第3話 母の言いたい事

目の前にいる人は幽霊でも母の面影がある。

面影と言っても昔のだ。俺が小さい頃の母がこんな感じだった。


母が俺の元に現れてから一週間経った。最近やっと母の真意が分かりかけている。

母は俺に何か言いたいというのは分かったが何を言いたいのかは分からない。

俺は母に何度も何が言いたいのか尋ねた。母と言っても今、目の前にいる人の事だけど・・・

「母さん、俺に言いたいことがあるんだろ」

「何が言いたいんだ?」

しかし、母は黙ったままだ。母は何が言いたいのかを聞くと途端に沈んだ顔になる。


笑顔が急に沈んだような顔になるから不器用な俺でも分かる。

でも、父の事を言いたいのだろうというのは俺にもわかる。

昔から父は母に心配を掛けていた。

子供心にもそれは分っていた。


母は口癖のようにいつも言っていた。

「強くなって」

そして、俺には父の弱さを隠さずに言っていた。

「お父さんの心はとても脆いのよ」

「すぐに壊れそうなの」

「だから誰かが支えてあげないとダメなの」

「でも、いつまでも誰かに支えられたままではいけないわ」

「あの人には強くなってもらいたいの」

「和弘、お願いね。お父さんが強くなるように協力して?」と母さんは父の事を俺に良く頼んでいた。

「また、父さんの事か?」と俺は呆れたようにつぶやくが、心では喜んでいた。

母さんが俺を頼りにしているのだからだ。

父の事であっても頼りにされるのはうれしい物だ。俺も父には逞しく《たくましく》なってもらいたいと思っている。


いつも学校に行くと父の事でからかわれていたからだ。

父が泣き虫なのは近所に知れ渡っている。それだけに子供の頃はとても恥ずかしかった。でも、今は恥ずかしさの欠片は一つもない。

強くなって欲しいと願うばかりだ。

父が落ち込むのは日常茶飯事だが最近は毎日のように夜になると泣いている。

いつも隣に寝ていた母が居ないのだから父の気持ちもなんとなくわかる。でも、気持ちが分かると思って甘やかしては父はずっと変われないだろう。

俺もそうだけど父にも代わってほしいと思う。


母が言いたいことが段々と分かってきた。母は父にいつまでも自分の事で「悲しまないで」と言いたいのだ。

優しい母だったが厳しい側面も持っていた。

母が俺の元に現れたのは父の事を託せるのは俺しかいないからだろう。

直接、父の元へ現れたいが、おそらく見えないのだろう。

見えないのだからどうする事も出来ない。


俺は分かってはいるけど母に聞かずにいられなかった。

「母さん、父さんの所にも行ったの?」

母は首を縦に振った。

やはり父には母の事が見えなかったのだろう。

幽霊だから見えないのは不思議ではないけど、父に見えなかったの母にとってはショックだったに違いない。

父と母は子供の俺から見ても敬う《うやまう》ぐらい仲が良いからだ。

本当に恥ずかしくなるぐらいの仲だった。それだけに母のショックは計り知れないだろう。

父の弁護をするわけではないが、おそらく母が帰ってくると今でも信じているのだろう。だから、幽霊になって現れた母の事が見えなかったに違いない。

母の姿が見えないという事実が死を受け入れていない証拠。

母の死を受け入れられるようになったら父にも見えるようになるはずだ。それだけに母は父を立ち直らせてほしいと俺に言っているのだ。


母は優しい人だから分かる。

俺は宣言した。

「母さん、俺は絶対に父さんを立ち直らせてみせる!」

「父さんを強い男にしてみせるから見ていてくれ!」

父を変わらせるのはとても大変でけど、俺は母の意志を無視したくない。

父が変わるという事は俺も変われるという事。

二人が変わったら母は喜ぶだろう。

母の喜ぶ顔が目に浮かぶ。

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