第8話 人食い雄鶏
血のような真空の顔面を小刻みに震わせながら、その巨大なニワトリは立ちすくむ4人に向かって突進してきた。
4人はとっさに散り散りに避けた。
ニワトリの嘴が真紅の床を鈍い音で引っ掻き、また顔を上げてギョロリと見渡す。その無機質で丸い目は誠に恐ろしく、どこを見つめているかも分からない。
4人は起き上がったり、中腰になりながらもほぼ同時に抜刀し、ジリジリと横に歩きながらニワトリを見据えた。尾が長く、全身羽毛だらけで、伸びた毛が爪先にまで届きそうな野性的なたくましさがあった。
体制を立て直した時、ベイクの目に映ったのは向こうにある半開きのドアだった。
なんとたくましい盗賊一味だろうか。仲間が次々死んでもまるで死に物狂いで写本を求めて進んでいる。言い伝え通りであればそれくらいする価値はあるだろう。
部屋が分かれたり合流したり、出入り口がなくなったり。この紅の神殿を作った者の力も底知れない。
ベイクはスペル・ブレイク( 術破り)をせんと集中し始めた。これは第六感や感性を使う術法に対抗して人間が編み出した技で、五感を極限まで鍛え上げる事で超自然的で不可思議な力に立ち向かう技術である。
ニワトリは体温が上がっていて、発汗する匂いから緊張状態にあると思われた。立ち回りのパターンや筋肉の使い方を見る。行動する時、頭を最初に振る。そしてその方向へ動く。
嘴の一撃をザンとエドガが転がって避けた。
考える時間が長い。大きくて凶暴な事以外は普通のニワトリと大差ないのではないか。
「攻撃を繰り出した直後を狙え」ベイクが皆に聞こえるように叫んだ。
ベイクは妖精石の剣を強く握る。その時、何か何とも言えない違和感を感じた。力がほんの少し入らず、剣やニワトリの距離感がおかしいのだ。まるでとても眠い時に似たようなぼやけるような感覚。しかし、それがあまりに微々たる物でよく分からない。
ニワトリはこちらを振り向き、羽を広げて威嚇すると、またベイクとバルックを捕食せんと向かってきた。
ベイクが脇に避ける。しかし、バルックはそこに立ったまま、目を見開いて血走らせ、迫りくるニワトリの顔面に向かって斬撃の標準を合わせているようだった。
「バルック」エドガが叫んだ。
「くそったれめが」バルックは声を上擦らせて叫んだかと思うと、ニワトリの嘴の辺り目掛けて刀剣を振り抜こうとした。
しかし、バルックの予想以上に首の振りが早く、斬撃は空を斬り、腕が無様にニワトリの頬に当たると、バルックは頭から腰まで一瞬で飲み込まれた。ニワトリは着込んだ装備品ももろともしていないようだ。
ザンはすかさずニワトリの足を切りつけるが、逆に刀剣が弾かれてしまい、上を向いたニワトリはバルックを丸呑みしてしまった。
ベイクはガラ空きになった胸に向かって剣を振る。肉が縦に裂けて、羽毛が赤く染まった。
エドガはニワトリの背後から、腿から肛門の辺りを真一文字に切りつけた。そして何度も下半身を切りつけた。血のりが顔に少し付いている。
ベイクは体制を崩したニワトリの首の辺りを裂いて、バルックが体内にいないか確認した。
完全に倒れ込んだニワトリの体から見つけられたのは、損傷は少ないが体液塗れで絶命したバルックだった。既に遅かった。
3人は巨大な赤い羽毛の塊を囲んで膝をついていた。
「くそ」エドガが無念そうに呟く。
「こんなにも犠牲が」ザンはこたえている。
「帰る道もない。行くぞ」ベイクが立ち上がる。
「私は行きたくありません」ザンが膝を上げられない。
「駄目だ。ここにいる訳にはいかない」エドガは毅然としていた。
「ここまでして何の意味があるでしょうか」
「きっと結果は出る。それが全てだからな」エドガはさっさと扉に向かった。
ベイクも眉を潜めながらついて行く。
それにザンも渋々続いた。
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