第2話 領主メーケルとの会談

 ベイクは説明も聞いて貰えず、騎兵隊に縄で縛られて街に連行された。


 それにしても助けた少女マリアはベイクから引き剥がされるのを嫌がり、騎兵の馬に乗るのも暴れて嫌がった。


 縄で引かれて街に着く頃には雨が降り出していた。前を歩いていたマリアを連れた兵士達はそのまま往路を突き進んで行き、ベイクは騎兵に囲まれたまま、往路を曲がって人通りの少ない裏路地に進んでいく。


 街は防壁に囲まれた、本来なら活気のある街なのだろうが、住人達は縄に繋がれた自分や兵士には見向きもせずに頭を押さえて雨を避けようと走り回っていた。


 果物屋や八百屋は外に出していた商品を仕舞い込んでいたし、乾物屋は湿気が入るのを避けようと窓や扉を閉めていた。


 どんよりと薄暗い往路には瞬く間に人がいなくなっていった。



 ベイクはその後、街の外れにある四角い建物に連れて行かれ、何の取り調べも行われないまま鉄格子の向こうで1時間位過ごした。


 格子の向こうから鍵を開ける音が聞こえて、鉄の扉がゆっくりと開いた。向こうから入って来たのは先ほどの騎兵隊と同じ格好をした兵士で、無言でこちらを認めた後、鉄格子の前に突っ立ってベイクに話しかけた。


 「貴様はベコベコ団の一味ではないのか」


「は?」ベイクはこれ以上ないくらいに眉間に皺を寄せた。「俺は通りかかってならず者をやっつけただけだ。おっさんは既に助からなかったが、あの少女を助けてくれと言われたから街に連れて行ってたんだ」


兵士は目元がメットで見えなかったが、しばらく考えているようだった。


 「メーケル様がお会いになる」兵士はそう言うと格子の扉の鍵を開け始めた。



 城までの兵士の話によるとメーケルというのはこの地方を治める領主で、あの少女はただ1人の娘なのだと言う。雨が降り頻る中、それくらいしか話はせず、ベイクは前後を挟まれて裏道から大通りに出て、また歩いた。


 牢獄を出る時にバックパックは返してもらったが、領主に謁見に行くという理由で刀剣は返してもらえなかった。


 ベイクにとっては大事な剣なのでフラストレーションが募った。


 幅の広い階段を登ると迫り上がった城があった。石を組んで塗装はなされておらず、機能性を優先したような砦で、木の分厚い扉もかなり重そうだった。脇に立つ見張りも無愛想でこちらに目もくれる事がない。


 中はすぐに大広間だったが、色気のない造りだった。必要な光を取り込むだけの窓に錆びた燭台。床には絨毯の類は敷いておらず、木の板が敷き詰められていた。玉座、と言っても立派な木の椅子があり、左右には階段。


 兵士に連れられて狭い階段を上がり、目つきの悪い兵士が屯する詰所らしき2階からまた上がる。


 3階は広々としていて、青い立派な絨毯が敷いてあった。途中から白壁に切り替わっていて、そこだけが特別な部屋である事を知らせる。


 「メーケル様、失礼致します。お嬢様を抱いていた者をお連れしました」兵士は立派な扉の前で声高らかに告げた。


 「うむ」中からくぐもった声がする。


 兵士は静かに扉を開けると、中に入り、また戻ってきてベイクを引き入れた。


 中は思ったより広く、何より天井が高かった。雨で暗いせいか窓からの光りよりは燭台の火の方が光が強く、大きな本棚の脇のベッドにいる人物の皺の混じる顔を半分ほど照らし出していた。立派なベッドに半身を起こしている者は足元にあの少女を抱き、2人は同じブルーの目でこちらを見つめていた。男は髪も髭も長くボサボサで柔らかで仕立ての良さそうなガウンを着ている。そして彼はベイクに対する娘の様子を見やった後、彼が安心できる人間だと悟ったのか、喋り始めた。


 「私はメーケル・リーガだ。このリーガ地方を治める」ベッドの男は言った。


 「私はベイクと申します」


「娘が世話になったみたいだ。礼を言う」


「従者達は残念でした。1人は息があったのですが、お嬢さんの事を告げて生き絶えました」


 「いやいや、彼らは職務を全うしたのだ。そう思うしかない」メーケルは下を向いた。


 「あれは山賊か何かですか?」ベイクが訊いた。


 「ただの山賊だと良いのだが。おい、君達外してくれないか。どうやら信用できる御仁みたいだ」こんな旅人に礼儀を尽くす人だ、とベイクは思った。


 背後にいた兵士達は退室して行く。メーケルの寝室には彼と娘のマリア、それにベイクだけになった。


 「お会いして良かった。貴殿は只者ではないとお見受けした」メーケルが言った。


 「なぜ会おうと?」ベイクは率直に訊いた。


 「娘のマリアはこういう父親を持つので周りの者を信用しないし、いつしか心許す従者と私以外と誰とも話をしなくなった。先ほど帰ったマリアが私に耳打ちしてきた。


 (いい人だよ)


 とな。私は彼女が人に懐くのを初めて見た。そして私は君を見て納得した。優しく、憂いを持っていて、かなりの手練れである事をな」


ベイクは歯に噛んだが、メーケル自身もかなりの武人であるのは見てとっていた。自分を見定める瞬間がちらほら感じ取れたのだ。


 「元々どちらかにお仕えであったかな?」メーケルが訊いた。


 「ご想像にお任せします」ベイクは国軍において王、総司令に次いで3番目に権限がある神聖騎士団長を務めていた。通常の軍隊は総司令の指示に従うが、神聖騎士団は特殊部隊で別枠だった。彼がそれを人に告げる事は少ない。


 「突然で恐縮なのだが、恐らく貴殿にしか頼み得ない事をお願いしたい」メーケルが言った。


 「何でしょう。お断りする事もございます」


「私、私はまだ良いが、娘のマリアの身の安全にも関係する事なのだ」そう言うとメーケルはマリアを傍にどけて、腰まで掛けていた毛布を剥ぎ取り、包帯でグルグルに太腿まで巻かれた脚を見せた。


 ベイクは無言だった。


 「お恥ずかしい話だが、1番の側近だった男にやられてな。しかもこの城の中でだ」


「謀反にあったのですか」


 「彼は何人かの家臣と、とある計画を強行に推進していたのだ。ある日、会議で私が突っぱねると、その日の夜に襲われた」


「計画とは?」ベイクは剃り上げた頭を撫でた。


 「この街の西に紅の神殿という建物があるんだ。そこは入り組んでいて中々内部まで入り込む事が困難なのだが、古い書物によるとそこは古代のもの達が魔神を祀るために建築したものであるらしい。そこには魔神の写本という物があるらしく、家臣達はそれを手に入れて軍事利用しようという計画を進言してきたのだ」メーケルはかなり小さな声で話した。


 「軍事利用?それは一体何の本なんですか?」ベイクも眉を潜めた。


 マリアは神妙な顔でこちらを見ていた。


 「詳しい事は分からないが、この世の摂理を覆すような内容らしい。いとも簡単に遠くにいる者を殺したり、直ちに財宝を手にしたり。古の魔神が手に入れた邪悪な知識を、悪意ある者が人の言葉で書き写した物であるらしい」メーケルは青い目を見開いていた。


 「それは処分せねばなりませんな」ベイクは顎を撫でた。


 「私はマリアを信用できる知り合いに預けようとした。しかし失敗した。なぜタイミングよくマリアを乗せた馬車が襲われたのかは分からない。彼女が助かったのは奇跡だ。私はここで彼女から一歩も離れず守る。怪我をしていてもそれくらいはできる」


 後ろの扉が開いた。


 「失礼致します。シュレンナー副長が戻られました」兵士が告げた。そしてまた扉が閉まった。


 「まだ謀反の種は残ると?」ベイクはひそひそ声で言った。


 「私を襲ってきたのは兵長だった者だ。もう誰1人とて信用できない。私は神殿探索を許可しようと思う。君が同行して写本を始末してはもらえないだろうか」


 「富を得られるかもしれませんよ?」ベイクが訊いた。


「そんなものはいらん。その本は生きとし生ける健全な者にとって災いでしかない」


ベイクはそれを聞いてにこりと笑った。


 


 


 


 



 




 


 

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