後の英雄、孤独な脱出劇を始める

 2万ゴルダの報酬で死ぬとか絶対に悔いが残る。

 成仏できなくて間違いなくゾンビやスケルトンになるパターンだ。

 来世がアンデットとか嫌過ぎる!


 俺は所持品を確認する。


 あるのは

 ・煙幕

 ・クザレミ草(臭い消し)

 ・ランプオイル

 ・干し肉少々

 ・飲み水少々

 ・ポーション

 ・ロープ


 非常食と必要最低限の物しか携帯していない。

 普段はもう少し緊急時用のアイテムを用意してあるんだが、近場のダンジョンでのパーティでの金策だったので油断した。

 食料やアイテムは『アイテムボックス』スキル持ちのメンバーが運搬していたのが災いの元凶だ。


 俺は生き延べるべく冒険者生活で得た知識を最大限に活用する。

 芋虫は視覚と嗅覚で追尾するタイプのモンスター。

 煙幕とクザレミ草を焚いて逃げればたぶん今追ってきている芋虫からは逃げきれるだろう。

 逃げている最中に他のモンスターに絡まれたら……終わりだ。

 そうならないように慎重に行動するし、幸運を祈るしかない。


 俺は初心者冒険者なら誰でもが使える火魔法の『フリント』を使う。

 指先から小さな火花が出るだけの生活魔法で攻撃魔法ではない。

 火力は全くないが、煙幕とグザレミ草に火を着けるぐらいなら十分だ。

 俺はクザレミ草にランプオイルをふりかけて着火。

 あたりに撒き散らすと激しく煙を出し燃え始めた。

 俺の身体に染み付く煙。

 これで10分ぐらいは敵の嗅覚追尾を抑えられるはずだ。

 俺は煙幕を投げ視界も遮ると逃げ始める。

 

 *

 

 どうやらクザレミ草と煙幕のお陰で芋虫は撒けたようだ。

 ダンジョンの3階へ昇る階段にたどり着く。

 ここには何度かパーティーで来たことのある階層だ。

 敵の生息地も大体わかる。

 ここからは慎重に脱出だ。

 『ケーブゲイター』の住む南側の地底湖と、点在する『コボルト』の巣を避ければどうにかなるだろう。

 逃げ場のない通路で敵の集団と鉢合わせになることさえなければ脱出出来るはずだ。

 俺は慎重に上の階を目指した。

 

 *

 

 2階への階段への道中、一本道の先にコボルトが2匹。

 いつ見つかってもおかしくない状況になった。

 不運なことに、完全に俺と視線が合う。

 見つかった!

 1匹でさえ俺と同じぐらいの強さのコボルト2匹と戦うのは無理だ。

 間違いなく死ぬ。

 俺の方を指さし、何か話しているコボルトたち。

 人間とは認識していないが、なにかがいることに気が付いたようだ。


 俺は祈る。

 祈りまくる。

 来るな!

 来ないでくれ!

 まだ死にたくない!


 すると俺の祈りが通じたのかコボルトの頭上からケーブラット落ちてきた。

 コボルト大好物の鼠だ。

 コボルトたちは俺のことなど気にもせず天井から落ちて来たケーブラットを追いどこかへと消えた。

 なんという幸運。

 神様なんて信じていないが、ダンジョンを出るまでは信じてもいいと思った。


 *


 どうにか敵を避けつつ2階へとやって来れた。

 キャンプとなる安全地帯の広間で荒れた息を整える。

 

「ふぅー」

 

 生き延びて吸う空気は美味い。

 ここからはレベル10が適正レベルの狩場だ。

 敵の大集団にさえ絡まれなければ俺でも十分戦える。


 そういえば逃げたパーティーメンバーはどこにいるんだろうか?

 ここまで出会わなかったが、まさか下の階層に逃げたなんてことはないよな?

 戻った方がいいんだろうか?

 いや、戦闘力のない俺一人で戻ってなにが出来る?

 冒険者ギルドまで生還して救援隊を寄こした方が確実だ。

 急いで冒険者ギルドに戻ろう。

 荒れた呼吸も収まったことだしダンジョン脱出を再開だ。

 立ち上がろうとしたら足がもつれて転げ、地面に突っ伏した。


「うぐっ!」


 額を激しく打ち付けて痛い。

 きっと血がにじんでいることだろう。

 足がもつれた理由が分かった。


 麻痺だ。


 手足が痺れて身体の自由が利かない。

 肺も麻痺しているらしく息が苦しい。

 麻痺毒をもつ敵なんて今までの階層に居なかったはず。

 第一、敵と一度も遭っていない。

 もし敵と出会っていたらここまで生きて戻って来れなかったはずだ。

 じゃあ、どこで出会った?


 微かに感じるパラシ草の焼けた臭い。

 これが麻痺の原因だ。

 生き延びられた解放感から油断してたぜ。

 麻痺成分の残った空気を吸いまくったのが麻痺の原因。

 ここでパラシ草を焚いたということは……。

 俺はとんでもない事実にたどり着いた。


 マジか?


 ここにモンスターが現れるということだ!

 そうでなければパラシ草を焚くわけがない。


 ここは安全地帯じゃなかった。

 早く逃げないと!

 いつモンスターが戻ってくるかもしれない!

 こんな手足もまともに動かない状態でモンスターに襲われたら確実に死ぬ!


 俺は痺れて自由が利かない身体を無理やり引き起こす。

 剣を杖代わりにしてどうにか立ち上がることが出来た。

 この広間から立ち去ろうとヨロヨロと歩き始めると背後から微かな足音が聞こえる。

 明らかに忍び足。

 俺を襲うつもりだ。


 モンスターかよ!


 ついてねえ!

 なんでこんな時に!

 俺は不運を呪った。

 こんなまずい状態の時にどんな敵が襲って来たっていうんだよ?

 俺に倒せるモンスターなのか?

 振り返って敵を確認しようとした途端、モンスターが俺の背中に体当たり!


『どごっ!』


 衝撃が背中にほとばしり、突き飛ばされた俺は地面に転げる。

 完全にモンスターに主導権を取られた!

 最悪の状況が俺に降りかかった。

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