はぁ……お尻が隠れちゃったよ。

俺たちは瓦礫を漁ってなにか使えそうなものが無いか探す。


 六人での話し合いの結果、瓦礫の山から有用なものを掘り出す。服や、武器、食料があれば最高。それから崩落したここから脱出して人のいる場所に向かう、という当然な行動目的を定める。


 いまこの場はかなり険しい崖のような高さで周りを囲まれていた。元が円形の闘技場であり、天井が落ちてきて出口もなにも塞いでしまった。空の大穴に叫んでみても人気はない。常人ならここから脱出すら出来ずに飢えて死ぬだろうが、さすがに俺たちは転生者だ。それぞれが個々の力で障害を突破することすら可能だと思う。


 「ありましたよ~」

 気の抜けた声が聞こえてきた。見ればカトレアが何か布を振り回している。たぶんあれはズボンだ。ようやく見つかったか。あれはアッシュが履くためのズボンだ。

 「助かったわカトレア。真っ裸で旅立つはめになるとこだったぜ」


 全員がこの場所で発掘した服をひとます着ている。俺はボタンシャツとパンツだ。上下とも黒色で取り立てて説明する必要がない凡庸な衣服。ボタンシャツはちょっと小さすぎて肩口のところから破って捨てたので不格好な形になっている。


 クロエとカトレアは魔術師が着ていたものをそのまま拝借した。女のふたりにはちょっとサイズが大きく裾が余り気味なのがかえって可愛らしい。随分細身に作られたローブで体の輪郭がよく分かる。これはこれでありだ。いいと思う。


 フーディは体格的にそのままのローブでは裾を引きずりながら歩くことになるため、布地をかなり裁断した。切るにはクロエの銀の糸を使ったのだが、これが中々の切れ味でハサミを使ったかのように綺麗な切り口になった。素人の採寸でやったので背の低いフーディでさえかなりのミニスカートになったが、彼女は動きやすそうなので気に入ったらしい。袖の方もだぶついて邪魔なので半そでのように切ってしまった。結果、女性陣で一人だけワンピースを着ているかのようだった。


 ティントアはカーテンらしき布を巻きつけてこれでいいと言い張った。まあ、他のローブは着ている魔術師の体が傷つきすぎて血みどろなので、ただの布を巻いていたほうがマシだと思う。


 そして、アッシュの服だけが見つからなかったのだが、ようやく見つかったのだ。

 「ズボンしか見つかんねーか。もう上裸でいいかな。探すの怠くなってきた」

 「だったらいっそズボンも履かない方がいいんじゃないかな?」

 「そうだな。とはなんねーんだよ! クロエ、お前の服よこせ。あと尻を凝視するんじゃねえ」

 「嫌だよエッチ。アッシュのお尻なんて見てないよ。いま私の方なんて見えないでしょ?」

 「俺の尻にでっかいホクロあるだろ。二個並んでるやつ」

 「えー! どこどこどこ!?」

 「ほらやっぱ見てるよ! どこどこじゃねーぞ! この痴女野郎! ようやくお前の視線から逃げられるぜ」

 「はぁ……お尻が隠れちゃったよ。まぁ、まだ上があるか……」


 どこかもうお決まりとなったら二人のやり取りを冷ややかに見つつフーディが不機嫌そうに言う。

 「もういいならさっさと行こ。ここ埃っぽいし、さっさと出たい」

 一同の同意と共に上へ上がろうとした時、ふとフーディの手元が気になって俺は聞いた。


 「フーディ? それ何持ってんだ?」

 「これ? スプーン。先割れのやつ」

 「お前なんで先割れスプーン持ってんの? おこちゃまだから?」

 「アッシュうざっ。なんかよく分かんないけど、これ持ってると魔力が動かしやすい。見てて」


 ふっと小さく息を吐いて瓦礫を宙に浮かすフーディ。俺の目には別に先ほどと変わらない気がするが、カトレアには分かったらしい。

 「確かにフーディちゃんの出力が安定していますね。持ってるスプーンはたぶん、ほんとにただのスプーンだと思いますけど」

 「ほーらね。ちゃんと意味があんのよ。赤いお猿さんには分かんないかなー。というわけであたしが一番にここを出る! 一番乗りだ!」

 自分で浮かせた瓦礫に乗ってそのまま天井の大穴めがけ飛んでいく。便利そうな活用法だ。


 「馬鹿め小娘! あらゆる一番乗りは俺なんだよ!」

 精神的な幼さが似通っているのか、アッシュとフーディは何かにつけて争うことが多かった。瓦礫に乗って飛ぶ相手へどう追いつくのかと思ったら、特に何の手法もなく、普通に壁を登っていく。ただ、恐ろしく速い。登るというよりは、蹴りあがっている。地面から壁へ、壁からまた壁へ、ほとんど手を使わず登攀していく。まさしく猿のような身体能力だと思った。


 俺はというとアッシュほどではないが壁を登るのに苦労はなかった。高さに対する恐怖もそれほど感じない。


 各々が自分のやり方で壁を登っていく。

 ティントアは魔術師の死体を操って自分の体を運ばせる。

 クロエは上部に糸を引っ掛け体を引き上げた。

 カトレアは木を成長させてそれに乗って上を目指した。


 全員が外に出た。

 ようやく、世界がこの目に見える。

 空には太陽が天高く輝き、薄雲さえない晴れ渡り方だ。


 ここは、古びて捨てられた廃墟の都市のようだった。それなりの年月が経っているであろう風化の跡。立ち並ぶレンガの家々は崩れ、原型を留めていないものも多い。中世の街並みたい、と女子の誰かが呟いたが、中世というのはどういう意味だろうか。


 「さーてと、これから俺の大冒険が始まるわけだが――」

 アッシュがわざと言葉を切った。俺も少し、感じていた。


 「なんか嫌な臭いがするよな」

 同じような感覚があるらしい。俺の場合は気配を感じた。

 いったい俺たちに何が待ち受けているのだろうか。

 まだ右も左も分からない。

 出来ることならトラブルは避けて通りたい。

 そう願う。

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