第12話 元々或る闇
ベイクがそれた道に戻ると、爆風で吹き飛ばされた木々が散らばっていたが、それ以外には人っ子ひとりいなかった。
体が痛む。耳鳴りはするし、打ち身や打撲げ酷かった。足を引きずってメーケルの城へ向かう。今となっては写本の重さが身に染みた。
普段なら察知して回避出来るはずだった。畳み掛けるような人間の醜さに参っていたのかも知れない。
右足に矢が刺さった。ベイクはつんのめって倒れ込み、危うく写本を落としそうになった。
藪の中から何者かに狙われたらしい。ふくらはぎを貫通していて白いズボンが少し赤く染まる。痛みはあったが、またかと思うくらいだった。
すると次の瞬間には藪から叫び声がする。「ぎゃあああ」
しばらくして、ベイクの目の前にはザンが現れた。
「大丈夫か」ザンは草木を掻き分けてやって来た。「そこにバルックが隠れていやがったんですよ。ボーガンでベイクさんを狙っていやがりまして」
「それはありがとう。しかし、それにしても臭い芝居は止めろよ」ベイクは静かに呟いた。
「へ?」ザンは驚いて言った。
「俺に分からないと思っているのか」
ザンは急にけたたましく高笑いをしだした。それは腹を抱えて笑い、目から涙を浮かべるくらいだった。
「可哀想な奴だ。味方を探せど探せど見つからないようだな」
「クズばっかりだな」ベイクには当初からザンの腹が分かっていた。
「結局、最後まで我慢した俺の勝ちのようだな。みんなおつむが足りん。栄光を掴むには我慢が必要だというのに」ザンは刀剣を身構えて近寄って来た。
ベイクは地面に座り込み、左手で足に刺さる矢を折って引き抜いた。止血しなければ。
ザンが剣を振り上げて、身構えようとしないベイクに斬りつけようと、踏み込んだ瞬間。危うくザンの一撃はベイクが掲げた写本を切り裂きそうになった。
つんのめって怯んだザンの一瞬を見逃さず、ベイクは足が血で真っ赤に染まっているとは思えないくらいに地面から跳躍して、ザンの胴を切り裂いた。
ベイクは上着の一部を引き裂いて、ふくらはぎをキツく縛り、また足を引きずりながら道を歩いた。
自分が進む道に屍しか残らない事に疲れながら。
森林地帯を超えて、草原を歩ききったが果てしない道だった。靴も服も泥だらけになりながら辿り着いたのは日も陰り、暗くなりはじめた時間帯だった。
街の大門は開いていた。ベイクはヨタヨタと橋桁を渡り、行き交う人々の視線を感じながら城へ向かった。
石段を上り切ると衛兵に止められる。
「貴殿は?」
「ベイクだ。メーケルの命により写本を手に入れて参った」
「それはそれは。中へお入り下さい」衛兵が合図をして扉が開く。ベイクは中へ進むと一階の玉座に鎮座しているメーケルをみとめた。
「ベイク殿」メーケルは走ってベイクに駆け寄った。
「写本は?」メーケルは膝をつくベイクの顔を覗き込んだ。
「ここに」
「素晴らしい。他の者は」
ベイクは何も言わなかった。
「お怪我は大丈夫ですかな」
「大した事はない」
「どれ」メーケルがベイクの手に持つ写本に手を伸ばした。
ベイクはそれを遮った。
メーケルの手は行き場をなくして沈黙が流れる。
「足は?」ベイクが言った。
「足?足がどうかした......」メーケルは言葉が詰まった。
その時、メーケルの目を見たベイクは何かを悟ったし、ベイクの表情を見たメーケルも感じ取った。
ベイクは妖精石の剣を、地面に叩きつけた写本に突き立てようとした。メーケルは即座に抜刀して、ベイクの首筋目掛けて斬撃を浴びせんとする。
ベイクの素早い突きがメーケルの腕を貫いた。彼は剣を落とした。
「邪魔するならマリアは父親を失う事になる」ベイクは立ち上がった。
「あれに父親などおらんわ」メーケルが声を張り上げると、それに反応した兵士達が集まって来る。2階からも降りて来る。あっという間にベイクとメーケルを十数人が取り囲んだ。
ベイクはため息をついた。
寝室にいるであろうマリアが不憫でならなかった。本当に不憫で。
魔神の写本 〜ギュスタヴ・サーガ〜 山野陽平 @youhei5962
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