後の英雄、敵に襲われ瀕死の重傷に
ダンジョンの壁に叩きつけられた俺。
麻痺で焦点の合わない視界の中にいたのは……。
逃げたパーティーの戦士のガダリだった。
無事だったのか。
良かった。
助けに来てくれたのか。
下の階層に迷い込んでなくて本当に良かった。
俺はほっとし、安堵の息をはく。
合流できたことを喜んでいる俺に、ガダリは意味不明な行動に出た。
「ぐはっ!」
俺の腹を
レギンスの尖ったつま先が食い込む!
俺は腹を抱えてうずくまる。
痛てぇ!
痛てぇよ!
なにするんだよ!
なんで仲間の俺を蹴るんだ?
ここは再開を喜び合うところだろ?
わけがわからない。
「こんな所まで逃げて手間を掛けさせるんじゃねーよ! とっとと芋虫に襲われてくたばっちまえばいいのによ!」
なっ?
こいつなにを言ってるんだ?
逃げなきゃ死んでたぞ。
ガダリの横にいた僧侶のベングが俺の剣を持つ腕を踏みつける。
「ぐはっ!」
体重を思いっきり掛けた踏みつけ。
ミチミチと音を立てて靴が食い込み骨が
思わずうめき声が漏れた。
手から離れた俺の剣を遠くまで蹴り飛ばし、間髪を入れず杖で俺の顔面を殴る。
何度も! 何度もだ!
「ぐほっ! ぐへっ!」
鼻から生暖かいものが流れ始めた。
ベングはこれだけの暴力を振るったのになぜか怒りが収まらないといった感じ。
俺はこれだけの暴力を振るわれる意味が解らない。
「てめーが煙幕なんて焚くから、こけて服に穴が開くわ、おまけに膝も擦りむいただろうが!」
膝を擦りむいたぐらいで、仕返しにここまで殴られないといけないのか?
ガダリとベングが代わる代わる俺に殴る蹴るの暴行を始めた。
先に逃げたことがそんなにも気に入らなかったんだろうか?
でも、逃げたのはそっちが先だし。
俺はなにも悪くない。
ここは厳重に抗議してやる!
「ごめんなさい」
「ゆるしてください」
「もうしません」
俺の心は理不尽な暴力に屈し、抗議の言葉は出ずに謝罪の言葉が漏れていた。
いい歳をしたおっさん手前の男が歳下の男たちに謝るという情けない状況。
俺の謝罪の声を聞いたガダリとベングは
止まらぬ暴力。
「ゆるしぐはっ!」
「ごめんなぐえっ!」
「もうしまぐほっ!」
身体中から血が滲み、口から血の塊を吐く。
目に血が入って左目が見えない。
そこでリーダーのケイロスが止めに入る。
「お前ら、そのあたりでやめとけ」
やっとかよ!
リーダーなんだからもっと早く止めてくれ。
「ちっ!」
止められたのが気に食わなかったのか、ガダリの強烈な蹴りが俺の脇腹に入った。
あまりに痛くてうめき声も出せない。
「変死体はモンスターも喜ばねーぞ。モンスターが食い残しでもしたら俺たちの犯行がバレるだろうが」
モンスター?
食い残す?
犯行?
なに言ってるの、こいつ?
ケイロスが意味不明なことを続ける。
「この前パーティーに誘った女は事故死じゃなく変死扱いになったって噂だぞ」
「そういえば痣だらけの腕が残ってたって噂ですね」
ベングが高笑いをした。
「モンスターもあの痣だらけの腕を見て、変な病気でも持ってると思って食い残したのかな? アハハ」
もしかして……。
今回の俺みたいに誘ったパーティーメンバーを殺してモンスターの餌にした?
そんな酷いことをする奴がいるのか?
でも、それが真実だと考えると今までの話の筋が通ってくる。
『こいつらは俺を一人で置き去りにしてモンスターに殺させようとした』
こういうことだったのか!
「ケチが付いたからこの街での仕事はこいつを最後にするぞ」
「へい!」
ケイロスは俺の胸倉をつかんで無理やり引き起こす。
「さあ、死にたくなけりゃ有り金すべてを出せ! あとギルドの貸し金庫の鍵もだ!」
俺の推測は間違えてなかったみたいだ。
命の危機が迫る最悪の方向で……。
俺は自由の利かない腕を必死に動かして、懐の中の財布を出す。
財布の中身を改めたリーダーが顔をしかめる。
明らかに不機嫌そうだ。
「これっぽっちなのかよ!」
俺は地面に叩きつけられた。
背中と一緒に頭を打ち付け意識が飛びそうになった。
ケイロスは俺の胸倉を掴み再び引き起こす。
「ギルドの貸し金庫の鍵はどこだ?」
俺は
「金庫なんて……持っていません」
「嘘を言え! 冒険者を10年以上もやっててこれだけしか金を持ってないはずがない! この前の女は冒険者を始めて5年なのに500万ゴルダも貯め込んでたぞ!」
「本当です……その日暮らしで、それだけしか持ってないんです」
「この役立たずが!」
地面に叩きつけられた。
金がないのは本当だ。
あればこんな安い報酬の募集になんて乗ってない。
「ムカついたからこいつをなぶり殺すか」
「いいねー! ルールはいつもの?」
「おうよ! こいつを一回ずつ切り刻んで死んだ奴が負けな。じゃあまずは右腕からだ!」
なんかとんでもないことを言い出した。
俺は殺されるのか?
ケイロスは
そして剣を両手で持ち頭上に高く振りかざす。
ギラつく剣が俺の目に入った。
マジか?
冗談だろ?
冗談で無く本気で腕を切り落とす気なのか?
俺、切り刻まれて殺されるのか?
腕を切り落とすとか冗談だよな?
そんなことされたら痛いじゃ済まないぞ。
いやだ!
死にたくねぇ!
こんなとこで寂しく死ぬのは嫌だ。
万年薄給でどうにか暮らしてきた俺。
貧乏な俺に彼女なんて出来たことがない。
当然女の人とイチャイチャしたこともない。
死ぬ前に一度だけでも女の人の肌の温もりを知りたかった……。
俺は全力でもがくが麻痺はまだ抜けておらず指先さえピクリとも動かない。
くう!
死にたくねぇ!
こんなとこで死ぬのかよ!
嫌だ!
嫌過ぎる!
俺が慈悲を請う目でケイロスを見つめても舌なめずりをして喜んでいるだけ。
明らかに俺が苦しむのを楽しんでいる。
なんで俺はこんな犯罪者のパーティーに入っちまったんだよ……。
こんなダンジョンに助けが来るわけないし。
俺はもう死ぬしかないのかな……。
嫌だ、死にたくない!
でも、格上の三人相手じゃ逃げられるわけもない。
もう終わりなのか……。
次に生まれ変わったら冒険者なんて不安定な仕事をせずに堅実に生きよう。
領主の息子に生まれ変わり、嫁さんを貰って愛し合うんだ。
家庭を持って小さな幸せをつかむんだ。
その時!
俺の腕を踏みつける力が弱まる。
俺の目の前の地面をリーダーのケイロスの首が転がった!
首が撥ねられたのだ!
あまりに咄嗟なことでケイロスはなにが起こったのかわからなかったのだろう。
切り落とされた首の表情は下卑たまま固まっている。
「ひっ!」
どさり、どさり。
悲鳴を上げたガダリの首もベングの首も、すぐに地面を転がった。
「すまない! 助けが遅れた!」
麻痺と助かった安堵感で薄れゆく俺の意識の中に凛々しい姿の女騎士が立っていた。
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