後の英雄、帰路に就く

 翌朝、俺は欲求不満だった。

 なんでかって?

 そりゃ俺のベッドにモニカが潜り込んできたものだからメイミーと仲良くできなかったせいだ。

 モニカには俺たちとは別の部屋を取ってやったんだけど『逃げられる』と察して俺の部屋に強引に乗り込んできた。

 女の子を一人宿に置いてきぼりにするなんて、俺はそんな酷いことことする鬼畜野郎ではない。

 …………。

 ごめん、置いて行く気満々でした。

 モニカを置いて行くつもりだったのは認める。

 だってすごく面倒そうだもん。

 絶対にあいつはトラブル起こすよ。

 でもなー、これがきっかけで二人も嫁が増えることになるなんて……。


 *


 復路の街道警備依頼を受けに冒険者ギルドに向かう。

 右腕にはメイミー、左腕にはモニカ。

 両手に華のまるでハーレム王だ。

 メイミーはうっとりした表情で俺の腕にもたれかかり、モニカは俺に逃げられないようにギッチギチに腕を絡めて抱きついてくる。

 痛てぇしマジうぜぇ!


「モニカ! そんなに必死に抱きついてきたら腕が痛いだろ!」

「だって離したら秒で逃げそうだし」


 ジト目で見ながら口を尖らせるモニカ。

 俺のことを信用してないらしい。


「それに、また迷子になったら嫌だから」


 仕方ないので手を握っといてやる。

 めちゃくちゃ力を込めて逃げられないように握ってくるので手が痛いけど腕よりはマシだ。

 俺は子どもが迷子にならないように手を握り続ける保護者かよ!

 モニカと手を繋いでいるとメイミーがうらやましそうにしている。

 遠慮気味にポツリといった。


「ごしゅじんさま、私も手を繋ぎたいです」

「おおう」


 俺の手をメイミーの手が覆った。

 ふんわりとそしてあたたかいお手て。

 メイミーは手までかわいい。

 女の子はこうじゃないとね。

 癒されるよ。


 *


 ギルドに入るとすぐに声を掛けられた。

 どこかで聞いた声。


「探したわよ!」


 ローライズの迷宮で出会ったルナータだ。


「俺を?」


 もしかしてエーテルのお礼?

 でも違った。


「あんたになんて用はないから」


 そういってモニカの手を俺から奪う。


「もう! 突然いなくなってどうしたのよ? あちこち探したじゃない!」


 モニカは視線を泳がす……。

 そして俺の手をぎゅっと握ってきた。


「こんな人知らない」

「なっ!」


 ルナータは俺を睨む。

 

「あんた、私の親友のビアンカになにしたのよ!」

「ビアンカって誰だよ?」

「あんたが手を握って離さない子よ!」


 えっ?

 ビアンカ?って名前なの?


「モニカだよな?」


 ぶんぶんとうなずきまくるモニカ。

 

「こいつはモニカだぞ」

「モニカです」

「なに言ってるのよ! 帽子を被って変装してるけどビアンカなのは間違いないわ! あんた私の親友にいったいなにしてくれたのよ!」

「なにってなんだよ?」

「なにって言ったらエッチなことよ! メイミーだけじゃなく私のビアンカにまで手を出すって……このエロエロ魔人が!」

 

 いやいやいや、そんなことはしてないし。

 むしろ、メイミーと仲良くなるのを妨害されたわけで。


「むしろこっちがされてる方なんですけど」

「されてるって! なにをされてるのよ!」


 手を握られてるだけなんですけど。

 しつこいぐらい……。

 俺の言葉を聞いたルナータは顔を真っ赤にして怒り出した。


「男はすぐに『自分からはしてない』とエッチなことをした言い訳するのよね!」


 モニカを俺から強引に引き離そうとするルナータ。

 モニカも必死に抵抗する。


「やめてください!」

「早くそんな奴から逃げなさいよ」

「本当にあなたのことなんて知らないんです!」


 モニカが振りほどくとルナータは突き飛ばされる。

 朝から酒場で酒盛りをしている冒険者たちの机に叩きつけられた。

 ビールやらつまみが吹き飛んでしっちゃかめっちゃかだ。

 こいつ結構力あるな。

 ルナータは舌を噛んだのか口から一筋の血が流れている。

 モニカに懇願するような目で見つめながらルナータは言葉を振り絞った。


「あんなに愛し合ったビアンカを忘れるわけがないじゃない!」


 もしかして、ルナータとモニカって女同士の関係だったりしたの?

 ルナータがモニカに捨てられて怒り狂ってるのか……なるほどな。

 モニカは見せつけるようにとんでもない事を俺にした。


「私とラーゼルさんは好きあってるんです! 邪魔しないでください!」

 

 モニカは俺の両頬を持つと、キスをしてきた。

 えっ?

 キス?

 俺ってモニカにそこまで好かれてたの?

 驚きのあまり息をするのを忘れて危うく窒息死するとこだった。

 驚いたのは俺だけじゃない。

 ルナータも目を白黒させるほど驚いていた。


「そんな……」


 俺とモニカのキスを見たルナータはへなへなと床に崩れ落ちた。


 *


 女同士のちょっとしたいざこざがあったけどすぐに収まった。

 復路の受注票をギルドの受付嬢に渡す。

 既に俺が拠点にしているサテラの街で受注してあるので受注確認印を押してもらうだけだ。

 確認印を押してもらわないと別のパーティーが同じ警備依頼を同じ時間に重複して受けてしまうなんてことがある。

 重複して警備を受けた場合、敵の討伐や穴埋めの成果が十分に出ないと報酬を支払って貰えないことがまれにある。

 受注票を見た受付嬢の表情が曇った。

 

「ラーゼルさんですね」

「おう」


 なにかの資料と俺のギルドカードを何度も見比べる。

 しつこく資料を見比べているので依頼の重複って感じとはなにか違う。

 まさか、昨日の騒ぎの通報がギルド迄届いているのか?

 マジかよ!

 やべーじゃないか!

 よそ者が住民とトラブルを起こせば大抵街への出入り禁止。

 当然その街での依頼も受けられなくなる。

 帰りはただ働きになるのかよ。

 なんという疫病神のモニカ。

 ……と、思ったら違った。


「指名依頼が出てますね」

「へっ!? 指名手配?」

「ええ、ラーゼルさんあての指名依頼ですよ」


 俺が頓狂とんきょうな声を上げたのが笑いのツボに入ったのかくすっと笑う受付嬢。

 だってしょうがないじゃないか。

 俺が指名依頼を受けるのなんて冒険者人生で初めてなんだし!

 間違えても仕方ない。

 指名依頼が冒険者のステータスと知っているメイミーは俺をべた褒めだ。


「さすがごしゅじんさま、すごいのです!」

「ど、どうも」


 全力で褒めてくれるメイミー。

 俺の強さがもう他の街まで伝わってるなんて!

 俺も出世したもんだ。

 人目のあるギルドのカウンターの前で全力でメイミーに持ち上げられるとなんだか照れる。

 

「街道警備の依頼は受注済みなので、指名依頼をキャンセルして街道警備をこのまま受けても構いませんがどうします?」


 俺は指名依頼の依頼票を確認する。

 まあ無いとは思うがドラゴン討伐みたいなキツい依頼だったら困るからな。

 依頼主を見て驚いた。

 依頼の発行主はラネットさんだったのだ。

 しかも依頼の内容は……。


『レッドドラゴン討伐』


 ドラゴンかよ!

 無理!

 無理無理無理!

 ドラゴンなんて相手にしたら間違いなく死ぬから!

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