第2話 消えた光

母が亡くなって一年。俺は勉強にバイトに大忙しだ。父も忙しそうにしているが、暗いのが見てとれる。

昔から明るい方ではなかった父だが、これほど暗い顔をした事もなかった。ほとんど会話をしなくなった。

父を見ていると会社でもあまり話をしていないと思う。それだけ顔に出る人なのだ。特に落ち込んだ時などは明らかに表情が変わる。


俺も母の事を忘れた事は一度もない。俺たちが忘れてしまったら母が可愛そうだ。でも、生活に支障が出るのはダメだから、なるべく母の事を考えないようにしている。

父は家に居る時はずっと母の事を考えているみたいだ。おそらく会社でも母の事ばかり考えているのだろう。

母ではないけど父に「しっかりしろ!」と言いたい気分だ。でも、俺が言うと父はもっと落ち込むだろう。俺にはどうすればよいのか分からなくなっていた。


俺は来年、大学受験だ。母の事を忘れるためにバイトをしているけど、勉強が疎かになってきている。大学受験に落ちたら天国にいる母はとても悲しむだろう。

母のためにも受験に落ちる事はできない。それだけにバイトをどうするのか考えている最中だ。バイトを続けるか否かは思案中。


受験の事もあるけど父の事もある。父をどうにか立ち直らせてあげないといけない。立ち直らせることが俺の使命でもあると感じている。

母がいないだけでこれほど大変とは思わなかった。忙しいのもあるけど、家の光が消えたみたいになった。

母はうちの太陽だったのだ。母がいるだけで家の中がパッと明るくなっていた。母が居なくなった途端、電気が消えたみたいになった。


忘れようと思っても母の事を忘れられずはずがない。父は俺よりも忘れられないだろう。

父は酒を飲まないけど酔っている。ウーロン茶で酔っているのだ。なぜウーロン茶で酔えるのか不思議だ。


父は仏壇の前で母の名前を呼びながら泣いている。「和江、俺はダメな男だ」

「お前がいないとどうすればよいのか分からない」

「和弘にも心配かけていると思うが、俺はお前がいないとダメなんだ」

泣きながら写真の母に話しかけている。父のそういう姿を見ると俺は泣き言を言えなくなる。俺まで泣き言を言ったらこの家はおかしくなるからだ。


前のように明るい家に戻るのはいつになるだろう。母がいないから前のようにはならないけど、それでも明るい家には戻ってほしい。


ある日、俺が朝、目覚めたら誰かが立っていた。目を凝らして《こらして》よく見ると死んだはずの母だった。

「母さん、母さんなのか!」

俺は叫んだが返事は帰ってこない。

返事はないがニコニコ笑っているのは分かる。

母が生き返ったわけではなく現れたのは幽霊なのだ。

幽霊になって俺の前に現れたのだ。


その時、母が俺の前にどうして現れたのか想像は付かなかった。

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