第4話おかしな二人
筈木篤郎はあたしの親友、柳葉塔子の恋人。彼女と彼は、最近、婚約したばかりだ。彼らは塔子がまだ、白薔薇学院の花と称された学生時代に出会い、恋に墜ちた。その後、順調に愛情を育み、両家の顔会わせも無事に済ませて、今にいたる。
でも、あたしは知っている。彼らの美しい愛の歴史の影には、幾人もの人々が流した苦渋の涙をがあることを。
その最初の犠牲者が筈木の元恋人の美沙子だ。彼女もまた、筈木と順調な恋愛を育んでいたのだが、塔子の巧みな横やりによって、いつの間にか仲良し3人組という不自然な友情関係に引きずり込まれ、あれよあれよという間に筈木を奪い取られていた。
塔子という女は、自分の人生を思い通りに生きるためなら、手段を選ばないサイコパス。筈木を美沙子から奪い取っておきながら、その後も、「より条件のよい男」をゲットするために、お見合いに励んでいるのだ。
塔子のモットーは「楽しい今より、充実した未来」。今の状況に甘んじることなく、さらなる高みを目指すのが彼女の生き方だ。なんかオリンピックを目指すアスリートのようだが、真実なのだから仕方がない。
今だって、塔子はあたしを巻き添えにして、婚活パーティーに参加している。婚約者がいるくせに。あたしは、そういう塔子のハングリーかつ、冷血なところが面白いので、ついつい中学生の頃から彼女の親友を続けている。
「ひーちゃん、今日は不漁だわ。お医者様と弁護士さんのパーティーだって言うから、気合い入れてきたのに、お金以外のスペックであっくん越え物件ってたった1人だもの。やっぱり婚活パーティにはお見合いほどのトキメキはないわね」
「いいじゃない。あっくんがいるんだから。そんなにガツガツしなきても」
「ガツガツってお下品よ、ひーちゃん。あら、大変!あの人気分が悪いみたい!あたしちょっと行ってくるわ」
塔子が、かけつけた先に目やると、キューピーを巨大化させて老けさせたようなおっさんが胸をおさえて苦しんでいる。
「大丈夫ですか?」
塔子はその人の背中を撫でながら言った。
「だれかお願い、救急車呼んで」
あたしがスマホを取り出したとき、一人の背の高い男が塔子に、というかキューピーおじさんに近づいて言った。
「ニトロはどこですか?」
キューピーは苦しそうに、自分のスーツの胸ポケットを震える指でさす。背の高い男は、動揺しているスタッフを尻目に、キューピーの胸ポケットを探ると、ピルケースにはいった錠剤を取り出し、キューピーの口にそっといれた。
薬を飲んで、しばらくするとキューピーは、ほっと息を吐き出した。そしてその間塔子は、キューピーのせなかをさすり続けていたのだが、彼の呼吸が安定すると、そっと手を離した。
「ありがとうございます。私は菅原と言います。あなたが気付いてくれなかったら、僕は死んでいたかもしれない」
「そうですよ。これだけ女性がいたにも関わらず、彼女だけが、あなたの異変に気づいた」
「いえ、パーティに少し疲れて、皆さんの様子を眺めてたんです」
「失礼ですが、あなたのような方が、どうして、婚活パーティなんかに?」
「あ、私は、恋人がいるんですけど、友人がフリーで、恋人が欲しいって参加を決めたらしくて…、どうしても一緒に来て欲しいって頼まれて、彼女内気だから、付き添いで参加したんです。ちょっと失礼だったかしら、みなさんに」
あたしは心底、塔子を恨んだ。誰が内気で、誰が結婚相手を探してる?あたしは、はじめて塔子のサイコパスっぷりに激怒した。今まで塔子が提供してくれていた恋愛エンタテインメイトを楽しみすぎた罰が、今日、くだったのだろうか。
「その内気なお嬢さんとはどちらのお嬢さんかな?」
塔子はいつの間にかあたしの背後ににじりよると、肩にてを添え、あのひまわりスマイルで彼を見ていた。男はこれほど在るのかと思える上から目線であたしを見下げていった。
「君もう少し周りをみる余裕を培った方がいい。優しい気持ちもね。こんなに近くにいいお手本があるんだからね。そうすればこんな婚活パーティにも、来なくていいんだよ」
「ちょっとそれは失礼ですわ」
塔子は、それはそれは手垢のついた、凛とした怒りの表情をつくると、彼に断固とした口調でもの申した。男は少し目を見開くと、やがて暖かな微笑へと表情筋を緩ませた。
「僕にお小言をくれたのは母以来ですよ。僕も内気な友人の付き添いでここに来たんですが、来てみるもんだと思いましたよ、恋人がいるのが難点だが、素敵な女性にあえた」
「困ります、そんなこと仰っても」
困惑の表情に微かなはにかみを添えた塔子は一段と美しかった。男は名刺をとりだして塔子に渡すと、
「もし、恋人くんが君に、不義理な事をしたら、一番に僕に連絡を下さい。旨い飯でも食いましょう」といって会場から出ていった。
お前ら、ハーレクインロマンスでも、愛読してるんか?その臭すぎる、それでいて人の心を引き裂くナルキッソスな言動は何だ。あまりのことに、周りだってざわついている。塔子につき合って婚活パーティに参加するのは、金輪際無しだ。あたしは心に強く刻み込んだ。
どっとしらけた婚活会場では、あたしと塔子に痛いぐらいの視線が集まり、さすがの塔子も居心地が悪かったらしく、というか、多分、あっくん越えした唯一の男の名刺をゲットしたからか、塔子はあたしに言った。
「ひーちゃん、もう帰らない?何だか疲れちゃった」
それはこっちのセリフだと思いつつ、あたしはダンマリを決め込んだ。今なら分かる。美沙子の気持ちも、稲葉明宏の恐怖も、そして合コンをめちゃくちゃにされたみんなの悲しみも。
パーティ会場を後にした、塔子とあたしは、千疋屋でパフェを食べていた。塔子は苺パフェ、あたしは投げやりな気分でマスクメロンパフェを2個頼んだ。ウエイトレスさんは、一瞬動揺したようだが、さすがプロ。営業スマイルを残してカウンターへ向かって行った。
「ねー、ひーちゃん、まだ怒ってるの?あたしは、人助けをしただけじゃない。確かにさー、ひーちゃんが男の人を探してるって嘘はついたけどぉー。誰ともとつきあってないの事実じゃない。あたしが婚活パーティにひーちゃんを誘うのひーちゃんにもいい人がいればって思ってのことなのよ」
すごい理屈もあったものだと思いながらあたしは、何気なく、窓の外を見やった。そこには、黒いお揃いのマスクとサングラスで変装した気でいるあっくんと美沙子の姿があった。
えっとう。美沙子とあっくんは、確か2年前に関係が終了して、今は塔子とご婚約中のはずではなかったか。あたしはさっきまでの怒りをすっかり忘れて塔子に尋ねてみた。
「ねぇ、塔子ぉ、あんた、最近、あっくんといつデートしたぁ?」
「2か月前かしら」
「2か月って、そうとう昔じゃん!つき合ってって変だとは思わないの?」
「だって、あっくん、研究で忙しいからって。それに毎日、テレビ電話では話してるし。特に変な感じはしないけど」
あたしは、あっくんと美沙子らしき、おかしな二人組については、自分の胸にしまっておこうと決めた。今言っても、プライドの高い塔子のことだから、多分、ほんきにはしないだろう。だからこそ証拠固めが必要なのだ。
篤郎に裏切られているという事実は塔子のプライドを粉々にするかもしれない。何せ人の彼氏を奪ったことはあっても奪われたことは一度もない塔子だ。付き合った相手を振ったことはあっても振られたことの無い塔子が、この危機をいかに乗り越えていくのか、あたしは塔子の親友として最高の、茶番劇を見ることができるのだ。これこそまさに特権!
あたしはお手洗いにいくふりをして、我が家の執事である門田に電話をいれた。塔子は私の家をフツーのサラリーマン家族だと思っているのだが、おお外れ。御一新の時代から華族として栄華を極めた御子柴家があたしのお母さんの実家で、父方は軍事産業にも携わるグループ会社70社を要する草下グループだ。
あたしは門田に言った。
「筈木篤郎と磯部美沙子について、徹底的に調べあげて。あと小阪庸介についても調べあげて」
門田は聞き心地のよいバストーンで、「仰せの通りに」と言った。
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