ラウンド12 無情
しゅっ…と相手選手のパンチが顔を掠める。
辛うじて身を反らし避けるとつかさずカウンターを打ち込む。
右ストレート、左ボディ。
そして私たちは一度距離を取り合った。
アオイ「ふぅ…ふぅ…ふひひ…」
—面白い…楽しい…。
思わず口角が上がってしまう。
一発貰ったら…。
そう考えるだけで体がゾクゾクして、たまらなかった。
たぶんこの試合にダウンはない。
一発KO。
強いて言うなら殺し合いだ。
トントントンと踏み続けるステップ。
ぶつかる視線に殺意。
アオイ「…ふふ…あはは!」
そして私は大きく踏み込んだ。
桜井「…すげえなアイツ」
二階の観客席から俺は試合の様子を見ていた。
体格の大きい選手に一歩も引くことなく、本来ボクシングの技術であるウィービングやダッキングを駆使してカウンターを的確に叩き込んでいる。
この試合はキックボクシングだ。頭を下げた拍子にキックでもされたらひとたまりもない。
だけどそこをしっかりと考えているのだろう。相手の足が動いた瞬間、バックステップで射程外へと逃げている。
体格の小ささをフルに活用したアオイのファイトスタイル。
これのこそ、まさにインファイターの極みだと思った。
だけど俺が何よりも驚いたのは、この試合中、アオイがずっと笑っていることだろう。正直言って恐怖すら感じる。
相手選手のパンチにアオイがうまく合わせた。
顔面にパンチを貰った相手が大きくよろめく。
つかさず追撃。
ジャブやストレートではなく、喧嘩でもしているように腕を大きく振り回し、コーナーは追い詰めていく。
そんな様子見てだろう、パッと見の体格差では確実に負けると予想されていたアオイに大きな歓声が集まった。
「いいぞー!ちっちゃいのー!」
「押し込めーー!」
がっしりとガードを固める相手。そして一切容赦のない攻撃を浴びせるアオイ。
もう勝負は決まった…と思った瞬間だった。
パンッ!と大きな音が響いて、アオイの体が大きく傾く。
そのままどさりとリングへ倒れた。
会場が一瞬、シーンと静まり返る。
「ダウン! 1、2、3…」
すると、今までのアオイへの歓声が嘘のように相手へとひっくり返った。
カウントは無情にも、過ぎていく。
だけどアオイはぴくりともしない。
桜井「…アオイ」
…何故だろう、何度もこんな光景を見てきたはずなのに…こんな苦しいの、初めてだ。
胸がキュッと押しつぶされそうな感覚。
…立ってくれ。
そして我慢できずに、体は勝手に動いていた。
桜井「アオイー!立て!」
俺のこの声はアイツに届いているのだろうか?
だけどそんな声も虚しく、終わりを告げるゴングは鳴ってしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます