第5話 古代の罠

 一同は薄暗くて倒れているのが人かどうかも分からなかった。副長のシュレンナーは無言で皆の前に立ち、目を凝らして様子を伺っていた。7人は後ろからそれを見つめていた。


 赤い石床の上にこちらに足を向けて横たわる人影はどうやらベイクが昨日出会った山賊に似たような容姿をしているらしかった。毛だらけの顔と上半身をさらけ出していて、それにピアスやらネックレス等の装飾品をつけ、ゆったりしたズボンを履いている。


 「あれはベコベコ一味ではないですか?」ベイクの右上から声がした。長身のエドガだ。


 「うむ」シュレンナーは呟くと、刀剣を抜いて、一歩一歩慎重に近づいて行った。


 「なぜ盗賊がここに」誰か分からない者が呟いた。


 次に聞こえ始めた鎖の音が何なのかが分からなかった。8人ともだ。


 部屋を覆い尽くす10センチはあろうかという、鎖で支えられた鉄の天井が一瞬で落下してきて、シュレンナーの頭を砕く音が聞こえない程に大きくて耳をつく金属音を立てた。それは地上から1メートルもないくらいの高さで止まり、部屋中、いや神殿を不快な振動で満たした。


 7人は目の前の光景に呆気にとられ、また鎖の音を鳴らしながら上に弾き戻る巨大な鉄の板を見つめていた。


 赤い床には死体が2つになったらしかった。シュレンナーのメットは平たくひしゃげて、頭が半分ほどの大きさになっていた。首は不自然に傾き、手足は無様に大の字で投げ出されていた。


 「罠か」エドガが小さく呟いた。


 「副長」誰かが呟き、シュレンナーに駆け寄ろうとした瞬間、またも目の前を轟音と共に天井が落下してきて、彼のメットも中の脳味噌も痛々しく凹んでしまった。


 鎖の音と共にまた天井が引き戻っていく。


 「おい」そこにまた走り出そうとした兵士の肩を、ベイクが引っ張って静止した。


 「馬鹿野郎、止めないか」ベイクは怒って言った。


 「ちっ、アホな奴らだ」バルックは苦虫を潰したように呟いたが、その様子は悔しがっているようにも見える。


 「くそ」エドガが言った。他の3人はただ黙って、副長と同僚の亡骸を見つめていた。


 「どうする。引き返すか?まだ入り口だぞ」バルックは入り口の方を振り返った。


 「メーケル様の元に戻らねばなるまい。ベイク殿もそう思わんか」エドガが助言を乞うた。


 「出直さなければならんだろうな」ベイクは盗賊の姿を見て、違和感を感じた。彼の側には刀剣や荷袋といった荷物がなかった。何故だろうか。恐らく......。


 「ベイク殿、どうしました?」とエドガ。


 「おそらくベコベコ一味という奴らは中に入り込んだかもしれんぞ」


「何故わかりますか」


「あの死体の荷物がない。回収したかもしれん。ここを腹這いになって進めばあの罠にやられないだろうが」ベイクは頭を人なでした。


 「奴らもやはり魔神の写本を?」エドガが訊いた。


 「多分な」ベイクは先に進むかどうか迷った。こういった罠がまだあるならば犠牲者は増える可能性がある。


 「おい」


背後でバルックが言った。


 「おい」もう一度。


 「どうした」エドガが振り向いた。そしてそれきり動かなくなった。


 ベイクはそれを見て振り向き、彼自身も凍りついた。


 アーチの出入り口が全て壁になってしまっていた。まるで前から壁であったかのように紅い壁があった。


 「なぜだ」エドガが言った。皆で壁を押さえつけたりしてみたが駄目だった。


 「誰が何のためにこんな事すんだよ」バルックは壁を蹴り飛ばした。しかし赤い壁はびくともしない。


 「行くしかないようだ」ベイクはそう言うと率先して腹這いになって赤い床を進み始めた。皆渋々それに従って進み始め、最後にバルックがついてきた。


 何を感知しているのか分からないが、何度もけたたましい金属音を鳴らしながら天井が降りてきては一同の頭上で静止する。


 止まると分かっていても、その度に皆体がびくつき、生きた心地がしない。ベイクはそのまま上半身を伸ばして扉を開けると、ゆっくりとその中へ入って行く。そしてみんなそれに続いた。


 

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