第5話幸せの黄色いハンカチ

 あたしは、今、門田が纏めた筈木篤郎に関するレポートに目を通している。塔子と出会う前の篤郎は、美沙子とごく普通の恋をして、ごく普通にデートを重ねてきたようだ。あまりにごく普通なので読んでて退屈してしまった。


 もっと読者のことを考えて、面白いエピソードをつくれなかったのだろうか。ふたりでバンジージャンプデートとか、豪華客船の舳先で「世界は僕らのものだ」とか、空港で「助けてください」とか、叫んでくれればいいのにと思ったが、余計なお世話ではあるので、とりあえず読み飛ばした。 

 

 やはり面白いのは塔子と出逢ってからなのだが、一点のみ興味深いところがあった。筈木は塔子と付き合い始めた頃から、ゼミを変えているのだ。


 筈木の大学は、そこそこ名のある国立大だ。特に理学部の是枝孝教授は世界の奇跡という奇跡を物理学の法則で解き明かす、都市伝説バスターとしてテレビでも引っ張りだこのスター教授。マスコミや私立の研究所、企業とのパイプも太い。彼のゼミに入れば就職安泰だというのも納得だ。


 しかし、そんな美味しい話に裏がないわけがない。是枝ゼミに入るにはかなりの裏金が必要らしい、というか、もう決定的に必要なのだ。だが門田が調べた筈木家の収入は800万円弱、篤郎のしたに今年、短大に進む妹もいるので、是枝ゼミの年間裏金200万円を調達するのは、かなりキツイ。


 そんななか出逢ったのが塔子である。もちろん筈木は、金目当てで塔子と付き合ったわけではない。塔子に骨抜きにされメロメロになったのは事実だ。多分、柳葉家の方が娘婿に箔をつけるため、是枝ゼミに入れたのだ。


 そんな我世の春状態の篤郎が何ゆえ、年収600万円弱の美沙子とよりをもどしたのか謎。だあたしは門田が数万円ずつ握らせて集めた、篤郎の友人たちのインタビューを再生した。


 こういうのは音声だけで充分なのだが、門田は、私が退屈しないようにわざわざVTRにまとめ、音声を変換したり、顔にモザイクをつけてくれていた。グッジョブ門田!


「篤郎が、美沙子ちゃんから塔子ちゃんに乗り換えたとき、俺らマジ、驚いたんだよね。篤郎、美沙子ちゃんからコクられた時、スゲー喜んで、こんな俺にも春がきたって」


「あー、篤郎って顔は良いし、いいやつだけど、とてつもなく残念なやつでさ。デートなんか、ネットで検索するのは良いんだけど、そこに書いてある惹句そのままでしゃべるんだよ。」


「そうそう。それで周りの女の子からは人気なかったよな」


「例えば旅行にいくじゃん。もう旅行雑誌かバスガイドさんかって感じ。このホテルは創業70年で地元の人の隠れ家的なホテルなんだとか、博多どんたく港祭りは、日本一の人出なんだよ、とか、知識をひけらかすポイントが変でさ。美沙子ちゃんよく耐えてるなーって思ってたら塔子ちゃんだろ」


「人にはモテ期って本当にあるんだなぁってみんないってたもんな」


 うーん、塔子は、いつも、あっくんのことを、すごい秀才みたいに言ってたけどな。マジ、残念な男じゃん。何で塔子、あっくん好きになったんだろ。


 フツーだったら、捨ててるレベルなのになぁ。金もない、リテラシーはどぼん、顔も竹内涼真に見えないこともないけど、本人じゃないしなぁ。美沙子も塔子もどこが良かったんだろう。


 あたしは、門田のレポートを見ながら、恋の恐ろしさ知った。男の重箱の隅のギリギリまでつつき回す塔子が、篤郎に対してのみノーガード。でもこの男じゃ塔子の望む「第一線」を駆け抜けるのは無理だろう。


 思うに塔子は美沙子の彼だった頃の篤郎が好きだったのではないか。自分から好きになった初めての男だから、スカを掴んだことを認めたくなかった。だから高い金をつぎ込み篤郎の未来にてこ入れした。うーん読めてきた、読めてきた。やっぱ、塔子って面白いなぁ。


 でも、篤郎は何で塔子を裏切るかなぁ。残念な自分に肩入れしてくれるパトロエンヌなのになぁ。ふとあたしの頭に、篤郎が塔子のお見合い癖を知っていたらという考えがよぎった。


 誰かが篤郎に塔子がお見合いをし続けていると、チクったら。残念な篤郎くんだって、怒るに決まっている。復讐心から美沙子とよりをもどそうとしたのかもしれない。

 

 それとも、塔子が頑なに清いお付き合いを通していたのも彼には理解できなかったのだろう。門田のレポートによれば篤郎は美沙子と再び付き合うと、その日のうちに、シティホテルに直行している。


 あたしは今度は美沙子の友人の証言を再生してみた。声も変えてあってモザイクがかかってはいるが、その女は美沙子の親友の佐和子だ。彼女も門田から金を握らされたのか、けっこう赤裸々に細部に至るまで喋ってくれている。


「筈木さんと美沙子が付き合ってるのは事実です。時期は筈木さんと塔子が婚約してしばらくした頃ですよ。あたし見ちゃったんです。七海ホテルで塔子がお見合いしてるところ」


 七海ホテルのお見合いは、IT関連の社長が相手で、確か12回目のヤツだと思う。そいつは塔子のことを、メチャクチャ気に入って、塔子がラストデートで

「私、あなたに思っていただけるような人間じゃありません」とか、珍しく真実を告げて振った男だ。


 その男はもう塔子にぞっこんで、振られたというのにヴァンクリーフ&アーペールのネックレスとイヤリングを「二人の出逢いの記念に」とかいって贈ってきた。これにはさすがの塔子も退きまくり、薄気味悪いとか言っていたんだっけ。それであたしも塔子にも温かい血が流れているんだと思ったのだった。

 

 それでも次のお見合いの時、塔子はそのネックレスをつけていけしゃあしゃあと参戦。母からゆずりうけたんですとかいって、自分の家の格付けアップに利用していた。


「美沙子から婚約秒読みだった筈木さんを奪っていながら、彼をキープにして結婚相手を血眼になって探し続ける塔子が許せなかったんです」


 なんて真っ当な主張だろうか。佐和子は正しい、塔子の親友のあたしでも弁護のしようがないくらい正しい。


「それで、あたし、筈木さんを呼び出して七海ホテルで見たこと全部打ち明けたんです。最初でこそ筈木さん、あたしのこと信じなかったんですけど。あたし、七海ホテルの中庭で談笑する二人をスマホで撮影していて、それを突きつけたら、現実を受け入れてくれました」

 

 どうやら佐和子は親友のために、自分のお見合いを棒に振ったらしい。


「二年間ですよ。美沙子が失恋して!その間、男性不信になった美沙子は、心の傷を抱えたまま、ずっと泣いていたんですよ!あんなくそ面白くもない男のために。だから、あんなお見合いジャンキーみたいな女と別れて、心から、あんたのこと愛してる女の子を大切にしたらって言ったやったんです」


 私もその方が筈木篤郎には合っていると思う。所詮小市民の篤郎には、塔子のような女は、手に余るのだ。


「そしたら、筈木さん、すごいうなだれて、美沙子と会いたいって言ったんです。どの面さげてとは思いましたが、筈木さんは言ったんです。美沙子さえ許してくれるならやり直したいって、でも自信がないから、もし許してくれるなら、美沙子のアパートの窓に黄色いハンカチを提げて欲しいって」


 筈木、お前ほんとうにベタ中のベタだな。山田洋次監督の幸せの黄色いハンカチのまんまじゃないか。あたしはこの男に惚れた美沙子にも塔子にも、ダメンズ大賞を贈ってやりたいと思った。奪い合う男のレベルが低すぎる。


「そこから先は、説明する必要はないとおもいます。美沙子は、窓辺に50枚もの黄色いハンカチを提げて、二人はよりをもどしたんです」


 なんかもう、筈木も美沙子もバカなんじゃないかと、あたしは思った。すごい似合いの二人だ。塔子、あんたにはもっと腹黒くて冷血な男が似合う。こんな頭がお花畑の二人は放っておいて、もっと獣道を歩んで欲しい。


 そんなことを考えながら、あたしは、塔子がお見合いに依存するのは、「こいつじゃダメだ」と、潜在意識が警報を発信しているからだろうと推測した。ほんとにどいつもこいつも、難儀なヤツばっかり。

  

 でも、それを喜んで見ているあたしが、一番、難儀なのかもしれない。

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お見合いアデイクション 黒江キリコ @nekoroiro865

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