第2話今日はあの子のお見合い記念日です。

 あたしこと、草下ひよ子と柳葉塔子は、中学校から短大まで続くお嬢学校の同級生だ。


 塔子という女は、自分が男受けするためなら、あらゆる女子を敵にまわしても屁とも思わない唯我独尊のサイコパス。

 

 彼女が同級生の彼氏だった筈木篤郎を奪った話は、私らの通う白薔薇女学院では、噂を通り越して伝説へと昇華しつつあった。たった1か月前の出来事なのに、である。


 緻密に計算された三角関係の構築からの鮮やかな略奪愛。しかも、男受けする清楚さを汚すことなくそれらを行う塔子のやり口は、白薔薇女学院のほぼ全員を震えあがらせた。


 その全てを傍観していたあたしにとっては、最高の茶番劇だったが、篤郎を落としたことで、塔子は色恋沙汰からは卒業してしまうのではないかという懸念もあった。


 なんたって筈木篤郎は、顔もよければスタイルも抜群。難関国立大の理学部に席をおくピカピカのおつむをお持ちなのだ。

 いくらなんでも塔子もさすがにここで年貢を納めるとあたしもまわりの女子も思っていた。

 

 ところが塔子はカフェテリアでケーキをパクつきながらあたしにとんでもないことをいってのけたのである。


「ひーちゃん、あたし来週お見合いするの」



 あたしは、食べかけていたビッグマロンパフェの栗を落っことしてしまった。何を言い出すんだこの女。塔子の顔を見ながら言葉を失った。


「パパの会社の社長の甥っ子で、顔も頭も、あっくんには劣るけど、会ってみるのもいいかと思って」


「あんた、美沙子のあっくん取り上げたばっかりじゃん」


「しょうがないのよ。ウチのパパ、重役でしょ。断りきれないのよね。ひーちゃんみたいなフツーの家の子には分かんないだろうけど」


「でも、お見合い自体断れないんなら、気に入られたらどうすんの?もっと断れないじゃんよ」


 すると塔子は鼻で笑ってこう言った。


「ひーちゃん、ご立派すぎてって言葉知ってる?スッゴい便利な言葉よ」


 もちろん、あたしもその言葉は知っていた。だが親の会社のトップのご親戚から、是非にと所望されたら、ぐうの音も出まいと思うのだが、塔子の世界観には不可能とか忖度というワードはないらしい。

 

 塔子はピーチケーキをきれいにフォークで切り分けると悪びれなくいってのけたのである。


「育ちの違いを思い知らせてやるのよ。例えばフカヒレのスープが出てくるとするじゃない。満面の笑顔で言ってやるの。このスープ春雨が一杯でおいしいですねって。すると相手はおもうのよ、この子は良くできた子だけど、息子の嫁は務まるまいって。それでも相手が押してくるようだったら、泣き落としよ。あたし、あなたに恥をかかせるのは嫌です。だから結婚できませんって」


 確かに塔子のいう通りではある。このプライドのかたまりが、自虐まで駆使するとは思ってもみなかった。人生は日々勉強なのだ。


「でも、相手があっくんを越えてたらどうするの?」


 あたしが興味津々で尋ねると、塔子はゆったりと紅茶をのんで言った。


「あたし、マナースクールにかよってるのよ。英会話スクールにだって通ってるし、上流階級の常識ぐらい心得てるわよ」


 あたしは、皆までたずねなかった。こいつは、すざまじい努力で取っ捕まえた筈木篤郎でさえも捨てる気なのだ。顔、スタイル、頭脳、金、その全てで凌駕する逸材が現れれば、すぐにでも。


 腐女子のあたしにとって、恋愛は次元を越えた純愛だが、塔子にとっては、その後の人生を左右する実戦なのだ。


 決戦は金曜日という古いドリカムの歌があるが、塔子の初のお見合いの日も金曜日だった。 



 あー今ごろ塔子は、お見合い用に買って貰ったという総絞りの赤いお振り袖を着て、社長の甥っ子と和やかなご歓談の最中なのだな、とぼんやり空想の世界に没頭していると、突然、背後から、洞窟を風が吹き抜けるような暗く、寒々しい声が聞こえた。


「ひよ子ぉぉぉぉっ」

  

 塔子にあっくんを取られた美沙子だった。美沙子は化粧もしない素っぴんで、髪もろくにとかしていない、病的な姿で、あたしの前に姿を現した。


 そうだ。塔子の見合い話ですっかり昔の話になってしまった感のある、あっくん略奪劇だが、美沙子にとっては、まだまだ生々しい、苦悩に満ちた現実なのだ。あたしは、そこに想い至らなかった自分を恥じた。


「あんた、本当は、塔子が篤郎を狙ってたの知ってたんじゃないの?」


 うん、知ってた、といえないあたしは、首をよこにふった。


「塔子も苦しんだんだと思うよ。友達の彼氏から告白されて、何度も、美沙子がいるからって断ったっていうじゃない。それにさ、裏切ったのは筈木さんの方だし、気持ち切り替えて、もっといい男探しなよ」


 美沙子は、今にも泣き出しそうな顔をしたと思ったら、あたしの右のほほをひっぱたいて、叫んだ。


「そんなの嘘よ。あんた塔子しか友達いないじゃないの!腹黒い同士で、つるんでさ。面白がってるんでしょう!男とられて苦しんでるあたしのこと。いまにあんただって、塔子にひどい目に遇わされるんだから!」


 あたしは、おもいっきりはたかれた自分の頬を撫でながら、塔子の友達だというだけで加えられる理不尽な暴力に怯えた。


「あんたなんか、塔子の引き立て役でしかないんだから」


 美沙子は、あたしと塔子の友情の全てを丸っと言い当てた。そしてまた手をあげようとするところで、美沙子の親友の佐和子が、その手を止めた。


「そこまで酷い事、ひよ子に言ってもしかたないじゃん。ひよ子が筈木さんとった訳じゃないし、この子が止めたところで、塔子、いうこと聞かないよ。これってただの八つ当たりだよ」


 親友の一言で我に戻った美沙子は、泣きじゃくりながら、ごめん、といった。あたしは大丈夫だよと小声で答え、塔子の親友であることの理不尽にため息をついた。


 佐和子に肩を抱かれて去っていく美沙子の後ろ姿は、痛々しく、新しい彼氏をつくることなどできないのではと思えた。


 そこまで美沙子を傷つけておいて、塔子は筈木をキープしつつ、別の男とお見合いをしているのだ。本当に世の中どうかしている。けれど、あたしには塔子が泣きを見るところなど想像もできなかった。


 人生、上手くやっていく奴はとことん上手くやっていくのだ。数々の罪のない人々を踏んづけながら。そして、そんな塔子の生きざまを面白いと思ってしまうあたしも人でなしなのかもしれない。


 塔子の友人であることのキツさに珍しく心おれたあたしは、その夜はとっとと眠ることにした。心地よい眠りのなかをさまよっていると、ふいに松田聖子の赤いスイートピーが鳴り響いた。


 あたしのママが少女時代にぶりっ子と呼ばれた歌手で、何となく塔子を思わせる風情があるので、塔子専用の呼び出し音にしているのだ。あたしが急いで電話をとると、少しアンニュイな塔子の声が聞こえてきた。


「ひーちゃん、最近のお見合い写真って、CG並に修正できるってしってた?」


 塔子の機嫌はあまり良くまいようだ。


「社長の甥っ子さんって、あっくんに比べたら、へのへのもへじみたいな、うっすい顔だったの。頭も釣書の学歴の割にはバカみたいだったし、将来性もパパの会社の役員になるいがい無いって言うか」


 真夜中に人をたたき起こしておいて、この不機嫌。さすがのあたしもいきなりの塔子の愚痴に切れかけた。が、その後の一言で、怒りの炎も氷ついた。


「でも、役員って未来も在りかなとか、思って、デートすることにしたの」


「あんた、筈木さんはどうすんの?役員以外のスペックは、筈木さんがうわまわってるんでしょ?」


「うん。でも、彼、一見さんお断りのミシュランの3つ星レストランに連れていってくれるっていうから、お断りするのは、その後でもいいかなーなんて」


 腐っている、塔子の全てが腐ってる。あたしはそう思ったが口には出さなかった。初めて会った男をお財布がわりに使う塔子に、心のそこから脱帽した。


「ひーちゃん、お見合いって、ちょっと退屈だけど、やってみる価値はあるわよ。にこにこしてればいいしね。親からは素敵なお洋服や着物を買ってもらえるし、相手に気に入られたら、ただでお洒落なレストランにも連れてって貰えるの。あっくんじゃ体験させてもらえないキラキラ体験もできるのよ」


「じゃぁ、あっくんは、捨てちゃうの?」


 あたしが尋ねると塔子は、まさか、と言って笑った。大切な恋人だもの、捨てないわよ。もったいない。


 これが塔子の輝けるお見合い生活の記念すべきスタートだった。


 







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