ん~……勝てると思います。

 「敵だと思うか?」

 敵、かどうかは分からないが、それらしい方向を睨んだままアッシュは言った。

 「なにを持って敵とするか、とか。敵ってなんだよ、とか。色々言いたいことはあるが」

 「馬鹿、ヴィゴ。お前のその表情見てりゃ分かるぜ。なんか敵っぽいなって思ってんだろが」


 自然、俺に皆の視線が集まった。

 「ほんとに敵なの? 敵ってなんなのって感じなんだけど……」

 フーディがいつもの不機嫌そうな口調で言ったが、どこか不安な様子は感じているようだ。


 「私は全然分かんないんだけど、確かなの?」

 「わたしも何も感じませんね」

 クロエとカトレアが似たようなことを言っている。ティントアは短く「分からない」とだけ答えた。


 俺とアッシュには他四人にない感覚の鋭さがあるらしい。

 知覚出来たのはいいが、さて、どうするか。

 「俺ちょっと行ってきていい?」

 「行ってどうするつもだよ」

 俺は思わず低い声を出していた。これまでに感じたアッシュの性格なら軽率な行動も十分あり得ると思えたからだ。

 「どうって、そりゃあ戦うよ」

 不敵に言い放つ様は自信に満ちていた。


 「アッシュ。敵と決まったわけじゃないだろ。仮に敵だったとしてだ。数は? 人なのか? 獣かも知れないし、何なら武装した山賊かも知れないんだ。こちらから姿を晒す必要はない」

 「なーにを言ってんだお前、何となく分かるだろ? なんかこうビリビリ来ないんだよ。感覚がさぁ。たぶん強い奴らじゃないと思うぜ。俺の見立てじゃ俺一人でも勝てると見たね」

 「危険を侵す必要はないって言ってんだよ。お前ひとりならいいが、俺らを巻き込むなよ」


 「じゃあ、止めてみろよ。五人がかりでもいいぜ」

 こいつ本気で言っているのか。俺とアッシュが睨み合う。いつもならもっとふざけたしまりのない顔が、口は真一文字に結ばれ、瞳の奥で火花が散るような迫力があった。


 「やめましょう、二人とも。小さな子が怖がってますよ」

 話す言葉こそ丁寧だが、声色は冷たく、怒りの色が濃く滲む声でカトレアが仲裁してくる。横目で睨むアッシュの鋭さに一歩も引かないのは意外だった。それから、いつの間にか目じりに涙を貯めていたフーディは強がりからカトレアの背を叩く。

 「怖くないわよ! アホ! カトレアはアホ!」

 「……わりぃけどさ、それぐらいで和んだりは――」

 「どうしても行きますか? アッシュくん」

 「曲げる気はねーぞ。これは無謀じゃない。敵っていうのも本気で思ってる。勝てる相手ってのも大マジでそう思ってる。どうしても止めたいなら手足の骨でもブチ折ってくれや」

 「……分かりました。五分下さい。ヴィゴくんと相談します」


 なんで俺、と思ったがクロエもフーディもアッシュの雰囲気に飲まれている。ティントアはさっきから無言だ。無関心と言うほどでもないが、意見を求めても返ってくるかは疑問だ。

 

 俺とカトレアの二人でどう対応するか話し合う。カトレアみたいな人間が居てよかった。一人でアッシュの相手をしていたら引っ張られて熱くなっていたところだ。

 二人の意見をまとめる。

 非情かも知れないが、アッシュには斥候と囮を兼任してもらう、と伝えた。


 「つまり?」

 「敵と思われる者たちの明確な位置はアッシュくんが一人先立って窺ってきてください。そしてもし戦闘になった際は一人で戦って下さい。相手が強大で死ぬかも知れないと思っても助けに期待しないで下さい」

 「いいよ。それでいいけど、それって俺が一人で行動するのと変わんないんじゃねーの?」

 「確かにそうですね、ですが、アッシュくんが言う通り本当にただの雑魚だった場合は私たちも加勢するかも知れません。それに、アッシュくんは強そうですし、ここでお別れも寂しいと思ったので、安全と今後の関係の折衷案ですね」

 「俺の邪魔しないなら何でもいいぜ、そんじゃ、とっとと行こうか」


 はっきり囮にする、と言ったわけだが、アッシュはちらりとも嫌な顔せずに頷いた。こちらの提案も内容だけ見れば大概なことを言っているが、経緯があれば当然か。有事の際にアッシュの身体能力が役に立つことは明確だが、こうも血の気が荒いと扱いに困る。


 前を行くアッシュは俺の心中など気にもせず、すいすいと進んでいく。敵の居る方向へ進んでいるのだ。確かに俺が感じられる気配も少しずつ大きくなっていくのが分かった。


 「なあ、カトレア。正味な話さ、俺だけで勝てると思う?」

 「アッシュくんだけでですか? 本当に敵かもまだ疑っているんですが」

 「いーから、答えろよ」

 「ん~……勝てると思います。私たちを転生させた魔術師も言ってましたが、私たちの強さというのはある程度は保証されている風に聞こえました。私も、私自身が普通ではないだろう、という自覚もあります」

 「だろ? つーか、それでなんで反対派なわけ」

 「あまりにも不足しています。情報がね。はたして私たちが本当に強いのか、敵は何なのか、今のこの状況だけでなく全てが不測ですよ。普通は、ひとまず村か街を目指すべきでしょう。どれほど移動すれば着けるのかも分かりません。瓦礫の山から拾えた食料じゃ二日にも満たないですし、こんな戦闘に発展するかもしれない行動を選択するのは不安要素が大きすぎますよ」

 「お前って色々考えてんだな……。何とかなるだろ。たぶん俺ら、そんな簡単に死なないと思うぜ」

 「はぁ……。そう願います」


アッシュとカトレアの会話が終わってから数分歩き、敵らしき者たちがいる場所の間近までやってきていた。周りの景色から見て、ここの路地を抜ければ広場に出るはずだ。アッシュを除き、一同は緊張の面持ちだ。

 首を軽く鳴らしてからアッシュは言った。

 「一応、確認はしてくる。何でもない無抵抗な奴は殴りたくないしな。ま、敵だろうけど。お前らその建物の中から見てろよ。ちょうど二階からならよく見えるだろ」

そんじゃ、と近所に散歩に出かけるような気軽さでアッシュは輪から外れて路地を抜けていった。


 俺達はすぐに家の裏戸から入って二階へ上る。確かにここからなら広場が一望できる。二階の壁はところどころ崩れているが、五人が身を隠しつつ様子を窺うのに窮屈はしなかった。

 広場に……居た。

 岩と石と、レンガの山、崩れた建物があるだけの広場。その中央に枯れた噴水があった。囲うようにして六体が居る。

 「石の小鬼」

 誰かがそう呟いた。あぁ、そうだ。そんな名前だ。初めて見る気がするが、ごく一般的な存在だった気がする。石で作った剣や斧を好み、ある程度の数で群れる生態のはずだ。体躯は子供ほど。小柄なフーディよりまだ小さいくらいだ。


 「どーも、こんちはー……って通じるかわかんねーけど」

 無造作に歩いてきたアッシュが挨拶をした。そこでようやく小鬼たちは気付いたらしい。人の声というよりは動物じみた声が響く。しわがれた鳥の声のような小鬼たちの声。


 「ギャアギャア喚くなよ。すげえデカイ声だな。はなし通じてる? 言葉分かるか?」

 返事はない。いや、しているのかも知れない。けたたましい威嚇が続いている。無遠慮に距離を詰めてくるアッシュに、小鬼は石の剣を手にして近寄ってきた。振り上げ、しかし振り下ろすことは敵わない。


 「戦うってことだな。そんじゃ――」

 アッシュの固く握りしめた拳が小鬼の頬をぶっ飛ばした。

 「やろうか!」


 殴られ吹き飛んだ小鬼は、ほぼ水平に3メートルは飛んだだろうか。小鬼の体がいくら痩せっぽちだと言っても30㎏はあるはずだ。それをああも殴り飛ばす膂力は尋常ではない。力の差は歴然だった。一撃を見て、小鬼たちも同じ考えに至ったらしい。武器を構え隊列を組みアッシュに向かう。


 小鬼たちは剣が二人、盾が一人、斧が一人、弓が一人の五人構成。じりじりと距離を詰めていく。アッシュはと言うと、隙だらけで手を見つめていた。殴った方の手を、殴ったままの形で、拳をまじまじと見つめているようだった。手を怪我したのだろうか。


 あからさまな隙を小鬼が見逃すことはなかった。剣の二人がつっかけて切りかかる。斬られる――その寸前でしゃがんで身をかわすアッシュ。屈んだままの姿勢で二人まとめて足払い、簡単に転倒した小鬼たちは立ち上がる間もなく蹴り転がされて気を失った。


 残り三人、盾と斧と弓。しばらくの間は膠着が続いた。小鬼たちは戦闘力の差に下手な動き方が出来ないようだ。アッシュは地面を見ていた。足先を見ているようだ。どうもさっきから違和感だ。彼の性格なら鎧袖一触、すぐさま蹴散らして自慢げにこちらへやってくると思っていた。彼にはそれが出来るだろうし、彼に似つかわしいと思えた。


 どこか気持ちが入りきらない様子だが、攻撃への対応は完璧だった。放たれた矢を最小限の動きでかわすとすぐさま走り出し弓持ちを倒すために動く。後衛を守ろうとした盾持ちをかわす動きすらなく、飛び上がり踏み台にして跳躍する。自由の利かない宙で矢が飛んできたが、それすら意に介さなかった。片手で矢を掴み、着地。そして手に持った矢を槍のようにして小鬼の喉へ突き刺した。一連の動きは鮮やかで、強力かつ高速かつ精確だ。


 もはや勝ちはあり得ないと判断した残り二人が武器すら捨てて逃げだした。アッシュは追わない。彼の足なら簡単に追いつけるだろうに。倒した小鬼を見ながら何か考え込んでいる。逃げた小鬼のバタバタした足音すら聞こえなくなり、それでもアッシュはどこかぎこちなかった。しきりに手を見つめ、手を握ったり開いたり、やはりどこか痛めたのだろうか。

 

 もう数分待って安全だと判断した俺は広場に降りてアッシュの元へ向かった。大勢が開けた場所に姿を晒すのは目立つ。目のいい敵がいた時に人数を知られるのも避けたかった。


 「アッシュ、どこか痛めたか?」

 「いや……」

 「じゃあどうした? なんか様子が変だぞ」

 「あぁ……。そっちから見てると分かんねえか」

 「やっぱり何かあったんだろ。話せよ」

 「そうだな。全員の前で話すわ。これたぶん、いや……絶対に説明しといた方がいいタイプのやつだ」


 説明? と俺は聞いたが答えは無かった。

 四人が居る廃墟の中に入る。

 カトレアがわざわざ労う言葉を手で制止させ、アッシュはこう切り出した。

 「お前らも戦え」

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