後の英雄、受付嬢に任務を命ぜられる

 トイレには俺と紳士以外誰もいなかったが、紳士は俺にだけ聞こえる小声で囁くように話す。


「私はあなたのレベル上限を上げることをお約束しましょう」

「ほ、本当ですか!」

「声が大きいです」

「す、すいません」


 紳士は襟を正し、静かな声で話を続ける。


「ただし条件があります」

「条件?」


 いきなり条件を突き付けられた。

 レベル上限を上げられるなんて話は聞いたことがない。

 もしやこの紳士は人間じゃなく魔族なんだろうか?

 魔族ならレベル制限の解除も出来るかもしれない。

 でもレベルが上がるなら……種族なんてどうでもいい。

 魔族だとしても、頭から角が生えていたとしても見なかったことにすればいいだけだ。


 問題はレベル上限を上げる対価だ。

 対価として子どもを攫ってきて捧げろとかそんな条件じゃないだろうな?

 そんなことをしたら重罪犯。

 衛兵に追われて一生闇の世界で暮らしていかないといけない。

 さすがにレベル上限が上げられたとしても、そこまでのことは出来ない。

 俺は恐る恐る条件とやらを聞いてみる。


「どのような条件なんでしょうか?」

「ご安心ください。老人のつつましいた他愛たあいもないお願いです」


 俺にできることって……もしや俺の寿命を寄こせとか?

 寿命1年で1レベルぐらいならいいけど、10年で1レベルだったら5レベルぐらいしか上げられなくて泣く。

 さすがにそれはいや過ぎる。


「命を寄こせとか?ですか?」

「ふふふふ。そんなことは要求しませんよ。そんなに警戒しないでください」

「でも、レベル限界を上げるなんてことが出来るなんて聞いたことが無いので……。あなたは魔族か神か、それに近い存在なのですか?」

「ふふふふ、面白いことを言いますね。私は単なる現役を引退した冒険者で初老の人間の男ですよ。契約の護符を結ぶのでその点はご安心ください」


 俺の背後を気配も悟られずに取れるのに単なる冒険者は無いよな。

 まあ、俺が気配を探ることもできないダメダメ冒険者ってのもあるかもしれないが、なにか能力を隠しているようにしか思えない。

 願いが法に触れないことを契約の護符にしっかりと書いてもらおう。


「願いを教えてもらえませんか?」

「契約前に言うわけにはいきませんが、あなたなら確実に実現できる願いです」


 どんな願いなんだろう?

 でもレベル上限が上がるんならなんだって出来るというか、する!

 この老人が魔族だろうが神族だろうが気にしない。

 法に触れない事なら何でもするつもりだ。


「もし話に乗るのならばなら、明日のティーブレイクの時間あたりにでも冒険者ギルドにやってきてください。この紹介状をギルド職員に見せれば迎えの馬車を手配してもらえるはずです。契約の護符を交わしたいと思います」


 契約の護符とは嘘をついたり契約を反故にすると死がもたらせられる魔道具。

 今まで言っていたことは真実、レベル限界を突破できるのは容易たやすいことと、この紳士は言っているのだ。

 

 *

 

 翌日、昼下がり。

 ラネットさんに昨日の別れ際に紹介状を渡し、初老の紳士が何者か調べてもらっていた。

 もちろんレベル上限を上げる話は伝えていない。


 ギルドで俺の姿を見つけたラネットさんは「ちょっとこっちに来て」といい、俺の腕を引っ張り会議室へ入るとドアの鍵を閉めた。

 この会議室は防音の加護が掛かっている。

 人に聞かれたら困る話は大抵ここでするのが習わしだ。

 初老の紳士を調べてもらっただけなのに、聞かれると困る話とはいったいなにを話すというんだろう?


「この紹介状はどこで手に入れたんです?」

「ちょっと縁がある人から……」


 嘘は言ってない。

 本人からだけど。

 ラネットさんは部屋の隅に置かれている嘘を見破る魔道具『審判の宝珠』をチラ見すると話を続ける。


「で、この人とはどんな関係なんです?」

「まだ会ったことが無いのでどんな人までかは……」


 それを聞いてガックリと肩を落とすラネットさん。

 口止めされていたので老紳士がレベル限界を解除してくれる人だとは言うことは出来ない。

 俺がごまかすように視線をそらすと、ラネットさんは俺の胸倉を掴んで顔を近づけてきた。

 それも唇と唇が触れそうな吐息の感じられる距離に!

 顔が近い。

 近すぎる。

 ちょっとだけ唇を前に出せばそれこそキスになってしまう距離だ。

 そんなことを気にせずラネットさんは俺に問い続ける。


「なんでバルトさんの紹介状を持っているんですか?」

「バルトさん?」

「知らないんですか? 『迅速の攻略者』のバルト、冒険者なら一度ぐらいは聞いたことがある筈の有名人よ」


 ごめん、その二つ名は初耳です。

 全然知りません。

 そんな二つ名持ちを聞いたことあるかと問われても、万年底辺冒険者で『初心者育成請負人』をやっている冒険者カーストの最底辺付近に生息する俺にはそんな勇者みたいな二つ名を聞いたことがない。

 なにを攻略するのかさえ想像つかんわ。

 そもそも知っているなら調べてもらってなんていない。


「いや、ごめん。全く知らないです」


 「はぁー」と深くため息をつくラネットさん。


「いいですか、バルトさんとはですね……」


 ラネットさんは子どもを諭すように説明を始めた。


 紹介状に書かれている住所はクワンタム・バルト邸。

 つまりバルトさんの豪邸とのこと。

 すでに引退した冒険者で二つ名は迅速の攻略者。

 ダンジョン踏破の達人と言われている超一流冒険者。

 普通なら二週間は掛かるダンジョンの攻略を一晩で済ませたことから付けられた二つ名だそうだ。

 数々の功績を上げて貴族扱いにまでなった元冒険者の初老の紳士。

 生涯独身らしい。


「しかも英雄なのよ」

「英雄?」


 英雄と言えば、勇者の中でも功績を上げた真の強者だけが名乗れる称号だ。


 あの初老の紳士は英雄だったのか。

 どうりで料理屋の洗面所で気配を消して俺の背後を取れたわけだ。

 ラネットさんは真剣な目をして俺を見つめてくる。


「いいですか、ラーゼルさん」


 ギロリ!

 ハムスターなら心停止してしまうほどの凄みのある目で睨みつけてくる。

 マジこわ!


「なんとしても、このバルトさんと私が付き合えるように紹介を取り付けるのです! いいですね?」


 紹介ってお付き合い前提で紹介しろってことなんだよな?

 昨日料理屋で言ってた強ければ誰とでも結婚するって話は冗談じゃなかったのかよ。


 ラネットさんは凄まじい眼光で俺の眼を覗き続ける。

 これは絶対に断れない。

 断ってはいけない目だ!

 もしここで断わりでもしたら冒険者生命に係わると、俺の危機感知能力が全力で警告を発した。

 きっとドブさらいや肥溜め掃除の依頼しかやらせてもらえなくなる。


「『付き合える』とは、結婚を前提としたお付き合いですよね?」

「もちろんよ! 私の人生最初で最後の千歳一隅の一回限りのチャンスよ! もちろん手伝ってくれるわよね? ねぇ?」


 肩を思いっきり揺さぶられ脳震盪のうしんとうを起こしそうになる俺。

 どうやら断るという選択肢は用意されていないようだ。


「は、はい」


 ラネットさんを異性として興味があるかと言われれば思いっきりあるし魅力的。

 出来れば結婚したいとも思うけど俺と釣り合う女性じゃない。

 俺にとっては高嶺の花過ぎる。

 レベル制限が解除出来たのなら俺にも彼女に求婚するチャンスはなくもないだろうが、そんなのは解除出来てから考えるべき話だ。

 ここは彼女の幸せを祈って素直にラネットさんの意向に従うべき。

 俺はラネットさんの婚活を手伝うことになった。

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