六王連合

月山 朗

やっぱ見てんじゃねえかよ!!

目のくらむ白い光に包まれたと思ったら、俺はここに居た。


 巨大な空間、薄暗いが闘技場だということが分かる。古ぼけてはいるが、いつかの時代は賑わっていたと思わせるほど大きくて立派な闘技施設だ。


俺は、誰だろうか。

 自分の名前は分かる。ヴィゴ。苗字は分からない。ないのかも知れない。

 なぜここにいるのかは辺りを見回せば予想がついた。

 客の一人も居ない観客席がここは廃墟だと教えてくれる。客が試合を見下ろせるように闘技場の舞台を囲うような作りだった。


 舞台の中央には幾何学模様が描かれている。薄闇でほのかに光る模様の陣形。知識としては知っている。魔法陣というやつだ。なにか大昔に見たような気はしたが、はっきりとしたことは言えない。魔法陣の仕組みまでは分からないが、何をしでかす代物かは分かった。呼ぶための使われ方だ。そして、自分が呼ばれたのだと思う。


 「おい、なんだこれ。なんだお前ら」

 声を聴いただけでなんとなく性格が分かるような気がした。いま話したやつは気が荒そうなやつだと思う。見た感じ俺と同じで召喚された口だろう。


 俺と同じように裸で、中心の魔法陣に繋がれた小さな円の中に立っていた。繋がれた小さな円は俺を含めて六つあった。


 召喚されたと思わしき人間は六人。全員が裸。薄闇の中でも俺の目にははっきりと顔まで確認できた。大層な美男美女だ。男の顔は一瞥程度に留め、ごく当然だが女の方ばかり見ていた。特に黒髪の女の裸体は神が測って作ったかのように美しかった。


 性欲より先に美の感性が反応したほどだ。

 俺の視線に気づいたらしい女は手で局部を隠す。恥じらいに顔を赤くする様は可愛らしいと思えたが、意外だった。良く整った美人だがどこか冷たさを思わせる顔からは人らしさを感じなかったのだ。年の頃は俺とそう変わらないくらいか。思ったよりも人間臭い奴らしい。


 右を見る。

 「何なんだよ、おい、誰かなんか言えよ」

 さっきから素っ裸を隠しもせず堂々としたまま男が言う。こいつも俺と変わらないくらいの年かな。無駄をそぎ落としたような鋼を思わる肉体美だった。派手な顔。赤い短髪は前髪から跳ね上がり、彼の口調の強さともよく似合っていた。


 赤髪の左、長い金髪をした女が……男か。一物さえなければ女で通るような男がぼおっと突っ立っていた。女顔、という程度では済まないほど美人な顔をした男だ。混じり気のない艶やかな金の長髪がまた性別を疑わせる。

 六者六様に驚きや伺いの表情を見せるのが普通の反応だろうが、彼一人だけは無関心なのかただ事態を眺めているような無気力さがあった。これ以上観察しても意味がなさそうなので次。


 小柄な女。

 女というよりは少女と呼びたくなる。俺より二つ三つは下だと思う。

 少し釣り目がちで、小さな体躯から小動物を連想する。事態が飲み込めないのだろう。見るからに落ち着かなさそうに手をそわそわとさせている。長さも量もある金髪がちょうど秘所を隠している。黒髪の女と比べれば肩身が狭いだろうが、控えめな発育をしていた。


 「あの、これはいったい何でしょうか」

 灰色の髪の美人が声を発した。声音から連想する人柄は赤髪より取っ付きやすそうだ。黒髪ほどではないが理想的な体をしている。柔和な顔立ちもあって話しやすそうだ。俺と同じで事態の観察に努めているらしかった。少なくとも馬鹿には見えない。

 「聞いてくれ! 転生した古代の王たちよ。我々は大いなる目的のため貴方達を呼んだ」

 魔術師らしい出で立ちの男が声を張り上げる。目深にかぶったフードのせいで口元しか確認できないが、二十はいかないくらいだろうか。


 「その目的とは人類の間引きをすることだ。人は増えすぎた! 土地は限られ、実りの恵みも生れば生るほどに摘まれてゆく。際限がないのだ。溢れかえる人々はやがて争いにまで発展し、他種族のたくわえを当てに戦争が起こるだろう。生きるために殺し合うとは皮肉なことだ。どうせ血が流れるなら我々が代行する。これは凶行だとののしられるだろう。だが、過ぎ去っていく日のいつしか、誰かがこう口にする。この方法しかなかったのだと、血の覚悟を持った英断だったと言うだろう」

 どこか酔いしれた雰囲気で男は続ける。


 「貴方達の力と、かつての栄華に心からの敬意を送る。輝かしくも荒々しい時代、神と人の間がまだ近かった頃、貴方達は確かに王であった。六人の王のそれぞれの国は、そのほとんどが王自らの手によって滅んだが、全てが消え去ったわけではない! 現に、今ここに希代の王たちは復活を遂げたのだ!」


 ……かつての王? 俺は王だったのか? この話だけでは、いまいち世界情勢は伺い知れない。


 この男が気狂いの性質かも知れない。まともな人間なら人を殺して数を減らす発想を実行しようとは思わない。喋っていた男の他にもフードをかぶった男たちは何人もいる。秘密組織と言っていいのだろう。廃墟のような地下施設を改造し、終末的な思想を掲げ、そして我々六人を転生させた狂信的な一団だ。彼らの考えを世に知らしめる道具となる未来が脳裏に浮かぶ。


 「レントラ様。計器が異常値を記録しています。一旦止めますか?」

 「いくつほどだ?」

 「いま話している間だけで赤色域へ入りそうです」

 「くそ、やはり安定とは程遠い……。予想値の倍は出ているか……。しかし、ようやくなのだ。王の力も、扱うための入れ物も出来た。素体は申し分ない評価が下っているが、技の積み上げまでは終わっていない……。既に計り知れない領域だが、まだ完成はしておらん」

 「では、すぐ始めますか?」

 「ああ、急げ! このまま赤色域を保てるなら半数は仕上がるはすだ」


 フードの奴らの協議をかき消したのは赤髪の男の苛立つ声だった。

 「おい! いつまでぶつくさ喋ってんだ。なんかよくわかんねーけど説明しろや」

 それほど大声ではなかったが声には力があった。誰でも気圧されるような迫力。赤髪の苛立ちが空気を伝って緊張感を生むかのようだった。


 「っ! レントラ様! 主計器が赤色域を超えました! このままでは――」

 「今のでか!? くそ、待て! 鉄拳の王よ。心を落ち着かせてくれ! 今は――」


 爆発だと思う。

 突然のことで定かではなかったが、どこか一か所の空気が破裂し、振動と衝撃が空間を暴れ回った。暗闇の中で血が舞うのを見た。誰が見ても死を連想させられる。

 俺はすぐさま身の安全のために努めた。飛んでくる何かの破片を避け、いなし、かわし、天井は崩れ、俺の倍ほどある瓦礫を受け止め、ちょうどいいので盾として頭上に掲げて凌いだ。


 轟音は止み、天井の端がこれで最後と一かけらだけ零れ落ちた。騒ぎは止んだらしい。生き残りはまぁ、俺だけだろう。あれだけの大崩落、一撃で下敷き、あの世行きだ。運が良くても虫の息か。いやいっそ楽に死ねずに運が悪いということになる。自分がこれだけ動けることに驚いた。腕力、判断力、最も驚いたのはこの敏捷性だ。落ちてくる瓦礫を蹴って安全地帯へ滑りこむ芸当には、何か自分ではない誰かの力のようにも思えた。王の力というやつなのか……。


 落ちた天井の穴には青空が広がっていた。埃の舞う瓦礫の山を、射し込んだ日光が照らす。徐々に辺りが見えてきた。凄惨だ。血がこびりついた瓦礫の一部はあまり直視したくない。


 「びびった……。マジ死ぬかと思ったわ」

 ゴン! 大きな音がして俺の担いでいた瓦礫の更にもう一回りは大きい塊を降ろし、赤髪がふっと息を吐いた。もし生きているなら彼ぐらいのものだと思った。


 「おー。すげえ。お前も生きてたのか。やるじゃん。どうやったんだよ」

 馴れ馴れしいな。まあ、いいが。

 「……瓦礫を掲げて盾にした」

 「やっぱそれしかねーよな。他の奴らはどうかねぇ? 俺らみたいに力がありそうには見えなかったぜ」


 見渡していると地面が盛り上がった。瓦礫がひとりでに動いている。山が崩れるような自然な動き方ではなかった。見えない何かの力が働いているとしか思えない。

 「……死ぬかとおもった……あたし生きてる……」

 小柄な少女だった。瓦礫を動かしているのは彼女の力らしい。指を一振りすると辺りの瓦礫がごろごろと転がっていく。


 「え、おまえ何それ? 魔術的なもん?」

 「え、わかんない。手からこう、魔力で操作したっていうか、あんた誰?」

 「は? いやお前こそ誰っていうか、とりあえず俺アッシュって名前」

 「……あっそ。あたしはフーディ……自己紹介って意味あんのかな、これ」

 「俺はヴィゴ」


 一応、俺も名乗っておく。妙な間の自己紹介だ。生き残ったのは三人だろうか。奇妙な時間が流れる中、静けさを破ったのはまた転生者だった。

 瓦礫の山から五・六人がどさっと現れた。多いな。というか、その怪我で動けるのか、頭の中身がほとんど出ている奴までいる。ほんとに生きているのだろうか、目は虚ろ、機械的な動きをしていたかと思えば急にこと切れたかのように倒れ込んだ。


 「びっくりした。本当に。良かった。助かった……」

 あの女男だ。血だらけだが痛そうにはしていない。転がる死体の血がついたのだろう。

 「わー、お前グロいね。死体がクッションになった感じ? 運いいじゃん」

 「……俺はティントア。そばに死体があったから、使った」


 言うが早いか女男は実践して見せる。転がる死体に手をかざすと死体がむくりと起き上がる。動いてはいるが確かに死体だ。こんなひしゃげた足で立つのは不可能だろう。

 「あたし知ってる。死霊術でしょ。こわっ」

 「死霊術? 初めて見た。マジで猟奇的過ぎんだろ。夢に出そうだわ」

 何だかこの分だと全員……。俺の予感は的中する。同じタイミングで黒髪の女と灰色髪の女が瓦礫の隙間から顔を出した。


 「すげえな全員生きてんのかよ。そんで、お前らの力は?」

 「え、えーっと糸だけど……」

 瓦礫の向こうから顔だけ出して黒髪の女が答えた。

 「たぶん、陣の霊媒物に使ってたんだと思う。銀の糸……あ、わたしはクロエ」

 「糸? 糸なんかでどうにかなんのかよ」

 「えっと、こんな感じで」


 手首を素早く曲げると弓の弦が引かれるような音が鳴った。目を凝らすと銀の筋が何本も宙にある。糸の結界を作って防御したのだろう。手の中には銀色の糸玉があった。


 そして最後の一人が自己紹介を始めた。顔によく合う柔らかな声だ。

 「私はカトレアと言います。緑生(りょくせい)魔術が得意みたいですね」

 聞きなれない魔術だ。瓦礫の中から異常な速度で木が育ってきたのを見てだいたい納得する。あの成長させた木の幹を盾としたわけだ。


 結局、生き残りは六人だった。

 赤髪の血の気が多そうな男はアッシュ。派手な顔立ち、声がでかくて態度もでかい。長い金髪の女男は死霊術を扱えるティントア。無口でどこか神秘的な雰囲気だ。

 同じく金髪の少女は、物体操作の魔術を使うフーディ。少しつり目で気が強そうだ。黒髪で銀の糸を使う女はクロエ。冷徹な美人に見えるが。喋ってみると印象が変わる。柔和な雰囲気の女は緑生魔術師のカトレア。外見とは逆に落ち着いた空気がある。そして俺、ヴィゴ。ちなみに癖のある茶髪だ。性格は、なんだろうか。普通だと思う。


 「そんで、どうする?」

 アッシュが皆の意見を代表する。

 そう、どうするかだ。どうしたら良いかすら分からない。

 「まあ、ひとまずは服が欲しいですね……」

 瓦礫の陰からカトレアが言う。こくこくと頷くクロエ。フーディはと言うと今ようやく気付いたらしい。あわてて隠してその場にしゃがみ込む。

 「ぬぁっ! あっ! あたし裸! なに見てやがる! 見るなお前ら!」

 「お前の未熟な膨らみかけなんか誰も見ねーよ」

 「うそつけ! お前そんな真っ赤な髪して何言ってんだ! このケダモノ面が! お前みたいなのが絶対一番変態だってあたしは知ってんだぞ!」

 「ちょっ、ちょっと待って、喧嘩してる場合じゃないよ」


 止めようとしたのは黒髪のクロエだ。そうそう、とりあえず騒いでも何にもならないんだから……。なんだ? クロエの視線が一点を凝視している。喧嘩の仲裁にその食い入るような眼はなんだ? 視線の先は……。


 「おいお前! クロエとか言ったか! さっきから俺の●●●を凝視してんじゃねえ! さすがに恥ずかしいわ!」

 「え! そんな! 見てないよ」

 「いや見てんじゃねーか! 今も! ほら! 見てるって、めっちゃ見てんじゃねーか! ほら! 俺いま反復横跳びしてんだぞ! がっつり追ってるじゃねえか!」

 「あっ、ちょっ、ちゃんと見えな――」

 「やっぱ見てんじゃねえかよ!!」


 誰かが吹き出して笑う声がした。見ればティントアだった。よほど受けたのかほとんど膝をつきそうなほどに笑っている。正直、確かに俺も笑い出しそうだった。それは俺に限らず全員だったようだ。ティントアが笑って震える声で一言こう言った。


 対象物を指さす。

 「ゆ……揺れてる……」

 アッシュの高速の反復横跳びで残像を描くほどに揺れるソレが指さされている。

 思わず俺も、というより全員が吹き出した。

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