お見合いアデイクション
黒江キリコ
第1話 冬の大三角形
ねぇ。聞いてる?
彼女は、そう言って、あたしの顔を上目遣いで見つめていた。
聞いているも聞いていないも、1時間ずっとノンストップで一方的に語り続ける柳葉塔子の自慢話は録音したいくらい面白かった。
話の基本は、先週末のお見合いのエピソード。いかにお見合い相手が自分にメロメロになっているかを、甘えた舌っ足らずで私に語り倒すのだ。
「昨日の彼はね、野球が好きなんですって、それであたしがやっぱり地元のホークス応援しちゃいますっていったら、野球は奥が深いから、僕みたいな野球オタクと見ると楽しさ倍増ですよって、真っ赤になって言うの。ちょっと可愛かったから来週の土曜日、ラストデートしてあげることにしたの」
ラストデート、というのは塔子のお見合い用語の一つで、ちょっと気にいった男性と半日、健全なデートを愉しむというものだ。場所は、塔子の行きたい場所が選ばれ、すべての料金は男が持つ、というシステムになっている。
塔子と2度目のデートができるというだけで、大抵の男はすっかり舞い上がり、結婚の予感にひたるのだが、未来に待っているのは「ご立派すぎて」という惨憺たる結果のみなのだ。
お前ら、遊ばれてるぞと教えてもいいのだが、あたしは、そんな塔子のサイコパス的な行動が面白いので、いつも高みの見物としゃれこんでいる。
塔子は毎月2回から3回、見合いや婚活パーティに参加する。そのサイクルは塔子が、超お嬢様短大に入学した頃から始まった。
塔子が学生だった当時の合コンは、今、塔子が楽しんでいる婚活のような逼迫した状況ではなかった。
どちらかといえば、恋人がほしい、恋愛をしてみたいという初心な乙女心や青年の思いが錯綜する甘ったるくも純で夢のあるイベントだった。
そんなイベントを塔子は常に自分の支配下に置いていた。
例えば、塔子は体が弱く、少しでもアルコールを体に入れると 青ざめてしまうというキャラクターを自分に課し、誰よりも早く苦痛を訴えた。実際の塔子はギネスビールの好きな笊なのだが、その事実はあたししかしらない。
他の女の子が下戸であった場合、塔子はその子に飲み口は甘いが結構アルコール度数の高いカクテルを飲ませ、少し青ざめたところを見計らうと、あたかも介抱するようなふりをして、タクシーを呼び、とっとと家に帰してしまうのだ。
そんな塔子を見るにつけ、あたしはこいつは鬼か!と思ったものだが、男性軍には、友達の面倒をよく見る可憐な娘としてしか映らないので、塔子のイメージは嫌が応でも上がりまくるのだった。
自分よりもか弱く、かわいい女子をとことん排除する。
そんなシンプルな心遣いで塔子は男子の視線を独り占めしてしまうのだ。その結果、塔子が参加した合コンでは男子の全員が塔子だけに熱を上げ、ほかの女子をないがしろにするという状況が常にキープされており、あたしは塔子の手腕にただただ、驚くばかりだった。
さらに塔子の合コン伝説は続く。十年来の親友であった二人の青年が塔子をめぐって対立。殴り合いの大喧嘩の末、友情をどぶに捨ててしまったこともある。そのときの塔子の対応がまた、強烈だった。
「あたしのために喧嘩なんてしないで、あたし、お友達を二人も失いたくないの。 だからごめんなさい。あたしどっちも選べない!」
塔子は震える声でそう呟くと真珠のような涙をポロポロとこぼした。ウソ泣きもここまでくると名人芸の域に到達する。
あたしはいつも塔子の演技力と演出力に感服せずにはいられなかったものだ。好きでもない男たちのためにでも惜しげもなく泣ける。そこに塔子の恋愛道の真骨頂があるのだ。
そんな塔子が参加する合コンでは原作塔子、演出塔子、主演塔子という茶番劇が演じられる。その舞台では他の女子は塔子の書き割りでしかなくなり、いくら気になる彼がいても決して手を伸ばすことはできない。
そうした煮え湯を飲まされた女子たちは塔子ファーストの合コンの不毛さを、友人知人へと語り継いでいった。その伝説は今に至るまで生きていて、男が欲しければ柳葉系女子は合コンに連れて行くなという教訓となって いるらしい。
それほど男を惹きつける女は、女に妬み嫉みを受けるものだが、塔子は平気だった。彼女曰く、魅力があるってだけの理由で、友達に意地悪するような子は、友達じゃなくて、自分より美人なモテ女にもやさしくできるのが真の友なのだ。
「あたしはひーちゃんが友達でいてくれるだけでいいの」
塔子はそういって中学時代から、ところてん方式で短大まで、腐れ縁のように一緒に過ごした私の手を取って、向日葵のような笑顔を見せるのだった。
あたしはというと、実はいわゆる腐女子。リアル男子との接触もなく、常に2次元彼氏にぞっこんだったので、塔子がリアル男子にもてようが、愛されようとどうでもよかった。
ただ合コンに人生をかけているかのような塔子のバイタリティには常に頭が下がる思いがした。ただ男にチヤホヤされたいというだけで、学校や部活の仲間、ほとんど全員を敵に回しながら、あくまでも合コンの花として君臨していた塔子。その姿はドラクロア描くところの自由の女神のようで面白かった。
さらに面白いのが柳葉塔子の男にたいするプロフェッショナルな姿勢である。合コンでも見合いでも婚活パーティでも、彼女は男を差別しないというスタイルを貫いていた。
どんなデブにも、どんなハゲにも笑顔を振りまき、ハイボールをつくってあげたり、鍋の魚の身をほぐしてあげたりして、男全員をいい気持にさせてやった。その結果として女子全員が狙うイケメンハイスペック男子にも好印象を与え、そのうちの何人かと清いおつきあいが成立。
めでたく彼氏をゲットできるのだが、そこで納まらないのが塔子の凄みだった。
彼女は女がいったん手にすると一生懸命にしがみつくような好物件の男でも、飽きてしまうと、「あなたが分からなくなったの」だの「あなたを遠く感じるの」だの意味不明な言い訳と涙で男をバッサリと切ってしまうのだ。
「えっ。あの彼捨てちゃったの?顔も頭も、結構、よかったじゃん?」
あたしがそう詰め寄ると、塔子は、フンと鼻で笑ってこういった。
「ひーちゃん。3次元の男にメルヘンはないのよ。何かしら底の浅いところがあるものなの。あたしは最高級の男の人ときちんと結ばれたいの。だからおつきあいしてもセックスはまずさせないし、とにかく精査するの。この男に処女を捧げていいものかどうか。すると段々、その男の本性が見えてくるものなの。体が目当てか、心が目当てか、はたまた将来性は確実に第一線で走れるか。2次元の男は紙の中だからひーちゃんにはそんなリアリティ関係ないと思うけど、あたしにはそこが大切なの、楽しい「今」より、充実した「未来」。あたしはそこに賭けてるのよ」
そんな中で、塔子が最も気に入ったのが、筈木篤郎という国立の大学生だった。
篤郎の顔立ちは見ようによっては竹内涼真に見えなくもないレベルで、背も高く、これまで塔子が出会ってきたた中では最高レベルの男子だった。ただ問題は、彼が、短大の同級生の美沙子の高校時代からの彼氏であるという一点にあった。
そんな彼女持ちの男と塔子が知り合えたのは、筈木の大学のバーベキューパーティにさそわれたからだった。塔子を誘ったのは、当時、塔子が付き合っていた男で、友人に塔子をお披露目するという腹積もりがあったのだが、塔子は、その日、パートナーである美沙子と一緒にバーベキューに参加していた筈木に初めて恋をしてしまったのだ。
普通であれば、そうしたイケメンに出会っても人の彼氏と分かれば身を引くものだが塔子は違った。ライバルがいるというだけで、さらに恋の炎が燃え上がるタイプの彼女は筈木篤郎をターゲットにしたソフトなストーカー行為を始めたのだ。今までは、自らを餌にすることで男の競争心を煽っていた塔子が、なんと自分で狩りに出るというこれまでとは真逆のパターンで恋愛を始めたのだ。
「筈木さんは、美沙子のどこに惹かれたんですか?」
塔子はとりあえず美沙子をだしに篤郎との距離を縮める作戦に出た。
頭をかきながら、まさか自分が狙われているとも知らない筈木は素直に言った。
「そうですね。性格ですかね。すごく明るくて、いつも僕を笑わせてくれるんですよ。高校の頃はタッチの浅倉南みたいに、みんなに愛されてて、僕みたいな暗い男とつきあってくれたなんて、夢のようでしたよ」
この答えは塔子の心を激しく揺さぶったようだった。自分以外の女が特別扱いされるのが、心底不快だったらしい。塔子はこの最悪なファーストインパクトについてあたしに3時間もグチグチと文句を言い続けた。
「美沙子なんか普通の女の子じゃない!どこがいいのよ。確かに可愛いけど、よくいるタイプだし、話だって面白くもないのに!」
塔子の黒い悪口は、線路が続くように延々と続いた。あたしが思うに、塔子と美沙子は顔は言うほど美人ではない。しかし、二人とも自分が美人だという頑ななまでの意識を持っており、その自意識に周りを巻き込み、美人オーラで惑わせるという同類項だった。だからそんな美沙子とありがたがって付き合う筈木にとっては美沙子と塔子、どっちと付き合っても同じようなもんではないかとあたしは考えていた。 だから口では「人の彼氏に手を出すのはやめたほうがいいよう」とかいいながら、塔子のこれからの展開が楽しみで、楽しみでしょうがなかった。塔子も腹黒いが、あたしの心も負けず劣らず黒いのだ。
その翌日から塔子は美沙子にべったりと張り付。そのほうが筈木に出会える確率が高いからだ。塔子は用意周到に、美沙子と筈木のカップルのおみそになった。3人でランチに行き、3人で映画に行き、3人で花火を見に行った。
あたかもそのさまは冬の大三角形を思わせるほど美しかった。
塔子は美沙子達カップルにとって、まさに邪魔者だったが、塔子はカップルと密着する時間を30分以内に抑え、二人が不快感を覚える絶妙のタイミングで姿を消すことで、2人の理解者というポジションを手に入れた。
そうして仲良し3人組という不自然な関係性を、美沙子と筈木にとって日常へと昇華させたのだった。この作戦には、あたしも息を飲んだものだった。
「そのうち、筈木さんと2人だけでお喋りできる仲になれるはずだから」
塔子から自信満々の電話がかっかてきたのは、塔子がソフトストーキングを始めて2か月が過ぎたころだった。塔子は、お手洗いに行く美沙子を待つ間や2人の待ち合わせの場所に、偶然を装って先回りしたりして、最初は5分ほど、そして10分、20分と時間を増して 筈木と二人だけの時間を増やしていったのだ。
そうして、筈木が美沙子に抱いている、ちょっと言えない不満をずるずると引き出していった。それは、美沙子が筈木の研究する物理の話を聞いてくれない、とか自分のことばかり話す癖など、ほんの些細なエピソードだったが、それらを目をキラキラさせながらじっくり聞いてあげることで、少しづつ、筈木は塔子に心を開いていった。
「ねえ。ブラックホールってすごく深い穴なんでしょ」
塔子は、彼にそうたずねてみたという。すると彼は得意そうに笑ってこう答えた。
「君は面白いことを言うね。ブラックホールは穴なんかじゃないよ」
「でも、穴っていうじゃない。本当は何なの」
「あれは重力の塊だよ。太陽クラスの星が死ぬとその重力だけが残って、ものすごい力で物体を引き付けるんだ、時間や空間まで引き寄せるんだぜ」
筈木はそう言うと少し鼻の穴を膨らませたのだという。
「あと1か月もあれば、彼、あたしのものになると思うわ」
塔子がそう宣言した1カ月後、私は顔面蒼白の美沙子から、「塔子はどこよ!?」と詰め寄られていた。私は確かに塔子の唯一の友達ではあったが、恋愛中の塔子の動向については全く感知してはいない。
「どうしたの?」と、私はおそるおそる尋ねてみる。答えは聴かずとも分かるのだが、やはり本人から聞くことに第三者の醍醐味がある。何度も言うが私の心は塔子の腹と同じくらい黒いのだ。
美沙子は泣き崩れながら言った。
「篤郎が別れたいって、塔子の事が好きになったって。あたし、篤郎とは結婚を考えてっる塔子にはちゃんと言ってたのに。それなのに塔子、あたしが知らないうちに篤郎と!篤郎は全部自分が悪いって!塔子ちゃんにはふられるかも知れないけど、もう自分に嘘はつけないって、もうあたしとは付き合えないって、きっと塔子が篤郎を誘惑したのよ。なんか妙にあたしたちに付きまとうなぁとは思っていたのよ」
美沙子の愁嘆場を見下ろしながら、私は、ただただ塔子の手腕に寒気と畏怖の念を抱いた。そして自分が腐女子であることに感謝した。どんなに美形で頭もよくスタイル抜群の彼であっても、2次元の男なら塔子にとられる心配はない。泣きじゃくる美沙子の肩に手を置いて、私は口先ばかりの慰めを繰り返した。「大丈夫だよ、そんな誠意のないやつなんて、忘れちゃいなよ。美沙子は可愛いから、すぐに素敵な彼ができるって」
こうして私は冬の大三角形の崩壊を見届けたのだ。まさか塔子が筈木をキープしながらお見合いという新たな戦場に身を投じていくとも知らずに。
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