俺たちが怖がる道理は一つもない

 「無事か!?」

 屋根に空いた穴から見下ろすと二人が床に寝ているのが見えた。

 「……おう。たぶんデカイ怪我はしてねぇ。上が裸のせいでまあまあ擦り剥いたくらいだ」

 「ティントアは!?」

 俺の横に来てフーディも穴を覗き込む。


 「……だいじょうぶ。アッシュが、盾になった」

 よくやった! と、フーディがアッシュを褒めたのは新鮮だった。流石にティントアを守り切った結果には文句の一つもないのだろう。


 「それよりヴィゴ。周り見てるか? ここは風が通らなくて鼻が利かねえ。たぶんもう気付かれてるよな?」

 「だと思う。敵はまだ見えないけど、でも前方の50は何人かこっちに来てる感じだ。それで後ろの奴ら、今は止まってる。音を聞いて止まったんだと思う」


 「了解。俺は前の奴らをやる。後ろはお前らで何とかしろ」

 一方的に話を打ち切ってアッシュは床から跳ね起き、すぐさま走り出した。どうするのかと思ったら家屋の壁を体当たりでぶち破って出てきたのだ。いくら屋根が抜けるほどボロくなったとはいえ、本当に無茶なやつだ。


 「お前ら死ぬなよ!」

 駆け出したまま振り向かず、手だけをこちらに振って、それでもう見えないところまで行ってしまった。裸の背中にはあちこちから出血があった。それでも向かっていくのだ。あいつに恐怖心はないのかと思ってしまう。


 残された五人は迎え撃つため屋根から降りて小道に並ぶ。迎え撃った方がいいのか、ここで待つ方がいいのか分からない。それともアッシュを追ったほうがいいのだろうか。何が良い選択か分からない。右手には石の剣、少し膝を曲げていつでも動けるようにはしている。だが体とは裏腹に心はまだ、いま降りてきた屋根に忘れたかのように連動しない。もう隠れられる時間はとっくに過ぎているというのに。

 

 各々が出来る準備をして敵を待った。

 石を浮かすフーディ。

 下生えの低木に手を当てているカトレア。

 銀の糸玉から幾本もの糸を伸ばすクロエ。

 ティントアだけは今出来る準備はない。


 そして、来た。

 やはり数には誤差があった。

 どう見ても20体以上は居る。先頭集団の数体が俺たちを見つめ何か喚き立てた。

 一人頭4、5体はやらないといけないわけだ。やれるのか? やらなければ、俺たちが殺られるだけなんだ。

 「やるぞ! あの馬鹿は一人で50体を相手してんだ! 俺たちが怖がる道理は一つもない!」

 せめてもとみんなを鼓舞すれば息の揃った応という返事があり、火蓋は切られた。


 先手はフーディとクロエが取った。

 石や岩を魔力で持ち上げ飛ばしてぶつける。

 銀の糸が鞭のような素早い軌道を描き何体かの鬼を切断していく。

 二人の波状攻撃だ。

 一拍置いて攻撃に参加したのはカトレア。低木の枝を異常成長・操作して地面を這わせ鬼たちの足を縛り付けた。足を止められた鬼はその体に容赦なく攻撃を浴びる。振るわれる糸で首を落とされ、石のつぶてを体中に浴びて死んでいく。


 俺たちの攻撃の手はまだ増える。鬼は死ねば死ぬだけ不利が増していくのだ。数の利を無くすだけではない。死体の数だけ死霊術の餌食になるからだ。首のない鬼、顔を潰された鬼が一度はバタリと倒れるも、すぐさま起き上がって仲間たちへ襲い掛かってくる。敵側だけの攻撃だけでなく、すぐそばで死んだ仲間が敵に代わるというのはどれほどの恐怖だろうか。


 俺は思った。

 これは出番がないかも知れない、そう思った。

 後衛の魔術で討ち漏らした鬼を担当しようと思っていた。俺が前衛を張って壁になればいいと思っていたのだが……。

 「な、なんかあたしらって……」

 「ね! 強いよね! わたしたちって!」

 「ですね、これならすぐアッシュくんの加勢にも行けそうです」

 「……ヴィゴは、暇そう」

 ティントアのぼそっとした呟きに女三人がくるっと顔を向けてくる。

 「え、いや、仕方ない、よな?」

 「仕方ないですよ。この細道でヴィゴくんだけ前に出たら、たぶん巻き込みます。範囲攻撃が多いですし」

 良かった。非難されるかと思った。ティントアが吹き出して笑うのを見てようやく冗談だと分かった。意外とお茶目な奴だ。


 一方的な戦闘は揺るがず、俺たちの有利を変わらず押しつけ続けている。

 銀の糸が閃けば鮮血が散る。

 石と岩の弾が容赦なく鬼に降り注ぎそこかしこで悲鳴が上がる。

 逃げることさえ許されず足を木に捉えられれば、操られているとはいえ、最後を仲間の手によって迎えた者もいる。

 強い。圧倒的だ。そして俺はけっこう大真面目に暇を感じていた。

 最後の鬼が誰かの何かしらの攻撃を浴びて地に伏した。完勝だ。いや本当にやることがなかったな。俺ひとりだけ楽なのもそれはそれで居心地が悪かった。


 「やーい、サボり魔~」

 いたずら顔で指差してくるフーディの額をぺしっと叩いてやる。

 フーディを真似してクロエも同じことを言ってきたので平等に見舞ってやるとやたら嬉しそうに額を押さえる様が少し気持ち悪かった。

 「さあ、遊んでないでアッシュくんのところに行きますよ!」

 おっとその通りだ。

 あいつのことなので死んではいないだろうが、万が一もある。今の俺たちなら十分に加勢が出来るだけの……まあ俺はまだ未知数だが、戦力くらいにはなるだろう。



 

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