも私が大人のドラゴンに勝てたのは200歳を超えたあたりだぞ。それが雛ドラゴンに負けるとは……」

「その200年間は巣に籠もっていただけですよね? なにもしていないならば、そんなものだと思います。でも私はラーゼルと修行を積んだのです」

「人間と修行を積んだからって急に強くはならないだろう」

「並の人間ならばな」


 含みを持たせた笑いをするモニカ。


「並の人間じゃない?」

「ああ、ラーゼルは英雄だ」

「えっ? この冴えない男が英雄なのか?」

「ちょっ!」


 冴えないは余計だろ。

 そんなことは自分が一番わかっている。

 いちいち指摘しないでくれ。


「でも、英雄ってもっと恐ろしい感じの覇気を放つ……」

「どの英雄が恐ろしいんですか?」

「ひっ!」

「バ、バルトさん!」


 突然ワイバーンに乗って現れたバルトさん。

 アリエスさんを連れていた。

 うっとりした顔をしてバルトさんに腕を絡めているアリエスさん。

 二人は本当に仲がいいな。

 それにしても、この人はいつも突然現れる。

 バルトさんが突然現れたのにビックリした俺だけど、ドラゴンはもっと驚いていた。

 それはもう、心臓が止まりそうなぐらい跳び上がって……。


「セリカさん、ちゃんとこの町を守ってくれていますか?」


 セリカとはドラゴンの名前らしい。

 どうやら二人は面識があるようだ。

 セリカは椅子に座っていられない程、ガクガクとブルブルと震えている。


「は、はい、もちろんです!」

「その割にはすぐ近くの森にモンスターが溢れかえってるように見えるのですが……」

「すいません! すぐに掃除を致します!」

「それと変な噂を聞いたのですが」

「噂ですか?」

「ドラゴンがクローブの町で暴れまわっていると……気のせいですよね?」

「もちろん気のせいです!」

「ならいいのですがね……もし町で暴れるようなことがあったら見逃した私の責任になりますので……狩りますよ」


 殺意を持った目に見つめられたドラゴンはショック死しそうなぐらい怯えていた。

 ドラゴンはモニカと俺に耳打ちをする。


「なんで英雄がこんな寂れた町に来たんだ?」

「さあ?」


 俺が答えた。


「バルトさんは俺の師匠なんです」

「え、英雄が師匠だと?」


 ドラゴンは何か急用を思い出したようだ。


「それでは、急用を思い立ちましたのでこれで失礼します。あ、ラーゼルさんモニカの事をよろしくお願いします」


 どっぴゅーん!

 あっという間にゴマ粒大になるぐらいの速度で逃げ帰った。


「あのドラゴンはこのモニカの母親なんですよ」

「ほう、セリカさんの卵が孵ったんですね。私はバルトと言います。以後お見知りおきを」

「私はモニカだ。ドラゴンの娘でありラーゼルの嫁だ」

「かわいいお嫁さんですね」

「かわいいだと?」


 モニカは可愛いと言われて頬を赤らめモジモジしていた。


「それにしてもラーゼル君もお盛んですな。ラネットさんに、メイミーさん、そしてモニカさんもお嫁さんですか」

「あ、私もラーゼルさんのお嫁さんです」


 ビアンカだった。


「私はなんの取り柄もない一般人の娘です」

「ほほほ、あなたもかわいらしいですね」

「よかったな、ビアンカ! お前もかわいらしいと言われたぞ」

「はい、嬉しいです」


 それになぜか対抗心を燃やすメイミー。


「私はかわいくないです?」

「もちろんメイミーさんも甲乙付け難いぐらいかわいいですよ」

「えへへ、ごしゅじんさまのお師匠様にかわいいといわれました」


 満足したメイミーは俺の腕にぎゅっと抱き着いてきた。

 それにしてもなんでバルトさんがこんな寂れた村に来たんだろう?

 ドラゴンの討伐依頼でも出たのかな?


「師匠、なんでクローブの町に来られたんですか?

「領主のアレンさんに謝らないといけないことがありまして……」


 俺たちはバルトさんと屋敷へと向かった。


 *


 屋敷の入り口ではアレンさんとボダニカルさんが待っていた。


「これはこれはバルト様、こんななにもない町にわざわざご足労頂きありがとうございます。呼び付けて頂ければこちらから大急ぎで向かいましたのに」

「いえ、旅行の帰路の途中に顔を出しただけですので。それに謝らないといけないことがありまして」


 バルトさんは深く頭を下げた。


「ラネットさんとのお見合いの件、ご辞退させて下さい」


 以前、アレンさんからラネットさんを有力貴族に輿入れするという話を聞いたんだけど、あれってバルトさんの事だったのか。

 偶然とはすごいな。

 それを聞いたアレンさん。

 平謝りだ。


「こちらこそ申し訳ございません。こちらからお見合いを申し込んでおきながら、娘が別の男と婚約してしまい……本当にすいませんでした」

「婚約者はラーゼル君ですよね?」

「お知り合いなのですか?」

「知り合いというか……私の弟子です」

「ひゃっはー!」


 あまりに驚いたのかアレンさんから変な声が出ていた。

 俺も驚いたんだけど……ここまで偶然が重なるともはや偶然とは思えず。

 全てはバルトさんの掌の上で転がされていたんじゃないだろうか?

 そんなことを考えてしまうぐらい、偶然が積み重なっていた。

 バルトさんはアリエスさんをアレンさんに紹介する。


「私の妻のアリエスです。よろしくお願いします」

「アリエスです。バルトの妻となりました。よろしくお願いします」

「これはこれは、ご結婚おめでとうございます」

「では、新婚旅行のお土産ということで……ラネットさんお願いします」


 ラネットさんは屋敷の玄関前に行くとアイテムボックスから真っ赤に光る巨大な宝石を取り出した。

 いや、これは宝石じゃない。

 魔石だ。

 幅3メトル、高さ2メトルもある。

 それにしてもこんな巨大な魔石を見たことない。

 こんな魔石を取れるのは魔獣しかなく……まさか!


「これはゴルテックスボアの魔石です」


 確か新婚旅行に出かける前にバルトさんは依頼を受けていた。

 巨大な魔獣のゴルテックスボアの依頼を。

 確か新婚旅行の代わりに記念に魔獣を狩ると言っていた。

 その結果がこの巨大な魔石か。

 バルトさんは俺たちがこうなることを見越して魔獣を討伐したんだな。

 それにしても、こんな魔石を持ってるなんて、どんだけ巨大な魔獣だったんだよ。


「これを加工して……」


 バルトさんは錬金台も出さずに錬金を始めた。

 錬金設備は簡単な錬金には必要ありませんと笑う。

 こんな巨大な魔石を使った錬金が簡単なわけないだろ!と思わず突っ込みたくなる。

 バルトさんが魔力を込めると魔石が光り輝く。

 そしてまぶしいぐらいの白い光を放つ虹色の宝石に変わった。


「こ、これは?」

「精霊石です」


 精霊石。

 それは魔物を寄せ付けなくする聖なる光を放つ聖石。

 大きさにより色々なクラスがあるがこのサイズは最大級のエンパイア級に次ぐポリス級。

 半径50キロルの範囲に魔物を寄せ付けなくする。


「この領地も魔物がいなくなれば広大な開拓地を持てることでしょう。一躍有力大貴族となれること間違いなしです。あとラーゼル君、以前ギルドでお話しした打ち合わせの件忘れないように。師匠として話したいことがありますので。では失礼します」


 バルトさんはとんでもない置き土産を残して去っていった。

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