後の英雄、ギルド受付嬢の愚痴を聞く

 そんな俺の心の中を読んだのか、ラネットさんが自分がギルド職員になった理由を語り始める。


「私が職員になる前は冒険者だったのは知ってますよね?」

「ええ」

「私が冒険者を辞めたのもラーゼルさんと全く同じ理由なんですよ」


 さっきレベル上限に達して冒険者を辞めたと言っていたな。

 ラネットさんの手の中でグラスの氷がカランと鳴った。

 彼女がギルド職員になったのはレベル上限が36で訪れたのが原因だ。

 レベル上限が36といえば、俺よりも遥かに恵まれている。

 でも一流の冒険者として生活していくにはかなりもの足りないレベルだ。

 少なくともレベル40、できれば45以上は欲しいところである。

 ラネットさんの目頭が涙で濡れる。


「レベル上限がたったの36で現れてしまって。私だって冒険者を辞めたくなかったです。でも36じゃパーティーの他のメンバーに迷惑掛けることになるので泣く泣く辞めたんですよ」

「そうだったんですか」


 レベル上限。

 この世界の冒険者がケガ以外に引退する理由の一つである。

 基本的に強いスキルや能力を持つものほどレベル限界が低いと言われている。

 以前賢者から聞いた話では人間の能力の総量は大抵同じでその能力の割り振り方が違うだけなんだそうだ。

 平凡な能力の持ち主は大抵高い『レベル上限』の能力を得ているのだと。

 俺がたったのレベル15で上限が来たのも経験値100倍という神スキルを持っていたせいだろう。

 全能力をレアスキル取得に一点集中で全てつぎ込んでしまった感じだ。

 半面、英雄になる冒険者の中には強くてレベル上限が高い人もいるのは事実で能力の総量自体が多いとのことだ。

 スキルに恵まれていた俺も剣技に優れていたラネットさんも平凡な能力の総量だったので上限が早く来た。

 そういうことなんだろう。


「強い冒険者になって世界を旅するのが夢だったんです。今でもレベル上限が上がれば冒険者に復帰したいと思っています。でもね、レベル限界が上げられたなんて話は聞いたことが無いですよね。辞めるしかなかったんですよ」


 ラネットさんは大粒の涙を流し始めた。

 そんな彼女を見て俺は何も言葉を掛けられなかった。

 しばらく泣き続けたラネットさんはポツリと言葉をこぼす。


「私がダメなら、強い冒険者の人と結婚して子どもに夢を託すしかないかな……。強ければどんな男の人でも構わないです。それが粗暴な狂戦士でも……」


 狂戦士と結婚?

 そんなとんでもないことを言い出したラネットさん。

 よっぽど思いつめているらしい。

 ギルド受付嬢が似合っていると思ったラネットさんにもそんな悩みがあったんだな。

 アリエスさんもとんでもない事を言い始めた。


「私はラネットと違って狂戦士は嫌だけど、老剣士なら結婚相手として全然ありかな? 子どもを作れるのなら女剣士が相手でもいいわよ、あはは」


 女剣士って……そんなのもいける口なのか?

 まあ、同性同士で子どもが作れるわけもないので冗談だろうけど。

 強ささえあればこんな美人たちからモテまくりなのかよ。

 くー、悔しいぜ。


「はぁ……。レベル上限が来てしまった私もそろそろ冒険者を引退かな?」

「アリエスも私のとこのギルドに来る?」

「それも考える頃合いかな?」


 だんだんと酒の量が増え、二人はくだを巻き始めた。


「あー、レベル上限なんてやってられないわ!」

「なんでそんな制限があるのよ! 鍛えたら鍛えただけ強くなりたいわ!」

「レベル上限を上げてくれるのなら誰とでも結婚する!」

「そうそう、野盗とも結婚しちゃうかもしれない」

「私はオークやコボルトでも結婚するわ!」

「あははは! それは酷い」

「きゃははは!」


 二人の結婚相手のハードルが凄く下がっている気が……。

 酔うと本音をさらけ出すのが人間。

 ということは、強ければ結婚相手は誰でもいいってのが本音なのか?

 レベル15の俺には恋愛対象として微塵の希望も残っていない本音は聞きたくなかった。


 *


 二人が先に出来上がってしまったので、俺は酔うタイミングを完全に失う。

 僅かな酔いを醒ますためにトイレに行き用を済ませ顔を洗うことにした。

 洗面台で手を洗っていると背後から皺枯れた声が掛けられる。

 身なりのいい初老の紳士だった。


 え?


 今まで背後には誰もいなかったし、トイレのドアを開けた気配もなかった。

 もちろん俺が入ったときに個室には誰もいなかった。

 なのに紳士は俺の背後に立っている。

 どうなっているんだ?

 気配消しの能力が高すぎるだろ。

 この紳士、只者ただものではない。

 紳士は俺のそんな詮索も知らず、人懐っこい表情で声を掛ける。


「お連れさんが、かなり出来上がってましたね」

「ええ。飲み屋じゃないのに大声出してすいません」

「いえいえ、ここはそんなに気取る料理屋じゃないから気にしないでいいですよ」


 紳士も俺の横で顔を洗い始める。


「先ほどお話を聞いてしまったんですが、あのお二方と同じくあなたもレベル上限で悩まれているようですね」

「ええ」


 そしてとんでもない事を言った。


「もし私があなたのレベル上限を上げられると言ったらどうしますか?」

「そんなことが出来るんですか!?」


 俺は初老の紳士の言葉を疑った。

 レベル上限を上げる?

 そんなことが出来るのか?

 老人は声をひそめて耳打ちする。


「これから話すことは私たち二人だけの秘密です。他言無用でお願いします。いいですね?」


 俺は唾をのみこみ無言でうなずいた。

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