後の英雄、依頼書の秘密を知る
「君は辺境伯というものを知っているか?」
ラネットさんの父親アレンさんは辺境伯とはなにかと質問してきた。
辺境伯なら知っている。
主に国境で敵の侵入を阻むために作られた砦。
それが元になった領地だ。
敵とは他国の者であったり魔物であったりする。
隣接するのが他国であるのならば国同士の関係がこじれなければ戦争にもならず至って平和。
普通の領地と変わらない。
むしろ隣国と通商をすることにより国は豊かに潤う。
問題は隣接する、いや領地そのものが凶悪な魔物の住む森『魔の森』であった辺境伯の場合である。
非常に強い魔物が巣食う魔の森。
魔物を追い払うには大規模な戦力が必要だが、国の援助が無ければそんな戦力を集められるわけもない。
辺境伯が用意できる戦力では魔物の侵入を防ぎ現状維持をするのがやっと。
領地を広げられるわけもなく、防衛力が劣れば魔物の群れに領地を制圧されてしまう。
実際辺境領が魔物に襲われて消えたなんていう話もちらほら聞く。
魔の森の開墾など出来るわけもなく、大抵は猫の額程度の平地で細々と農耕をし常に貧困に喘ぐことになる。
この領地、アルティヌス辺境伯領は魔の森へ隣接する辺境領なのである。
「国境付近の治安を守るために開かれた領地を管轄する貴族ですね」
自分の望む答えが聞けたのか満足気にうんうんと頷くアレンさん。
「そこまで知っているのなら話は早いな」
アレンさんは机の上に地図を広げる。
「実はこのアルティヌス辺境伯領は魔物の棲まう『スターカー・ワルド』を領地とし、魔物の侵攻を防ぐために作られた砦なのだ」
地図を見ると広大な魔物の森に隣接している領地である。
三方を魔の森に覆われていた。
いや、この町が魔の森に飲み込まれているといった方が正しいかもしれない。
元々は耕地が町の外にあったそうなんだけど、魔物に圧されて気が付いたら魔の森に飲み込まれていたそうだ。
「魔物を食い止める防波堤みたいな領地なんですね」
「正確に言うと、この森も我が領地なんだ」
地図を見ると広大な土地が辺り一面に広がっている。
まるで緑色をした海のようだ。
これが領地って……。
サテラからクレソンぐらいの距離まで?
とんでもなく広大な領地である。
そんな森から魔物の侵攻を防ぐために作られた砦。
魔物を追い返すための軍団。
それがアルティヌス辺境伯領。
思いっきり魔物警備兵ということだな。
でも砦という割には森から魔物の侵入を防ぐ壁もないし、兵士も住民も少ない気がする。
「それに気づいたか。ぶっちゃけて言ってしまうと金がないんだ」
辺境伯領はすべて独立採算制。
国からの補助は一切出ないとのこと。
税金が免除されるという恩恵があるが、領地からの収益で開拓と防衛をしないといけない。
実際、先代の生きていた頃はそれでも上手くいっていた。
先代領主を慕う側近により戦闘集団が維持できていたそうだ。
「武闘派で名の知れた父上なら魔物と戦ってガンガン領地を広げられた。でも剣もろくに扱えない僕にそんなことが出来るわけがない!」
領主は今にも泣きそうな顔になる。
いや、泣いてねぇ?
いい歳してかっこ悪すぎる。
自分の呼び名も『僕』と変わり威厳もへったくれも無くなってる。
半泣きのアレンさんは心の中をぶっちゃけ始めた。
「魔の森には熊より強い魔物が棲んでいるんだし! 生き延びるのがやっとなぐらいだよ」
まあ、魔物って言ったら強いからな。
魔の森に棲んでいる雑魚の『フォレスト・クローラー』はケーブ・クローラよりも強い。
今でこそ俺にとったら雑魚だけど、レベル30にも届かない一般冒険者じゃ歯が立たないぐらいの強敵だ。
「剣の才能のない僕には魔物を倒すなんて無理だから娘のラネットにすべてを託そうとしたんだけど、レベル30半ばで上限が来るしね」
他力本願であまりにも情けない父親の姿に頭を抱えるラネットさん。
やりきれない気分が身体全体からにじみ出ている。
俺も同じ気分。
メイミーもモニカも同じ気分だろう。
「身内の恥をさらすようなことで情けないんだが、話はもう少し続くんだ。父上の話をもう少し聞いてやってくれ」
ラネットさんがガックリと肩を落とす。
「そこで娘を有力貴族に輿入れしてこの領地を継いでもらおうとしたら、魔の森に隣接している領地など維持費が掛かり過ぎるから金を貰っても要らないと言われるわ、女騎士でもない娘は嫁としてふさわしくないとまで言われるし。なんでも武闘派貴族の結婚相手は女騎士一択で、弱い娘から産まれた子どもは弱いことが多いので結婚相手として避けられるそうなんだ……。もう万策尽きたよ!」
「私も騎士になるのをあきらめギルド職員として生きる道を選んだんだから、その話は忘れてほしい」
なるほどね。
今まで聞かされてなかったけど、ラネットさんにはそんな過去があったのか。
「そうしたら娘が婚約したと帰って来たんだよ。しかも婚約者にレベル上限を上げてもらったと言ってね。もう信じられなかったよね」
「この糞親父は私のことを祝ってくれると思ったら、とんでもないことを計画したんだよ」
得意げな顔をするアレンさん。
無言だけど『聞きたい? ねぇ? 聞きたい?』と言っているのが顔から見える。
「ラネットのレベル上限が上がったなら女騎士になるのも夢じゃない。有力貴族に輿入れする話が復活するよね? そこで思ったんだよ。婚約者を亡き者にすればすべて丸く収まるんじゃない?と」
「ちょい待て! 怖いこと言うなよ!」
ラネットさんを女騎士にして貴族に輿入れするから、不要になった俺は処分されちゃうの?
マジかよ?
そんなことで死にたくねぇ!
「このバカ父はそんなことを考え、作戦を実行したんだ」
怒りが再び湧き上がってきたラネットさんにバッチバチに殴られまくるアレンさん。
マジ泣きしている。
貴族のプライドとかどこに消えた?
情けなさ過ぎてもらい涙が出る。
「このバカ父は自分ではラーゼルを倒せないと悟って、モンスターを使って倒すことを計画したんですよ」
「それでドラゴンを呼び寄せたんですか?」
「このバカ親にそんなことが出来る実力があるわけがない。冒険者が拾ってきたドラゴンの卵を買ったんだよ」
「ドラゴンだって
ドラゴンが懐くわけないだろ。
力がすべてのドラゴンは自分よりも弱いものには絶対に懐かない習性をもっている。
それがたとえ雛であってもだ。
それを知らずに卵を手に入れるとはアホ過ぎる。
「そのドラゴンの卵は?」
「既に
本当のバカだ……。
ラネットさんがため息をついた。
「しかもドラゴンの親が現れて子どもを奪還すべく街で大暴れ。住民はクレソンの街に避難させてある」
頭を抱えたラネットさん。
もう俺もなにも言う気が起こらない。
「ドラゴンを追い返そうと斬りかかったんだけど、蹴り飛ばされてこのザマです。せめて家宝のビキニアーマーがあれば蹴りの一発や二発ぐらいは耐えられたんですけどね……」
ビキニアーマーはラネットさんとの試合で俺が壊しちゃったんだよな?って、あれ家宝だったの?
そんな大切なものを俺は壊しちゃったのかよ。
やべーな、おい。
弁償しろとか言われないかな?
「で、僕は依頼を出したんだ。娘の名前を
アレンさんが出した依頼だったのか。
どうりで滅茶苦茶な依頼だった。
ちなみに報酬が安かったのはお金がなかったからだそうな。
依頼書の謎が解けたけど、あまりにもバカらしい結末だった。
ラネットさんに再びボコボコにされたアレンさん。
今回はモニカも加わっていた。
ひどい大怪我になったけど、ポーションはもったいないからあげない。
ラネットさんは俺に頭を下げる。
「我が家の恥のような事件に巻き込んで済まないんだが、ドラゴンを追い返すのを手伝ってもらえないだろうか?」
倒すんじゃなく追い返すだけならば俺たちでもどうにかなるかもしれない。
罠とかうまく設置すれば捕獲することもできるし。
俺はラネットさんに力を貸すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます