近くで見守っている

未知

第1話 最期の言葉

母は身体が弱い。入院してからどのぐらい経つだろう。父も心配のようだ。仕事の合間に病院へ母の様子を見に行っている。

俺も父も母の事はとても心配だけどそうもしてはいられない。心配で仕事も勉強も手につかなかったら母の心配は相当なものになるだろう。母はそういう人だ。自分の事より周りの事を良く気にする。

それに身体が弱いのに家族では一番元気で天使のような人だ。


身体に悪いから俺も父も「心配するな」と言っているが母は聞いてくれない。やはり俺も父も母に手を焼かせていたのだ。

母が入院してその事が分かるなんて遅すぎる。でも。母はうれしそうにいつもしている。俺たちの事を考えている時が一番楽しそうだ。

そんな母を見ているといつも辛い気持ちになる。母親にいつも苦労させていたのだなと思うといたたまれなくなる。


ある日、病院から母の様態が急変したと連絡が来た。俺は急いで病院へ駆けつけた。俺が集中治療室に入ると母は人工呼吸器を付けていた。とても苦しそうだ。


母は俺を呼んで弱弱しい口調で言った。「和弘、お父さんの事を頼むわね」

母は父の事をとても心配しているようだ。「俺はどうでもいいのか?」と最初は思ったが俺より父の方がとても心配なのだろう。

父の心は脆い《もろい》。脆いだけにちょっとしたことで落ち込むのだ。

父ほどではないが俺もそんなに心は強くない。今でも泣きそうな気分で必死に堪えてこらえているのだ。


父は働き者だけど泣き虫だ。場所を考えずにどこでも泣く!それは昔から同じだ。学生時代も先生に怒られたらすぐに泣いていたみたいだ。泣き虫という所以外にも父のエピソードはたくさんある。それもほとんどが負のエピソードなのだから困ったものだ。


やがて父が病院に来た。今にも泣きだしそうな顔だ。すぐに病院に行きたかったみたいだけど上司に言えなくて終わってから来たみたいだ。父は言いたい事を言えない性格だから仕方がないと言えばそうだけど息子ながらに困ったと感じる。

「和江、しっかりしろ!」

「俺たちをおいて逝かないでくれ!お前がいなかったら俺はどうすればいいんだ!」父は泣きそうで外に聞こえるような大きい声で叫んだ。

母が小さな声で「あなたは昔からそうね」

「すぐに泣くんだから」両親は幼馴染なのだ。家が近所なだけに小さい頃から一緒に育ってきた仲なのだ。とても身近な存在だけに父の悲しみは計り知れない《はかりしれない》だろう。


そして、最後に父へこう言った。「あなたがそんなんでは和弘が心配になるでしょう」

「父親なら父親らしくしなさい」父は母に怒られた。普通なら笑う事だけど今は笑う時ではない。

「あなた、父親なのだからそんな顔しないで」

「しっかりしないと和弘に笑われるわよ。」

「ね、涙を拭いて」

そう最期に言って母は息を引き取った。

「和江~っ」父は大きな声で叫んだが、母が返事をする事はなかった。

俺も泣きそうになった。でも、俺まで泣いたら母がもっと悲しむから我慢した。


俺は心の中で思いっきり泣いた。

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