後の英雄、貴族の真の望みを知る

 俺はエレネスを宿屋に置いてバルト邸に向かう。

 経験値を貯め終わったことを伝える為だ。

 バルトさんは屋敷にいた。

 でも様子がおかしい。

 髪をバッチリと頭の真ん中で分けているし、服もなんというか貴族のおぼっちゃまみたいな着飾った服。

 思わず笑いそうになるのを堪えながらなにをするのか聞こうとすると向こうから話しかけてきた。


「潜在経験値は貯まりましたか?」

「ええ、バッチリです」

「それは素晴らしい」

「ところでその恰好は?」

「これですか……その前に一つ確認したいのですがよろしいですか?」


 質問に質問で返されてしまった。

 なんだかグイグイと押してくる感が半端ない。


「なんでしょうか?」


 バルトさんはグイと顔を寄せて聞いてくる。


「アリエスさんのことなんですが、ラーゼル君の恋人ではありませんよね?」


 それは質問のようでありながら脅しのような。

 とてつもない迫力のある確認。

 まあアリエスさんが俺の恋人なんてありえないんだけど。

 俺は迫力に飲まれ腰が引けながら答える。


「もちろんです。素敵な女性だとは思いますけどね」

「ふむ、いい答えです。そしてアリエスさんには恋人はいないということですね」

「ええ、そう聞いてますね」


 料理屋で酔っぱらってラネットさんと結婚相手が欲しいとくだを巻いていたのはついこの前のことだ。

 やはり後見人としてアリエスさんに虫が付くことが許せないんだろうな。


「ふむ、ではアリエスさんに告白して来ますので」

「へ? 今なんと?」


 俺の聞き違い?

 告白すると聞こえたんだけど?

 ダンジョンに潜り過ぎて耳がおかしくなった?

 でも違った。

 俺がキョトンとしているのに気が付いたバルトさんは言葉を変えて言い直す。


「プロポーズをしてきます」

「ちょっと待ってください! バルトさんはアリエスさんの後見人なのでは?」

「なんのご冗談を」


 ちょとまてよ!

 バルトさんはアリエスさんの後継人じゃないの?

 今は亡き恩人の娘だった説は?

 俺の脳内美談を全部ぶち壊しじゃないか!


「どういうことなんです?」

「アリエスさんは私の追い求めていた理想の女性なのです!」


 すると、バルトさんは語り始めて止まらなくなった。


 私は常々思っていました。

 愛し合える人が欲しいと。

 どんなに綺麗な奴隷を買って肉に溺れても私の心は癒されない。

 やはり上下関係のある奴隷相手では愛は育めないと悟りました。

 次に私は貴族の娘に相手を求めました。

 でも、私に求婚してくるのは名声目当ての『迅速の攻略者』バルト目的の女か、お金目当ての『貴族』バルト目的の女しかいませんでした。

 このバルト自身を好きになってくれる女性はいなかったのです!

 そこへ現れたアリエスさん!

 彼女は金も名声も求めず、ただ強い男と結婚したいと熱望した。

 これはもう、神の遣わした私への最高のチャンス!

 私は彼女に告白することにしました。

 絶対に断れないラーゼル君という切り札を手に入れてね。


 ええーっ?

 なんでここで俺が出てくるの?

 俺は関係ないよな?


「俺が関係あるんですか?」

「ええ、大いに関係あります」

「それになんでアリエスさんに求婚なんですか? 別に彼女はバルトさんのことを好いているとは聞いてませんよ」

「私は料理屋で聞きました。『老剣士なら結婚相手として全然あり』と」


 確かにそんなことを言った気がするけど……。

 そんなことで告白するの?

 そんなきっかけ有りなの?


「それ以外に求婚することを決めた理由はないんですか?」


 求婚するにはあまりにも理由が弱すぎる気がするんだけど。


「しいて言えば『女騎士』!」


 胸の前でぐっとこぶしを握り締めるバルトさん。

 なかなかの気合の入りようだ。


「私は女騎士と結婚するのが子どもの頃からの夢だったのです!」


 はあ?

 なんだよそりゃ?

 そんな理由で結婚するのか?

 思いっきり趣味趣向じゃないか。

 真顔でバルトさんが聞いてくる。

 グイと顔を寄せてな。


「女騎士をお嫁さんに出来たら最高だと思いませんか?」

「ええ、まあ」

「女騎士を孕ませられたら最高だと思いませんか?」

「ええ、まあ」

「女騎士に自分の子どもを産んでもらったら最高だと思いませんか?」

「ええ、まあ」

「でしょう! でしょう! 家庭に女騎士のいる生活! 最高の贅沢です!」


 バルトさんの目は落ち着き払った貴族の目ではなく夢見る少年の目!

 あまりにも純真すぎる目だ。

 いや、これは純真なんてものではない。

 単なる性癖じゃねーか!

 この変態ジジイが!


「それに断れない仕掛けを用意しました」


 それは……。

 アリエスさんのとてつもない弱みでも握ったのか?

 前に見たことのある寒気がしそうな程のバルトさんの悪い目を再び見ることになった。

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