第4話 変わろうとする心と変わりたくないと思う心
俺は母のため、いや何よりも自分のために変わろうと決心したのだが変わりたくないと思う心もそこにはある。
人間はそう簡単に変われない。
変わりたいと思っても心の奥底には変わりたくないと思う自分は必ずある。
俺でもそうなんだから父はもっと変わりたくないだろう。
変わったら母の事を忘れてしまうのではないかという弱さが俺の心にはある。
今まで父の事を散々弱いといってきたけど、「俺だって弱いじゃないか」と心底思ってしまう。
俺は強がっているだけなのだと思う。
本当に自分の事が情けない。
そんな弱い俺に弱いと思われるのだから父としては
変わりたくないと思っていても変わらなければならないのは事実である。
死んだ後も成仏できずに俺の所に来たという事は母は俺たちに変わってほしいと思っているからだろう。
今のまま悲しい気持ちを持ち続けても良いと思ったらそのまま天国に行っているはずだ。
父さんを元気にしたいのはやまやまだが、まずは俺だ。
俺が変わっていかないと父を変える事なんてできやしない。
俺の意志は決まっている。
それは絶対に揺るがない。
母がずっと俺を見ているから少し恥ずかしい。
自分の親だけどジーっと見られていると恥ずかしい気持ちになる。
決心が揺らぐ前に行動を起こさないといけない。
父をどうやって元気にできるのか?
母がいない今、元気にするのは困難だ。
無理と分かっていても変えてやらなければいけない。
変わるという事は母にとっても良いし俺にとっても良い事だ。
もちろん、父にとっても良い事に決まっている。
変わるのが悪いはずがない。
良いように変わるのだから。
俺は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「父さんを絶対に変えてみせる」
母がいた時はお人よしだったが、今でもそれは変わらない。
変わらないけど昔とは違う。
昔は人に親切する時は笑顔を見せていたが今は違う。
お人好しなのは同じでも今の父は無表情だ。
ほとんど笑顔を見せない。
無表情な父を見ていると暗い気持ちになる。
変わろうと思っているのだけど変わりたくないと思いたくなってくる。
それだけ今の父は尋常でない暗さなのだ。
変わらないといけないのが俺たちだ。
いつまでも過去に縛られていてはいけない。
母の事は忘れたくないと思っているのは俺も父も同じだ。
でも、いつまでも悲しんでばかりいたら逆に母を悲しませるだけだ。
だから母は悲しい顔をしているのだ。
変わらなくて良いと思っているのなら現れなかったはずだし、あんなに悲しい顔をするはずもない。
俺は何としても母の気持ちに応えなければならない。
そう決心した夜だった。
俺の顔を見て母はにっこり笑った。
「母さん、見ていてくれ!俺は絶対に父さんを元気にしてやる!」
俺の決心に満ち溢れた《みちあふれた》顔を見て母はうれしそうだ。
母の笑顔は幽霊になっても癒される。
ある日の事、寝ている父の前に幽霊の母があらわれた。
父には見えないはずが見えるようになったみたいだ。
どうしてか分からないが見えるみたいだ。
父は幽霊の母さんに泣きつこうとしたが、スルッと抜けて行った。
「和江、どうして?」
どうしても何も実態がないのだから触れられるはずはない。
そして、父は母の思い出を話し始めた。
小さい頃からだから思い出は数えられないぐらいあるだろう。
それだけ父と母のつながりは長いのだから。
俺が知らない思い出もたくさんあるだろう。
目に涙を貯めながら話しているけど嬉しそうだ。
もう会えないと思っていた母がそこにいるのだから嬉しくないはずはない。
しかし、母の顔は悲しそうだ。
そりゃそうだ、変わってほしいと思っている夫に変わる気配がないのだから。
それでも見えないと思っていた父にも見えるのだから複雑な気持ちを抱いていても幸せに思っているだろう。
母の死を受け入れないと強い心は持てない。
今の父に母の死を受け入れる事ができるのだろうか。
俺から見ると信じられないが母は信じているようだ。
母は父の事を心の底から信用しているのだろう。
母の信じる心があれば父は変われるだろう。
俺は父が変わってくれることを切に願う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます