後の英雄、断れない仕掛けを知る
「もしや、アリエスさんの弱みでも握ったんですか?」
求婚相手に対しては最悪のやり方だ。
そんなことで結婚したとしても愛は
「ははは、人は脅迫では縛れませんよ」
「じゃあ、どうやって?」
「まあ、静かに見ていてください」
*
一時間後、料理店。
バルトさんと初めて会った料理店だ。
店は貸し切りになっている。
実はこの店、バルトさんが資金を出してオーナーをしている店なんだそうだ。
どおりで貴族のバルトさんがこんな庶民向けの店に来ていたはずだ。
俺がいることがアリエスさんにバレないようにそっと離れた席からバルトさんの告白を見届ける。
「今日は折り入ってお願いに上がりました」
「はぁ……」
気のない返事をするアリエスさん。
店が貸し切りな上に巨大な花束を渡されたのでなんとなく察しがついた。
これはプロポーズ。
しかも相手は見ず知らずの貴族。
親友のラネットさんからの情報では名うての剣士という話しか聞いていない。
強い男と結婚したいとは思ったが、さすがに貴族からの求婚は腰が引ける。
身分が違い過ぎるからだ。
アリエスさんはこの話を断ることにした。
「アリエスさん、私はあなたに一目惚れしました。結婚してくれませんか?」
「申し訳ない……さすがに平民と貴族では身分の違いがあり過ぎて――――」
そこで言葉を
「その返事、待たれい!」
「ひっ!」
あまりの勢いに身を縮こませるアリエスさん。
グイグイと押してくるバルトさんの勢いにのまれ始めた。
あれだけ押されたら俺も完全にのまれるっていうか経験済み。
「私は貴族でありますが、英雄でもあります」
「は、はい」
「英雄というものはどのような能力を持っているか知っていますか?」
「強くて、素晴らしい効果のあるスキル持ちですか?」
「それだけではないのですよ。上げられるんです」
「何をですか?」
「レベル上限を!」
「えっ!」
アリエスさんはそれを聞いて今まで以上に動揺している。
今までレベル上限は上がらないものと思い諦めていた。
でもこの目の前にいる英雄を自称する男は上げられるという。
そんなこと本当にあるの?
あまりに驚いたのか目の焦点が合わず黒目がふらふらと動き回っている。
これはもう完全にバルトさんに心を掌握されてる。
「レ、レベル上限が上げられるのですか?」
「それも一つ二つじゃない。確かアリエスさんはレベル41で停滞していましたよね?」
「それをどこでお知りになりました?」
「私は冒険者ギルドの上層部にも顔が効きますので……。私ならアリエスさんのレベル上限をレベル50にまで上げられます」
「そ、それは本当なんですか!」
「もちろん本当です。ただし条件があります」
「条件といいますと?」
アリエスさんがゴクリと唾を飲み込む。
「まさか、悪魔との契約……」
「ご冗談を」
バルトさんは鼻で笑った。
「アリエスさんは聞いたことがありませんか? 『英雄色を好む』という言葉を」
「ええ、強い男は色事を好むということですよね?」
「その言葉隠された本当の意味を解りますか?」
「えっ? 本当の意味ですか?」
バルトさんはアリエスさんの耳元で囁く。
「英雄と結ばれるとレベル上限が上がるんですよ」
「えっ!?」
「英雄は大切にしたい仲間のレベル上限を上げるために肌を合わせるのです」
「なんと!」
「そうでなければ、英雄が淫らな行為を好んでするわけがないです」
「そうなんだ……」
思いっきり感心しているアリエスさん。
それ思いっきり嘘だから!
騙されているから!
って……俺のレベル上限上げを、意中の人とプロポーズの決め台詞に使うのか?
なんということだ!
魔道具を組み合わせて新たな効果を作り出すのが得意なバルトさん。
俺の『レベル上限解放』というスキルを求婚の決め手にまでもっていくとは!
アリエスさんが切望していた『レベル上限解放』というパワーワードで完全にバルトさんに心が落ちた。
これが脅迫ではなく人の心を縛るということか!
すげーよ!
感心し過ぎて思わず声が出そうになってしまう。
やばいやばい、気が付かれるとこだった。
そして思った。
バルトさんは意外とクズな奴だと。
自分の性癖を満たすため女騎士と結婚したいがためだけに手間を掛けて俺を育てる。
育てた俺の能力で嘘の話に説得力を持たせるとは!
騙すためだけにそこまで努力を惜しまないとはクズ過ぎる!
まあ、でも、アリエスさんも強い剣士と結婚したいと言ってたから望まれたこと。
あくまでも合意。
騙してはいるが合法行為であり違法行為でも詐欺行為でもない。
「私もレベル上限を上げて欲しい……この身、いや私の初めてをバルトさんにささげたい! 私もバルトさんに守ってもらいたい」
レベル上限を上げられると聞いて、アリエスさんは完全にバルトさんに心を鷲掴みにされる。
完全に依存する関係になっていた。
だがバルトさんはあえて突き放す。
「それは無理ですね」
「求婚までしてきたのになんで断るんですか?」
「私は他の英雄と違い見ず知らずの女性に対してはレベル上限上げをしない」
そしてアリエスさんの顎をクイっと上げ、俯きかげんの視線を合わせた。
あまりにもイケメン過ぎるしぐさ。
こんなこと目の前でされたら俺でも萌えてしまう。
「肌合わせをするのは私の恋したただ一人の妻とすべき素晴らしき女性、あなただけです! アリエスさん! あなたはこの寂しい男に神が遣わしてくれた美しき天使! そして理想の女性! このプロポーズをお受けしてはくれませんか?」
甘い言葉に頬を赤らめるアリエスさん。
これは完全に恋に落ちたな。
再び頷くと共に小さな声を上げた。
「はい、よろしくお願いします」
交わされる口づけ。
アリエスさんはバルトさんの求婚を受け入れた。
ついさっきまで見ず知らずだったバルトさんと!
俺はとんでもない現場に遭遇してしまった。
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