後の英雄、冒険者人生の危機に遭遇する

 その後のバルトさんの動きは素早かった。

 飛竜でアリエスさんのご両親を連れてきて自分の屋敷の敷地の中にある教会で結婚式を挙げる。

 参列者はアリエスさんのご両親、執事とメイド軍団だけだ。


「お前が貴族さまと結婚するなんて……なんて親孝行な娘なんだ」

「庶民のお前が貴族のバルト様と結婚するとは、なんて幸せ者なんだろうね」


 平民といえどお二人とも王宮付きの騎士でアリエスさんは生粋の騎士の家系の子だそう。

 ご両親はこの結婚を大いに歓迎してるようだ。

 そりゃね。

 平民の娘が貴族と結婚したら喜ばない親はいない。

 しかもバルトさんは今まで独り身で奥さんはおらず正妻だ。

 アリエスさんのご両親は俺たちが料理屋から戻る前にバルト邸にやってきてた。

 飛竜を使ったとしても王都からサテラの街までは往復で2時間はかかる。

 きっとアリエスさんがプロポーズを受けると見越して事前に王都から飛竜を使って呼び寄せていたんだろう。

 なんという手際の良さ。

 結婚式を終えると、順番が逆になりましたがと言葉をそえて結納金3億ゴルダを渡す。

 今までの人生で見たこともない大金に目を丸くするご両親。


「こ、こんな大金を貰って、よ、よ、よろしいんですか?」

「突然娘さんが家を出て寂しくなるでしょう。これで贅沢でもして寂しさを紛らわせてください」

「ありがとうございます!」

「アリエス、バルトさんに迷惑かけるんじゃないぞ」

「出戻りなんて認めないですからね!」


 ほくほく顔で大金を持ち帰るご両親。

 アリエスさんの出戻りなど認めるわけもなく結納金を返す気など全くない。

 3億ゴルダの結納金と引き換えに実質的にバルトさんに売られたこととなったアリエスさん。

 アリエスさんは戻るべき実家も失ったのだ。

 愛し合う二人が別れることもないと思うが、外堀まで完璧に埋める念の入れように俺は寒気を覚えた。


 *


 その夜、バルトさんとアリエスさんは初夜を迎えた。

 翌朝、寝室のベッドの上であられもない姿をしたアリエスさんを見つける。

 ぐったりとして果てているみたい。


「さあ、我が妻アリエスのレベル上限を上げてください!」

「そういわれても……身体に触れたりしたら気が付きません?」

「大丈夫ですよ。今朝までエキサイトをしたので昼までは目を覚まさないでしょう」


 昨日の夜はかなりのお楽しみだったのですね。

 俺はアリエスさんの素肌を極力見ないようにして、背中に手を添える。

 そして潜在経験値を送り込んだ。


「ぐああああ!」


 レベルの上限解放で激しい痛みが襲ったんだろう。

 アリエスさんは弓なりに背を反らすと気絶をした。


「大丈夫ですかね?」

「息をしているから大丈夫でしょう。ささ、続けてください」


 確かに息はしているので命の別状はない。

 俺もレベル上限が上がった瞬間は激痛が襲ってきたが、その後は何もなかったので大丈夫だろう。

 潜在経験値を1レベルづつ送り込みレベル上限を50に上げた。

 まだまだ潜在経験値は残っていたが、アリエスさんの身体に負担がかかるのでこれ以上上げるのはやめておいた。

 バルトさんは俺に厳しい目を向ける。


「これで私とラーゼル君の契約は完遂しました。これで私たちは赤の他人、往来で会っても挨拶不要です。そして今回の契約で見聞きしたことは一切口外しないように。契約の護符の効果は継続していますので万一秘密を漏らした場合は命を失いますよ」

「お、おう」

「くれぐれもご内密に」


 *


 仕事がひと段落したので宿屋に戻る。

 エレネスが暇そうにベッドの上に座って待っていた。


「お帰り! ずっと待ってたぞ」

「すまんな。仕事が長引いて今まで掛かった」

「仕事は済んだのか?」

「おう!」

「じゃ、ダンジョンに潜りに行こう!」


 昨日の夜は徹夜で待機していたので本当は少し眠りたいんだけど……。

 でもな、エレネスはボスから魔道具を手に入れてレベルの上限解放をしたいんだよな。

 期待度満点の目で俺を見つめるエレネスに少し寝たいとは口に出せそうもない。

 ダンジョンボスを倒し、適当な魔道具が出たらレベル上限を上げる魔道具だと言い張ってレベル上限を上げてやるか。

 ダンジョンのボスを倒すついでに受けられそうな依頼がないか冒険者ギルドへと向かう。

 朝の冒険者ギルドはいつものように大混雑だ。

 俺がギルドの掲示板でいい依頼がないか探していると声を掛けられた。


「ラーゼルさん、お久しぶりです」


 ラネットさんだ。

 満面の笑みからなぜか恐怖を感じる。

 俺、なにも悪いことしてないよ?


「おおう、久しぶり」

「ところで、例の件は進んでいますか?」

「例の件?」


 冒険者ギルドに入る話かな?

 レベル上限が上がった今は冒険者をもう少し続けたいんだけど……。

 でも流石に昨日の今日でレベル上限が上がりましたなんて言ったらバルトさんの秘密がばれるかもしれないしな……。

 俺が考え込んでいると、ラネットさんがバンと背中を叩いた。


「やだわー。バルトさんを紹介してもらう件ですよ」


 ぐはっ!

 職員になる話じゃないのかよ!

 冒険者ギルドの陰のラスボスからの依頼をきれいさっぱり忘れていた!

 これはやばいぞ!

 バルトさんは既にアリエスさんと結婚して既婚者になったなんて言えるわけがない!

 しかも俺の能力がバルトさんの結婚の決め手になったなんて!

 冒険者ギルドで一番の実力者の受付嬢の願いを無下にした俺。

 今回の件でラネットさんから敵視されるだろう。

 そうなれば儲からない依頼や危険な依頼ばかりさせられることになって……。

 冒険者人生が詰みかねない人生最大の危機だ!

 満面の笑みで俺を見つめてくるラネットさん。

 俺は視線を合わせられない。


「すいません! 用事を思いだしたのでまた!」

「ラ、ラーゼルさん?」


 飛び出すように冒険者ギルドを逃げてきた。

 どうしよう、まずいことになった。

 バルトさんにラネットさんを紹介してめかけにでもしてもらうか?

 いやいやいや!

 バルトさんはアリエスさんとのプロポーズの時、一人しかお嫁さんは作らないと言っていたぞ。

 無理に紹介したらプロポーズの言葉が嘘になってしまって貴族夫人になったアリエスさんにも恨まれる。

 第一バルトさんとの関係は清算済みで、これからは赤の他人と言われたし。

 まいった、どうすればいいんだ?


 *


 俺が公園のベンチで息を切らしていると、エレネスが心配してくる。


「いきなり走り出してどうしたんだ?」

「結婚を前提にラネットさんを貴族に紹介するのを忘れてたんだよ」

「今から紹介すればいいだけなんじゃないのか?」

「もう結婚しちゃったんだよ」

「そうか。じゃあ別の人を紹介するしかないな」


 別の人を紹介するといったって貴族の知り合いなんてバルトさんしかいないし。

 知り合いに強い人もいない。

 どうすればいいんだ?

 その時、とてつもなく悪い考えが俺の中に浮かんだ。

 そうだ!

 バルトさんがダメなら俺の嫁にすればいいんじゃね?

 いいね!

 それありだよ!

 ありだよね?


 幸いラネットさんは強ければモンスターが結婚相手でもいいと言っていたぐらいだ。

 強さ以外のハードルは限りなく低いから俺でも全然問題ないはず!

 今の俺なら結婚相手として通用するぐらいの強さは持っているはずだ。

 おまけにレベル上限を上げる道具はすべて揃っている。

 バルトさんのようにうまく立ち回れば嫁に出来るはずだ。

 でも……。

 女の人と肌を合わせるどころか手もつないだ経験のない俺にバルトさんのように上手く立ち回ることが出来るんだろうか?

 さすがに無理だよな……。

 いや、練習してからならいけるはず!

 なにしろ金はある。

 金で性的サビアを買って予行演習すればいい。

 そうだ!

 サビアを買って肌合わせの練習をしよう!

 女性経験さえ積めば俺でもできるはずだ!

 糞野郎とでもゲス野郎とでもなんとでも言ってくれ!

 俺は今の冒険者生活を守るためならなんとでもしてやる!


 俺はサビアを買いに夜のパピヨンへと向かった。

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