# てのひらのうえで眠る

 沈黙ちんもく孤独こどくが、やって来る夜。


 いつも泣きそうになり、震えてしまうのですが、そういう時は、なぜか、となりに彼女が、どかどかっと布団をりあげてやってきます。


 彼女は、そのあとすぐに、布団に沈み込みます。


 不眠ふみんは、不治ふじの病なのかもしれないと、考えてしまいます。


 それくらいに、夜がどうしても怖い、眠れないことが、たまらなく、怖くて、怖くて、ハッとする、ああ、ダメです。


 やさしい声が、頭の上からひびいてくる。


 ふるえている僕は、抱きしめられていました。


「ゆりかごの歌を歌いますわね」


「いいよ、子供じゃないんだ」


 僕は、少しだけ、すねてみました。


「いいんですのよ、気にしないでね」


 彼女の名前は珠代タマヨさんという、僕の姉なのですが、みっつうえで、いつもメガネをしており、きつい顔をしています。


 きつい性格に見えて、案外、僕には優しくしてくださり、いつも甘豆をくれたり、気にかけてくれるのです。


「姉のように、思ってくれてもええんよ」


 若干の関西訛かんさいなまりの珠代さんは、お可愛かわいらしい方です。彼女と一緒にいることが、安心できるなんて、彼女には、何一つも伝えませんでしたが、安心できたのです。


「眠れないんやろ」


「参りました、そうなんです、ほら、そこを見てくださいよ、そうです、そこ、なんだか、不気味ぶきみでしょう?あの隅にある、カゲ、いや、シミ……なのでしょうか?なんだか、こっちを睨んでくる鬼みたいで……怖くって、おっかねくって……あ、あはは」


 僕は、口走ってしまった。


 悪いくせである、怖いとすぐに多弁になる、多弁になり、いつも災難さいなんうのです。


 厄介やっかいな……わるい癖です。


 「もう、しゃあない子やな」


 てのひらのを目蓋にかざしてくれ、するりと、やさしい暗闇くらやみが、てのひらに広がります。


 「目、閉じたら、みえへんやろ」


 「うん、見えない」


 「よし」という声が聞こえて、「そのままにするんよ」と、聞こえてきます。


 「さ、手、握ったるからな」


 ぎゅっと大きくも、小さくもない、丁度、程よい大きさのマシュマロみたいな手が自分のてのひらを包み込みます。


 彼女のてのひらのうえで、ちいさく、寝返りしてみると、ぴくりと、繊細せんさい鼓動こどうを感じて、それに、心地よさを感じてしまう。


 これは、きっと、彼女のやさしさ。


「こもりうた、やっぱ……歌ったるよ」


「ねね……、お歌は……いいのです」


 それから、ぼんやりとうとうととしていると、やはり、頭の上から、ゆりかごの歌をお歌いになる彼女の歌声をぼんやりと、うわのそらで聞いておりました。


 たのんでいないのに、お歌なんか歌って、本当にやさしすぎるヒトだなんて、ぼーーっとしていると、なにも反論はんろんすることがでなくなってきます。


 いつの間にか、彼女のてのひらのうえでねむっておりました。


「おやすみなさい、気難きむずかしいぼっちゃん」


 彼女の声は、こぼれる月夜に溶けてゆきました。

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